最終話 大怪盗はわかってない

「婆様ごめんね、色々あって何ヶ月もここに来れなくて。でも、もう大丈夫。父様のおかげで、やっとレイシレイラに平穏が戻ってきたんだ」



 レイダークが消えて幾日も経過した。戻ってきたワルクト王により国の再建は進み、城下はかつての日常を取り戻しつつある。レシレイラ城の建て直しも問題なく進んでおり、このままいけば完全に元へ戻るだろう。


 シュルークの支配は過去となり、国に笑顔と豊かさが戻ってきている。ある程度の犯罪等は起こっているが、それはあるべき姿に戻った秩序警(イールミリ)が取り締まっている。今の秩序警(イールミリ)はしっかりとレシレイラの治安を守っていた。



 「さすが父様だよ。シュルークがめちゃくちゃにしたレシレイラを、ほとんど元に戻しちゃった。王様ってあんな人を言うんだね。私の出る幕なんてなかったよ」



 レプリルはエクスティの墓前に両足を抱えて座り、形見である魔法杖をそばに置くと、復興が進んでいるレシレイラの事を報告していた。


 エクスティの墓は一面に広がる花畑の中心にあり、色とりどりの花が咲き乱れている。地平線まで続いている花畑は素晴らしいの一言だ。ここでしか見られないレシレイラ王国の絶景であり観光名所でもある。エクスティの墓は一般開放されているのだ。鋼鉄車(ドルネイル)が走れる丈夫な道路も整備してあり、大勢が訪れても問題ない環境が整えられていた。


 静寂の中、時折風が吹くと、墓を撫でるように花弁が飛んで行く。その時、花弁の香りが風に運ばれレプリルの鼻をくすぐった。



 「婆様も凄いよね。みんなに愛された女王だったんだなって、この花畑を見ればすぐに理解できるよ」



 レシレイラ王国二十五代目女王であるエクスティの統治は見事であり、そのエクスティの死を惜しんだ国民は花を持ち寄った。その結果がこの地平線まで広がる花畑だ。花の一輪一輪が女王に対する感謝であり、花畑はエクスティがどれだけ国民に愛された女王なのかを現していた。



 「フフフ。城を飛び出したお転婆姫がこんなに愛される女王になるなんてね。みんな驚いただろうなぁ」



 レプリルはエクスティが生きていた頃を思い出し、懐かしむように笑った。



 「レイダークさんも……驚いたのかな」



 レプリルがエクスティに聞く限り、当時のレイダークは神魔宝貴(ファウリス)の返却をしていた。


 すぐに他国に行ってしまっただろう。返却の最中でレシレイラ王国に戻ってくるとは思えないので、女王になったエクスティをレイダークは知らないはずだ。


 それに、もしエクスティが生きている間に神魔宝貴(ファウリス)の返却が終わったなら、レイダークは必ずレシレイラ王国に戻ってくる。あの大怪盗はそういう人物だ。根拠はないが、レプリルはそう確信していた。



 「そういえば、いつからレイダークさんってレシレイラにいたんだろう?」



 レプリルがテラーズ山に行った時、既にレイダークはいた。レプリルがやって来るタイミングに合わせたとは思えないので、もっと前からレイダークは帰ってきているだろう。



 「もしかしてずっと九百十一番(ベルガル)で待っててくれたのかな。でも、それならもっと早く助けてくれそうな気がするけど」



 あの時のレプリルは絶体絶命だった。レイダークのいる九百十一番(ベルガル)に辿り着く前にゲヴェイアに撃たれる可能性は高く、九百十一番(ベルガル)まで辿り着けたのはたまたまだ。いつレプリルが逃げるのを諦めてもおかしくない状況でもあったし、そもそも城から逃げ出せない可能性だってあった。



