第19話 理由を探す、その理由
あの見回り同行以降、レティナは頻繁にルシードに同行するようになった。
「レト、行くぞ」
「はい、リグハーツ隊長!」
颯爽と前を歩くルシードに名前を呼ばれ、レティナも見習いの少年らしく振る舞い、ハツラツと返事をして後を追う。
「今日は港の方へ行く」
「みなと……?」
そういえば、王都には港もある。
チャバルの領地は周りが山だったので、新鮮な響きだ。
思わず繰り返してしまうレティナの様子が不思議だったのか、ルシードが振り向いた。
「どうかしたか?」
「い、いいえ! なんでもありません、只今参ります!」
「……そうか」
小走りに駆けつつ伝えれば、ルシードは再び前を向いた。
話は終わったのだ思い、レトはそのままルシードの数歩後ろをついて行く。
だが、ちらりとルシードが肩越しに再度振り返る。
「……そういえば、レトは港を見たことがあるか」
話を振られて、レティナは目を瞬く。
それから、問われた意味を理解して、眉尻を下げた。
「……いいえ。恥ずかしながら、一度も」
物を知らないと呆れられるかもしれないが、嘘をつくべきではない。
正直にレティナが答えると、ルシードは事もなげに頷く。
「そうか。ならば驚くと思うぞ。朝早くには魚市場も開くから、非番の時にでも、また来よう」
呆れられなかった。
なんてことない風に頷いたルシードの態度にレティナは驚いて、それから「非番の時」や「また」という次を示す言葉に動揺する。
「……また、連れてきていただけるんですか?」
「ああ。……嫌だったか?」
「とんでもない! ……僕、魚市場も見てみたいです。故郷は海から遠かったので」
「だったら、新鮮な魚を見るのは面白いかも知れないな」
休みの日まで、面倒をかけるのは申し訳ない。
そう思いつつも、ルシードと見たことのないものを見に行くのは楽しい。
(今は仕事だけど、お休みの……普通の日に、一緒に出かけられたら……)
ルシードと、一緒に休日を過ごせたら、きっと――。
ふと、あり得ない妄想をしてしまい、レティナは慌てて頭を振って追い払う。
すると、ルシードが足を止めて不思議そうにしていた。
「どうした、虫でもいたか?」
「い、いいえ! なんでもありません、お待たせして申し訳ありませんでした……!」
小走りに駆け寄るレティナに、ルシードはふと目を細め、淡く笑ってみせる。
「この程度は、待ったうちに入らない。謝るな」
――最近、本当に、なんだか少し、変だ。
ルシードのこんな顔を見る機会が増えた気がする。
そして、こんな柔らかい表情を見るたび、レティナはそわそわとした、落ち着かない気分になった。
けれど、一緒にいる時間を嫌だとは思わない。むしろ、逆だ。
共を許されて外を歩くとき、レティナはいつだって高揚した気分で、けれどルシードは仕事で自分を伴っているのだからと、必死にはしゃがないように抑えていた。
――もっとも、ルシードには見透かされていたようで「珍しいのか?」と聞かれてしまったが。
そう。
ダーメンス伯爵家に花嫁修業という名目で王都に滞在していたものの、伯爵夫人や婚約者であったクーズリィの許可無く出歩けなかったレティナにとっては、ルシードについて行った先では、見るもの全てが新しく映っていたのだ。
そうして、目をキラキラさせているレティナを、ルシードが微笑ましく見つめる――いつの間にかルシードとレティナはふたりひと組で認識され、アレスには「仲が良い」とからかわれる始末だ。
だが、レティナは今少年の格好をしている。
きっとアレスのからかいに他意はなく、ルシードも気にかけてくれるのは隊長としての責務や、元々の優しさからなのだと思うようにしていた。
本日は問題なく、見回りは終わる。
そして見回りから帰ってくると、アレスがなにやら笑顔を浮かべ声をかけてくる。
「おっ、おかえりレト君。はは~ん、ふたりは今日も仲が良いなぁ~」
アレスは、最近こうしてお決まり文句を投げかけてくる。
その度に動揺していたレティナだが、今日こそはと用意していた言葉をアレスに返した。
「はい。リグハーツ隊長に、弟のように可愛がっていただけて光栄です」
自分に言い聞かせる意味でも、この言葉は効果的だった。
自分は今、男。
そしてルシードは、公明正大で心優しい隊長。
年下の、ちょっと頼りない保護対象を気にかけてくれているに過ぎない。
――それこそ、弟のように気にしてくれている。
我ながら納得のいく説明だったのに、自分で口にして置いて胸にチクリとした痛みを覚えるレティナ。
アレスが微妙な笑みを浮かべて黙った事には、気付かない。
それをいいことに、黙ったアレスの視線は、うつむいたレティナを飛び越え、さらに後ろへ向かった。
「……弟……?」
そこには、レティナの言葉を聞いてなんとも言い難い表情を浮かべているルシードがいた。しきりに首を傾げているのは、レティナの解答と彼の心情が剥離しているからだ。
「ふむ。やっぱり面白いことになったなぁ」
そんなふたりは、お互いの様子に気付かない。
気付いていたのは、色々と察している感のあるアレスだけだった。
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