23話 シュルークの真実

「ハハハハ。いいパンチじゃないか泥棒くん!」



 しかしシュルークは平然と耐えていた。ゼロ距離で顔面をレイダークに殴られたのに、全くダメージをうけていない。人間が山を殴りつけても意味がないように、シュルークはその場から微動だにしていなかった。



 「でも、殴るならこれくらいはしてほしいなぁッ!」



 お返しとばかりに、こんどはシュルークが拳を放つ。その鉄拳は少なくともレイダークの拳と遜色ない威力――――いや、それ以上の威力でレイダークを殴りつけた。


 レイダークの顔面を殴りつけシュルークはニヤリと笑ったが、すぐにその顔から笑みが消える。



 「ふん、六十番(デリリアトーレ)の偽物か。指輪型のはずだが、見えないように身体に仕込んでいるようだな」



 レイダークもシュルークと同じく放たれた拳を平然と耐えたのだ。もちろん、その場から微動だにしていない。シュルークの時と同じだ。完全に見せつけていた。


 レイダークは呆れたようにため息をつく。



 「どうした? 本物の六十番(デリリアトーレ)は一撃で城を破壊できる力を得られるんだぞ? なのに、この程度で調子に乗っているのか? ならとんだ道化だな。さっきの大口のせいで涙が出そうになる。ああ、涙の理由は笑いでも憐れみでも何でもいいぞ」



 「……コソドロはよく口が回るッ!」



 再度シュルークの拳がレイダークに放たれる。だが、こんどはその拳を大人しくもらうレイダークではなかった。


 応戦とばかりにレイダークも拳を放つ。



 「はあっ!」



 「ふん」



 シュルークの拳にレイダークの拳がぶつかり、激しい衝撃音が鳴り響いた。両者はすぐに次の拳を放つが、それもまたぶつかりあう。衝撃音だけが玉座の間に響き渡り、ゼロ距離の撃ち合いが何度も繰り返された。無数の拳が出現しているかのような速度だ。常人ではとても見切れない。あまりに現実離れした光景が広がっていた。



 「ああ、そうそう。もちろんボクが持っているカードは切らせてもらうよ」



 「むっ!?」



 レイダークの正面にはシュルークがいる。だが、そのシュルークがレイダークの周囲に三人現れた。



 地下室で現れた刺客人形達だ。



 「八十八番(シンクレア)か」



 「あの時とは違うよ。数を減らして強さや精密性を上げている。もちろん表情もね。ボクらしくなってるだろ?」



 「カスが四人。気味悪くてゾッとするな」



 刺客人形達はシュルークと全く変わらない攻撃を仕掛けてくる。地下室の時とは違い、その動きには鋭さと重さがあった。自動的ではない。レイダークを殺す明確な意志がある。


 四対一。


 完全にシュルークが有利だ。四人の表情に笑みが浮かぶ。


 苦戦必至の状況だが、まだレイダークの余裕は崩れない。四人の攻撃をうまく裁き続ける。



 「そらそらそらそらそらそらぁッ! いつまで続けられるかなぁッ!?」



 「調子に乗ったカスはよく喋る」



 今行われているのは間違い無く人を超えたモノの戦いだった。人外しか認知できない領域が展開されており、それが神魔宝貴(ファウリス)に呪われてしまった者達のぶつかりあいだった。


