第15話 ふとした疑問
出来ることが増えるということは、嬉しいことだ。
そう思いながら、ひとり残った隊室でレティナは書類を整理する。
リグハーツ隊が話し合う時、部屋に留まることを許され――休憩時間にお茶を入れ、彼らと他愛ない会話もするようになった。
そうして数日が経過した現在。レティナは掃除だけでなく色々と「やってもいいこと」が増えた。もちろん、ルシードからの許可は下りている。
今もこうして、ひとりだけ部屋に残っていても咎められない。
最初に比べると、大きな進歩だが……。
「でも、どうして……?」
書類をまとめ、棚に差し入れようとしていたレティナは、ふと独りごちる。
「なにが?」
「わっ!?」
ここにいるのは自分だけだと思ったのに、背後から問い返されレティナは驚いて小さな悲鳴をあげた。
「おっと、驚かせた~?」
「アレスさん……! はい、びっくりしました。誰もいない部屋から声がするなんてって……!」
「ははは、そりゃ悪かった。ごめん、ごめん」
いつの間に戻っていたのか、アレスが立っていた。
彼は、レティナが落としかけた書類を手で支えると悪びれなく笑う。
「あ、書類、ありがとうございます」
「まぁ、大部分が驚かせたオレのせいだからね。逆にお礼を言われると申し訳ないなぁ~」
隊で一番人当たりのいいアレスらしい、憎めない笑顔だ。
そのまま、アレスはレティナに問いかけた。
「それで、レト君は何を難しい顔で考えてたんだ?」
「……え、それは……その」
「ん? 言いにくいこと? あっ! ……もしかしてウチの隊に不満がある?」
真剣な表情を浮かべ問うてくるアレス。
とんでもない疑惑に、レティナは慌てた。
「滅相もない! こんなにお世話になっているのに、不満なんてありません! そんな贅沢なこと言ったら、罰が当たります!」
「ごめんごめん、冗談だよ。レト君、素直だから、ついからかいたくなっちゃって」
「は……冗談、だったんですか? す、すみません! 僕、冗談も分からなくて、大きな声出したりして……!」
「いやいや、謝ることじゃないって。むしろ、オレが謝るべきでー……あっ、そうだ! お詫びといってはなんだけど、なにか悩んでるなら相談に乗るよ?」
親切心からだろう申し出に、レティナは悩んだ。
聞いてもいいだろうか?
でも、隊の内情に踏み込むことかもしれない。隊長の決定を、部外者である自分がいちいち問い質すのは隊員であるアレスにしても気分のいいことではないだろう。
迷うレティナに、アレスは「大丈夫。なに聞いても怒らないから安心して。さぁさぁ、お兄さんにどーんと聞いてごらん」と爽やかに笑う。
その笑顔に後押しされ、レティナはおずおずと疑問を口にした。
「あの……本当に、小さなことなんですけど……答えにくい質問でしたら、もちろん無理に答えていただく必要もないんですけど」
「うんうん。レト君が考え込んでいた原因は、リグハーツ隊……もしくは、我らが隊長に関係することだったんだなぁ」
「えっ!? まだ何も言っていないのに、どうして分かったんですか?」
「そりゃあ、分かるさ。それだけ前置きすれば。……で? 何を聞きたいんだい?」
言われて、レティナは「実は……」と突然書類整理の許可が下りた理由を尋ねた。
すると、アレスが「あぁ~」と苦笑いを浮かべる。
「う~ん……それなぁ……。許可云々はさぁ……ぶっちゃけると、レト君に原因はないんだ。ただ、君が前にいたところが問題だったんだよ」
「僕が前にいたところって……」
「前にチラッと話した、オレ達が追いかけている事件。それには、とある貴族が絡んでいる。君は、そこの関係者だったから、最初はオレ達も警戒してて大事なものを触らせられなかったんだ。……レト君、クーズリィ・ダーメンスのところにいたんだろう?」
「そ、れは……」
あの夜会からもうすぐ一ヶ月。
まだ、それほどの日数しか経っていないのに、婚約者だった男の名前を聞くのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。
だが、事件とは不穏な響きだ。
レティナはルシードとの初対面の時を思い返す。
マリアベルの仲介はあったものの、そういえばルシードも不本意そうだった。
――つまり、事件を追っていたルシードたちリグハーツ隊に、自分は余計な負担をかけていたのだ。警戒すべき人間が自分たちの内側へ入り込んできたように思えただろう。
「……申し訳ありません、僕……みなさんに、ひどい不快感を……」
「あ~! 違うから! そういうんじゃ、ないから!」
しっかりとレティナの悲観的な考えを否定したアレスは「今は、ちゃんと分かってるけど」と付け加えた。
「そもそも、ダーメンスの元使用人って触れ込みだったから警戒しちゃっただけで、実際の君を見たら、あ~これは無害だわ~ってすぐ分かったし。でも、なんで保護なのか分かんないんだよなぁ。……レト君、あの家で見てはいけない物をみちゃった系?」
「え? 見てはいけないもの、ですか?」
「そう。バレたら口封じされちゃう的なやつ」
そんな物騒なものを見た覚えはない。
そもそも、保護自体がマリアベルの発案で身の置き場の無い自分が身を隠すための処置だったはず。
ありえないことだとレティナが首を横に振ると、アレスは笑った。
「だよなぁ~。でも、実際、君は見習いって名目でうちの隊長が預かった、保護対象だ。……たぶん、君自身、知らないうちになにか見てるんだよ」
たとえば……とアレスが続けたのは、レティナにとって意外な言葉だった。
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