第14話 うちの年下組は(アレス)

「……レトのことだが」


 珍しく二人だけが残った室内で、隊長が重苦しい声で切り出した。


 顔を上げれば、我らがリグハーツ隊の隊長は、いつもの難しい顔をさらに難しいものにしていた。

 そして、話を切り出したものの、先を続けず頭に超がつく難しい顔で黙ってしまった。

 おかげで、形容しがたい圧……美形だけが放つ圧倒的オーラ的なもの(そんなもん、あるのかどうか分からんけど)が、常より重い気がする。


 が、それくらいで逃げ腰になるならば、リグハーツ隊にはいられない。

 オレは、いつも通りの口調で先を促した。


「レト君がどうかしました?」

「彼が、ダーメンス家の関係者だったことは知っているな」

「はい。隊長のお姉さんが保護したっていう、元使用人ですよね」

「ああ。……どう思う?」


 質問の内容に、オレは少し戸惑った。

 いや、焦ったというべきか。


「どうって……え? どうって、何が? どういう意味です?」

「――姉は俺に仔細を話さなかった。だが、レトの様子を見ていると、ダーメンス家での扱いが良かったとは思えない」

「あ、そっちの方向? ……まぁ、隊長のお姉さんが見るに見かねて保護したくらいですから。――あの子、わりと人の顔色をうかがうし……突発的には思いきりのいい言動もするから、多分そっちの方が素だろうけど、でも……ダーメンス家では抑圧されて過ごしてたと思いますよ」


 すると隊長は、こくりと頷いた。


「一つだけ、たしかな事がある。姉は俺に、レトはクーズリィの近くにいたと伝えてきた。引き離すべきだからそうしたと」

「え……」

「だからこそ、俺は最初レトを警戒していた」


 まぁ、最初は棚や机の書類にも触れさせなかったし、なにかあれば外に掃除と称して追い出していたからな。そういう理由だったとは。


「それなら、オレでも同じ事をしますよ。あの家の元使用人って触れ込みだけでも、全員警戒してたし」


 隊長としての判断は間違っていない。

 なにしろ、当初オレ達はレト君の人となりがよく分からなかったから。

 だけど、隊長は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。


「まだ、なにか?」

「レトはクーズリィの従者だった、ということはないか?」

「ま、たしかに? 仕える側としてもっとも近いのは、そこら辺ですよね」

「……もっとも近くで、奴に不当に扱われていたのだ」


 分かるだろうと隊長がオレを見る。

 あまり分かりたくないが、不当に扱われていた……この意見には同感だった。


 ――レト君を観察していたのは、隊長だけじゃない。リグハーツ隊、全員だ。

 

 害はなさそうだけど、あの家の関係者だし念のため。

 そんな感じで、オレたち全員、あの子の行動を観察していたわけだ。

 だが、あの子の人となりが分かってからは、観察する隊員たちの目に時折同情がうかぶようになった。


 当然だ。

 あの褒められ慣れていない態度や、過剰に人の顔色をうかがう癖、それから自己肯定感の低さ。

 あの家と関わりがあるものの、そこで良い扱いはされてこなかったとが、ありありと分かる。


 だから、隊長の「もっとも近くで不当に扱われていた」というのは、まぁ正解に遠くはないとは思う。思うが、まずそれよりも……。


「でも隊長。あの子の場合、もっと別の事情があるんじゃないですか?」


 隊長は仕事はできるが、では少し抜けている。

 他の隊員しかりだ。


 奴らの場合は、そのがさつさのせいか。

 それとも「こんなところに、いるはずがない」という先入観か。


 だから、違和感に気付いているのはオレだけだろう。


「事情だと?」


 オレの匂わせるような言動に、隊長が目をすがめる。

 捕らえた容疑者を尋問する時のような、冷ややかな眼差しは無意識だろう。


 それだけ、気にかけているのだろう、あの子を。

 だから、オレはちょっとしたヒントを投げかけた。


「あの子、小さいし細いじゃないですか」

「そうだな。……手も、掴めば折れそうなくらいだったな――まさか……!」


 隊長がハッとしたように目を大きくした。

 おお、ここまで言えば違和感くらいは持つと思ったが、気付いたか。

 

 ワナワナと震える隊長。

 それは、怒りからだろう。

 うん、とオレは隊長の答えを肯定するように頷いたのだが――次の瞬間、失敗を悟る。


「レトは、食事すら満足に与えられず、長年虐げられてきた……? だから、年の割に小柄で細くて小食なのか……」

「あ~……」


 たしかに怒りは怒りだった。

 これもまた正当な怒りだが、なんていうか、軸がズレてる?


「無理して食べるなと言ったが……これは注意して見ていなければいけないのでは?」


 隊長は勝手に結論を出して、ブツブツ言っている。

 なんか、保護者みたいなことを言い出しているから、これはこれでいい、のか?


(でもなぁ……多分、レト君って――)


 これ以上、いらない疑問を投げかけても隊長を混乱させるだけだ。

 そしたら、せっかくいい方向に持ち直した我が隊がまためちゃくちゃになるかもしれない。良くも悪くも、この人の影響力は大きいのだから。

 

 そうすると、功労者であるあの子にも申し訳ないし……。


 ――害があるわけではない。しばらくは、オレもこのまま静観しよう。


(なんか、ちょっと面白そうな気配がするし)


 まだ難しい顔でうなっている年下の隊長を見て、そんな風に思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る