 両者の拳の勢いが落ちる様子は無い。レイダークは変わらず四人を相手取っているが、状況は互角のまま続いている。


 どちらが先に致命打を直撃させるのか。


 それは四人で仕掛けているシュルークだと思われたが。



 「ぐっ!?」



 先に苦悶の声を上げたのはシュルーク達だった。



 「な、何故ッ!?」



 拳に走った痛みに耐えるよう、声と共に顔が歪む。四人共同時にだ。瞬間、僅かに拳の速度が落ちてしまう。


 狙っていたのだろう。これを見逃すレイダークではない。



 「ふっ!」



 レイダークの拳がシュルーク達の腹部に深々と突き刺さり、そのままシュルークは吹き飛んでいった。完全に致命打だ。


 その瞬間、分身である三体のシュルークの姿が消え失せた。倒されたのだ。



 「がふぁッ!?」



 蹴散らすように玉座を破壊し、何枚もの壁に大穴を開けて、ようやくシュルークは止まった。

 ただ殴りつけただけなのに凄まじい威力だ。レイダークの一撃がどれだけのモノなのか一瞬でわかる光景だった。



 「ぐううう……」



 シュルークは落ちてきた瓦礫をどけて起きようとするが、なかなか立てない。足に力が入らずフラついてしまい、尻餅をつきそうになってしまう。



 「な、なんだと……?」



 これはそれだけレイダークの一撃が強烈な証拠だった。玉座に座っていた時とは違い、先程まであった余裕は完全に消えている。「バカな……」と、ありえないとばかりに呟いていた。



 「信じられないか? どうして八十八番(シンクレア)と偽物の六十番(デリリアトーレ)を使っている自分が負けるのかと不思議でならないか?」 



 レイダークはシュルークの元へ歩いてくる。その顔は、お前に苦戦するなどあり得ないと言わんばかりの顔だった。



 「理解できないよな? さっきの殴り合いで使用した六十番(デリリアトーレ)はたしかに性能は落ちているが、レイダークを圧倒するくらいの力はあるはず。なのに何故負けたんだ、と。どうして四人もいた自分がやられているんだ、と。相手はただの素手(ステゴロ)で勝てる理由は何処にもないのに、と」



 勝ちを確信しているのだろう。レイダークはゆっくりとシュルークに近づいていく。



 「神魔宝貴(ファウリス)は願望機じゃない。願いを叶えられた先には必ず後悔と絶望が待っている。だから呪いと言われているんだ」



 「何が……言いたい……」



 シュルークはバランスを崩しそうになりながらどうにか立ち上がる。だが、それで精一杯だ。これではとても戦えない。先程のようにレイダークと殴り合うのはもう不可能だった。



 「お前は偽物を作れる。だが、それはとても複製品(コピー)と呼べるモノじゃじゃない。どうしようもない劣化品(ダミー)だ。だからオレを圧倒できなかった」



 レイダークは断言した。



「な、何を……」



 「わからないか? なら何度でも言ってやる。お前の作った神魔宝貴(ファウリス)はただのガラクタだ。酔って吐いたゲロにも等しい汚物だ」



 お前の作る神魔宝貴(ファウリス)は何の価値もないゴミだとレイダークは言った。



 「ふ、ふざけるな! な、何を勝手なッ!」



 「あの六十番(デリリアトーレ)は相当の自信作だろ? 本物と遜色ないデキだと思ったからお前は使った。オレと殴り合って証明しようとしたんだ。これはいつもできあがる劣化品(ダミー)ではないと」



 レイダークはまるでシュルークの心を読んでいるかのように語り始める。



 「だが、結果はあの通りだ。お前がどんなに素晴らしい神魔宝貴(ファウリス)の複製品(コピー)を作ろうと、それが願い(呪い)によるモノなら劣化品(ダミー)になる。とても本物には及ばない。ただの一般人でも届く発明にしかならない」



 「し、信じられないね……そ、そんなデタラメ……」



 「神魔宝貴(ファウリス)に呪われた本人が言っているんだぞ? まあ、信じようが信じまいがどうでもいいがな」



 「ぐううう…………」



 シュルークの唇から血が流れ落ちる。図星だったのだろう。表情は恥辱と苦難に満ちており、完全にレイダークが言っている事を暗に認めていた。



 「た、例え君の言う通り……君の言う通り……だとしても……だ」



 シュルークは納得できないと、レイダークに指を突きつける。



 「ボクは四人で君と戦った! 本物の神魔宝貴(ファウリス)を使った! 八十八番(シンクレア)の精巧な分身達を使って君と戦ったんだ! なのに何故互角以上に戦える! どうして致命打をくらったのがボクなんだッ!」



