第8話 心配する大怪盗

「遅いぞカメムシ。チンタラ歩いて買い物ができると思っているのか」



 「ちょ、ちょっと待ってください~」



 エクスティとレイダークの二人は町に出て買い出しに来ていた。


 レシレイラ王国に出回る物資は少ないが、全く手に入らないというワケではない。物価は非常に高いが、街に食料や日用品が並ぶ時はある。希少なチャンスの為、できるだけ手に入れなければならない。



 「れ、レイダークさん速いですよ! 私こんなに荷物持ってるんですッ!」



 買い物に来た以上、もちろん二人は民衆に紛れている。地味な普段着であり、目立つ恰好ではない。エクスティは念のために眼鏡もかけており、傍目には昔話に出てくる怪盗と、レシレイラ王国の王女が歩いているようには見えなかった。



 「オレはお前の四倍は持っていると思うが?」



 「うっ! そ、そうですけどぉ……」



 エクスティは片手で軽く抱えるくらいの荷物だが、レイダークは両手に加えて肩や頭の上にまで荷物を持っている。紙袋のバランスは全く崩れておらず、トレーニングとでも言わんばかりでだ。まだまだ持てると余裕の表情である。事実、疲れた顔のエクスティと比べて、レイダークに疲労の色は全く見えない。



 「わ、私は乙女ですから! か弱い女子はこのくらいでも重いんです」



 「お前はカメムシだろ?」



 「本気で首を傾げないでくださいッ!」



 ムキーッ! と起こるエクスティだが、すぐに「はひぃ~」とヨロヨロした足取りになる。疲れているせいで、今にもその場にへたり込みそうだった。



 「チッ」



 レイダークは左の荷物を器用に右へ移し変え、空いた左で倒れそうなエクスティを支えた。そのまま近くの廃屋に入る。


 国がまともだった頃は喫茶店だったのだろう。屋内には埃をかぶった椅子や机が乱暴に散らかっており、奥には広いカウンターがある。当然、食べ物の類いは無いが休む分には問題なかった。


 レイダークは床が腐っていないか確認しながら歩くと、カウンターにある適当な席にエクスティを座らせた。座った瞬間、エクスティは「はふ~」と疲れを吐くようにカウンターに寝そべった。



 「全く、勘違いしただろうが」



 呆れるように呟くと、レイダークはエクスティの隣に座った。



 「え? 何をですか?」



 「……ラデーズ山を走って登れるヤツならこれくらい平気だと思ったんだ」



 「アハハハ。あの時は必死も必死でしたから。ゲヴェイアに追いつかれたら死んじゃってましたし。火事場の馬鹿力ってやつですね」



 エクスティはアハハと笑う。



 「必死か……たしかにお前は頑張ったな」



 「……はい?」



 正気を疑う言葉が聞こえた。



 「あんな所にあるオレの隠れ家(九百十一番)に来たんだからな。ゲヴェイアに追われながら本当によくたどり着いたよ」



 「え……ええ!?」



 あまりにも信じられなさ過ぎて思わずエクスティはキョトンとしてしまう。レイダークなら「カメムシが~」とか、とりあえずバカにしてくると思ったからだ。今のレイダークの言葉の真意を聞きたくなるが、ドSが見せた突然の優しさ(?)のせいで思わず躊躇ってしまう。



 「えと、あのっ、そのっ、えとっ!」



 「見ろ。もう幼女ゲヴェイアは街じゃ有名人のようだ」



 エクスティが勝手にあたふたしている最中、レイダークはカウンターに置かれていた新聞を手に取っていた。



 比較的日付の新しい新聞だ。読み終えた新聞を誰かがこの廃屋に捨てたのだろう。



 「まあ、幼女姿に怯えて毎日を過ごす方がヤツのプライドに触るか。ククククク」



 四面記事に書かれている内容はレイダークと幼女になったゲヴェイアだった。本当は引きこもりたいのが本音だろうが、ゲヴェイアはあまりに地位が高い。そのため公の場に出ないワケにはいかなかった。


 というより、ゲヴェイアの性格からして、それを許さなかったに違いない。引きこもれば、それは幼女姿を弱さと認めた事になる。権力を追い求めるゲヴェイアが、そんなのを認めるワケにはいかない。幼女姿を晒す方がマシと判断したのだ。



 「幼女になって威厳が消えて周囲が変態に見えて実生活にも影響が出て、ゲヴェイアちゃんは大変だ。フハハハハハ」



 「あのー、一応言うとですねー。昔話に出てくるレイダークさんって、もっと英雄然してるんですが……」



 エクスティはレイダークが悪役にしか見えないとツッコんだ。



 「お前らが勝手に作った理想像をオレに押しつけるな」



 「いや、まあそうなんですけど……」



 「記事が載ってしまってる辺り、ゲヴェイアの敵対派閥はここぞとばかりに攻撃しているな。自分勝手にやっていたツケが回ってきたというワケだ。命令とはいえ王女を助けずに殺そうとした事実もある。どん底まで落ちるのは時間の問題かもな。フハハハハハハハハハハ!」



 「やっぱりレイダークさんって見た目と言ってる事は悪党全開だよね……ん?」



 外から地面を削りながら走っているような音が聞こえてきた。



 「……あれ? この音って」



 エクスティは窓から外を覗くと、鋼鉄車(ドルネイル)が街中を走っているのが見えた。ゲヴェイアが出入り口(ハツチ)から顔を出している。



 「ふっ、警正総統様自らパトロールか。追い詰められたお偉いさんは大変だ。クククク」



 おそらく、幼女姿から逃げも隠れもしないというゲヴェイアのパフォーマンスだろう。堂々と身を晒し、民衆にゲヴェイア・ダンデライ・シュトラルガという人物を見せつけているのだ。



 「お前はここでゆっくり休んでろ。オレは少しヤツと話してくる」



 レイダークは席から立ち上がった。



 「は、話してくるってゲヴェイアとですか!?」



 「ヤツ以外誰がいるんだ?」



 ちょっと近所を散歩してくると言ってるのと変わらない。レイダークは鋼鉄車(ドルネイル)に乗っているゲヴェイアに何の脅威も感じていないようだった。



 「レイダークさんってゲヴェイアをお気に入りのオモチャと思ってません? って、もう行っちゃったか……」



 城の時と同じで、知らぬ間にエクスティの前から姿を消している。窓から外を見ると、既にレイダークとゲヴェイアが対峙していた。

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