 「走るのを諦めないでよかったぁ……もし諦めてたらレイダークさんに助けられなかったよ」



 「当たり前だ。生きるのを諦めたヤツを助ける趣味はない」



 久しぶりに聞く声がした。



 「レイダークさん!」



 いつからそこにいたのか、レプリルは隣に立つレイダークを見てすぐに立ち上がった。



 「死ぬワケないと思ってましたけど、心配したんですよ! 生きてるならもっと早く教えてくださいよ!」



 「ふん、どうしてダンゴムシにオレの生存を教える必要があるんだ?」



 「なんで私がダンゴムシなんですか!」



 「お前はダンゴムシだろ?」



 「本気で首を傾げないで――――プッ、アハハハ!」



 何度もやった懐かしいやり取りに、レプリルは思わず笑ってしまう。



 「よかったです本当に。だってレイダークさんが死んだら私も婆様も、凄く悲しいですから」



 「ふん、ダンゴムシのくせに生意気な」



 そう呟くと、レイダークはエクスティの墓を撫でた。



 「……墓か」



 そこにどんな思いがあるのだろう。エクスティから話を聞いただけのレプリルでは拙い想像しかできず、墓の前に立つレイダークの背中を見る事しかできなかった。



 「死ぬ前……コイツは何か言っていたか?」



 「死ぬ前ですか?」



 レプリルに振り返らないままレイダークは質問する。



 「いえ、死ぬ前の婆様は無言でした」



 「そうか……」



 「でも、最後の婆様はとっても笑顔でした。窓の外を見ながら幸せそうに笑ってましたから」



 レイダークの背中がほんの僅かに震えた。



 「……そうだな。たしかにその通りだ」



 レイダークはレプリルの墓にそっと手を当てる。



 「オレはお前だけに約束を守らせてしまった。オレからした約束だったのにな。なのに一方的にお前だけが……お前だけに約束を守らせてしまった」



 レイダーク懐から鉄板を継ぎ接ぎしたような球体を取り出した。


 その球体にレプリルは見覚えがある。シュルークと戦っていたレイダークが持っていたモノだ。



 「しかもこの九百九十九番(エディシジヨウ)で自爆して確実にカス(シユルーク)を葬って死のうとして……そんな死に方したらお前に泣かれるに決まってるのにな」



 レイダークは九百九十九番(エディシジヨウ)を握りつぶす。砕かれた九百九十九番(エディシジヨウ)は地面に落ちる前、粒子となって風に運ばれていった。



 「また最低なヤツに……なる所だった」



 レイダークは続ける。



 「しかしあの時よくオレを見つけたな。ババアになったお前が見えるような距離にいたワケじゃないんだぞ。魔法でも使ったのか? まあ、何でもいいがな」



 レプリルはレイダークの言っている“約束”を知らない。



 「お前は最後の最後でオレに…………くそっ、しかも涙まで流しやがって。これじゃオレはただのクソ野郎だろうが」



 だが、その“約束”が何だったのかはっきりと理解できる。



 「……約束を守れなくてすまなかった。お前だけに約束を守らせてすまなかった……エクスティ」



 レプリルはエクスティが死ぬ直前にした笑顔と涙を覚えている。


 満面の笑顔で窓の外を見ていたエクスティを――――はっきりと覚えている。



 「レイダークさん……」



 「ふん……」



 レイダークがレプリルに振り返る。


 その顔はレプリルの知るいつものレイダークだった。



 「十五番(ストレイズ)はカス(シユルーク)が神魔一体(バーゼーガー)をしてなくなった。で、残った八十八番(シンクレア)はオレが破壊しておいた。所持者はカス(シユルーク)だからな。オレが破壊して問題ない」



 レイダークは所持していた神魔宝貴(ファウリス)を全て返却し終わっている。完全にレイダークの手から離れているのだ。それなら願い(呪い)に関する心配は必要はなく、他人の神魔宝貴(ファウリス)をどうしようと問題ない。悪用されたなら尚更であり、破壊しない理由は何処にもなかった。