 この戦いは絶対にシュルークが勝ったはずだった。例え六十番(デリリアトーレ)が劣化品(ダミー)でも分身は本物だ。四人のシュルークがレイダークと戦ったのだ。いくらレイダークが強いといってもシュルークも弱いワケではない。複数である以上、圧倒的有利だったはずだ。なのに、勝ったのは複数(シユルーク)ではなく一人(レイダーク)だ。意味がわからない。



 「ふん、そんな簡単な事がわからないのか」



 レイダークは同情するような目を向けてため息をついた。



 「その理由はただ一つ。このオレが大怪盗だからだ」



 それ以上でもそれ以下でもなく、ただそれだけがシュルークの敗因であると。


 大怪盗(レイダーク)に勝てる者はいない。


 そうレイダークは断言した。



 「くっ……」



 ピン、とシュルークの指から九十二番(デクレクティ)か弾かれた。



 「無駄だ」



 二度も同じ奇襲をくらうレイダークではない。シュルークが九十二番(デクレクティ)を弾いたと同時に、レイダークは指につまんでいた小石を弾き、それを九十二番(デクレクティ)にぶつけた。

 瞬間、激しい閃光が周囲を包むがそれだけだ。レイダークの姿は消えておらず、シュルークを見下す視線を向けている。



 「くっ……」



 「追い詰められているのがまるわかりだぞ」



 シュルークがまだレイダークとやり合えるなら九十二番(デクレクティ)を使うワケがない。


 これは敗北宣言と同義だった。



 「十五番(ストレイズ)を装備するか? 一応言っておくが、オレはお前を一切見なくとも攻撃できる。装備しても何の意味もないぞ」



 レイダークは「その前に首を落とすがな」と続けた。



 「フ、フハハ……ハッハッハッハ」



 突然シュルークは笑い出した。



 「そんなの解っているよ。だから十五番(ストレイズ)を装備しなかったんだ。君はボクが十五番(ストレイズ)を持っているのを知ってるんだからね。対策してきて当たり前だ。無意味な行動程虚しいモノはない」



 シュルークはため息をつく。



 「でも、まさか真正面からこの場に現れるとはね。十五番(ストレイズ)を脅威と思っているなら絶対にしない行動だ。てっきり闇討ちでもしてくると思ったのにさ」



 「どうしてオレがコソコソとお前の命を狙う必要がある? 暗殺や奇襲をする意味が全くわからんな」



 一匹の蟻を前にして用心する人間はいない。


 レイダークは神魔宝貴(ファウリス)を持っているシュルークに何の脅威も抱いていなかった。



 「……なるほど。これが大怪盗レイダークか。規格外とは君みたいな人間を言うんだろうね。神魔宝貴(ファウリス)を一つや二つ持ってる程度じゃ全く敵わないってワケだ」



 「何度も言わせるな。オレは大怪盗。例えお前が全ての神魔宝貴(ファウリス)を持っていようと負けはしない」



 「フフフ。ハッタリに聞こえないから不思議だ。どんな大軍団を相手にしても、君ならホントにどうにかしちゃいそうだ」



 実力差を見せつけられ、抵抗しても無駄だとシュルークは完全に解らせられている。


 シュルークはレイダークに絶対に勝てない。



 「レイダーク。君に勝ちたいならコレしかないんだね」



 そう、シュルークではレイダークに勝てない。


 なら、シュルークに残された手段は一つだけだった。



 「本物の神魔宝貴(ファウリス)だ。看守の時とはワケが違うよ」



 シュルークの身体がボコリと膨れ上がる。同時に目を覆いたくなる程の輝きを放ち、シュルークから衝撃が放たれる。



 「神魔一体(バーゼーガー)だッ!」



 輝きと衝撃の勢いは台風のように膨れ上がっていき止まる様子がない。影響は城全域に及んでいき、レイシレイラ城を崩壊させようとしていた。



 「…………」



 神魔宝貴(ファウリス)を持つ者との第二ラウンド。


 次第に崩れてゆく城の中、レイダークはシュルークの変異を冷静に眺めていた。

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