 「神魔宝貴(ファウリス)には大きな力がある。もし、それを手に入れた人間がカス(シユルーク)の他にもいるなら、ソイツも欲のまま動いている可能性が高い。並の人間では神魔宝貴(ファウリス)を持ったまま自身を律するのは難しいようだからな」



 「はい。私もそう思います」



 神魔宝貴(ファウリス)はそれだけでも大きな力なのに、所持者の願い(呪い)まで叶えてしまう。しかもそれだけではなく、神魔一体(バーゼーガー)という奥の手まで可能とする。


 これは、所持者にあらゆる事が可能になったと錯覚させる力だ。ただの力尽くでしかないのに、それが全知全能の力だと思い込んでしまう。結果、突如手に入れた大きな力に振り回され自分自身を変貌させ、あるべきだった可能性を自ら消し去ってしまう。


 つまり、神魔宝貴(ファウリス)を所持した者はその力に心が負けてしまう。周囲に災厄や不幸を振りまく人間に堕ちてしまうのだ。



 「ならば、そうなったカスから神魔宝貴(ファウリス)を盗む(壊す)のは大怪盗の義務だろう」



 レイダークは宣言した。



 「世界が平穏な方が……泣くヤツも少ないからな」



 レイダークがレプリルの横を通り過ぎていく。



 「もう会う事もないだろう。さらばだレプリル」



 「ま、待ってくだささい! これが最後だなんて――うっ!?」



 突如、レイダークを中心に突風が吹き荒れる。レプリルは思わず目を覆ってしまう。


 突風が止んだ時には、もうレイダークの姿はなかった。



 「……レイダークさん全然わかってないです。鈍感すぎです」



 レイダークが去り、エクスティの墓を見ると一輪の花が置かれている。


 それを見たレプリルは持っている魔法杖を強くに握りしめた。



 「大切な人からもう会う事も無いって言われて……泣かない女の子はいないんですよ」



 レプリルは目元を拭って頬を叩くと、そこにけたたましい音を立てて鋼鉄車(ドルネイル)がやってきた。


 即座に出入口(ハツチ)が開き、そこから勢いよくゲヴェイアの上半身が飛び出した。



 「レプリル姫! 今ここにレイダークがいただろう!」



 「え、ええ。さっきまでいましたけど……」



 「くそぉッ! もっと早く気づいていればッ!」



 「仕方ありませんゲヴェイア様。ここを巡回していたのはたまたまだったのですから」



 戦車内から知った声が聞こえる。どうやらルフロウが運転しているようだ。



 「ぐぬぬぬ……」



 ゲヴェイアはしばらく頭を抱えた後、決意したように顔を上げた。



 「決めたぞルフロウ。私は何処までもヤツを追う」



 「つまりそれは……」



 「そうだ。私はレイシレイラを出る!」



 ゲヴェイアは断言した。



 「今の私が秩序警(イールミリ)に残る必要はない。元警正総統が一般警兵といてもウザがられるだけだ。出世の道も……ぐぐぐ……閉ざされたしな」



 「ゲヴェイア様。口元から血が」



 「私は絶対に! 絶っっっっっっ対にあのコソドロを許すワケにはいかんのだ!」



 ゲヴェイアの胸元に黄金の鷲獅子のエンブレムはない。いくらシュルークの手の平だったとしても、レプリルに砲撃をしたのは事実であり、ゲヴェイアはレプリルを殺そうとしたのだ。



 「ヤツが私を幼女にしたせいで全てが狂った! まともな人生ではなくなったッ! 私の全てをめちゃくちゃにしたんだッ! コソドロを放置など我慢ならん! ヤツの逮捕が私の全てだッ!」



 その罪を問われたゲヴェイアはその罪を受け入れた。死刑にならなかったのはレプリルを救ったのもまた事実であり、ワルクトをバルキザブ大監獄から助け、国の危機(巨神星シユルーク)にも立ち向かったからである。そのため、警正総統から大きく降格したものの、鋼鉄車(ドルネイル)に乗れる程度の権限は持つ秩序警(イールミリ)として在籍していた。ただ、この在籍は温情に近く、ゲヴェイアは出世の道を閉ざされている。このまま秩序警(イールミリ)にいるだけなら、落ちた地位のまま一生を終えるのは確実だった。



 「わかりました。国を離れる手続きやその他諸々は私がしておきます。この鋼鉄車(ドルネイル)は私が作った特別製で私しか操縦できません。持ち出して問題ないでしょう」



 「いいのかルフロウ? お前は私と違ってまだまだ上にいける。付き合う必要は全くないんだぞ?」



 「私はゲヴェイア様についていくと決めておりますので。ゲヴェイア様の外見では色々と困るはずですし、なにより私がいなければ発作への対処が難しいでしょう」



 「うっ……た、たしかにそうだな……」



 ゲヴェイアはルフロウの胸元をチラチラ見ながら頷いた。



 「では行くぞルフロウ! レイダークを追跡する!」



 「ま、待ってくださいッ!」



 鋼鉄車(ドルネイル)が走ると、そこに慌ててレプリルが背部装甲に乗ってきた。



 「な、何で乗ってくるんだ姫! すぐに下りろ!」



 「レイダークさんは神魔宝貴(ファウリス)の所持者を追っています。なら、変な事件や噂を追えば、おのずとレイダークさんを見つけられるはずです」



 「なんだと!?」



 ゲヴェイアはレプリルがしがみつく背部装甲に下りて来る。



 「それは間違いないのか?」



 「さっきまでいたレイダークさんから聞きました。間違いありません」



 「よし、わかった。では、姫はさっさと――」



 「私も連れて行ってください。レイダークさんを追いたいんです」



 レプリルはとんでもない事を言った。



 「な、何?」



 「行っときますけど、ここで無理矢理下ろしても意味ないですから。姫が護衛も連れず、何処と知らない野山をたった一人で旅するだけですから。一人でレイダークさんを追うだけですから」



 「し、しかし姫を連れて行くのは……」



 「もう一回言います。ここで私を連れて行っても一人でレイダークさんを追うだけですから。城に連れ戻しても、勝手に抜け出して以下略ですから。意味ないですから」



 「ぬぐぐぐ……」



 「ゲヴェイア様。どうやらレプリル様はかなりの頑固者なようです」



 ルフロウは最初から観念しているのか、鋼鉄車(ドルネイル)を止める様子はない。



 「こ、このお転婆姫め……」



 「ええ、お転婆です。婆様に似てるそうですから」



 レプリルは出入口(ハツチ)の近くまでいくと、青空を見上げながら座り込む。


 右手に持っている魔法杖を翳すと、先端につている紫色の宝玉から日光が差し込んでくる。


 レプリルは差し込むその光を目を細めながら見つめた。



 「私は婆様と違って諦めてなんかあげませんからね。レイダークさん」



 ルフロウが操縦し、ゲヴェイアは出入口(ハツチ)から上半身を出し、レプリルはその近くに寄りかかる。三人の鋼鉄車(ドルネイル)での定位置が決まり、レプリルは「そうそう」と、ゲヴェイアをルフロウに向かって言った。



 「料理ならこのレプリルに任せてくださいね。レイダークさんが認めた腕ですから」



 「コソドロに? それは凄い事なのか?」



 「ダンゴムシからカメムシに昇格するくらいの腕です」



 「凄さが全く伝わってこないな……」



 どうでもいい会話を続けながら、三人が乗る鋼鉄車(ドルネイル)は走り続ける。


 お転婆姫の旅その二は、その一よりも賑やかな旅になりそうだ、と。


 エクスティから聞いていた話を思い出しながら、レプリルはそんな事を思っていた。

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最強大怪盗レイダークはこうして世界を救う 三浦サイラス @sairasu999

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