22話 大怪盗の義務

「この世に神はいるのか? ボクは時々、神は本当にいるんじゃないかって思うんだ」



 玉座に座っているシュルークはそんな事を呟いた。



 「ボクはこの国を好きに動かしている。王を監獄に送り、秩序警(イールミリ)を操り、王女の命を狙い、それ以外にも今の自分を実感できる行為(強権)をいくつも行った。それは世間一般でいう所の悪業であり、許されない事だ。だからボクは安心する。そんな悪い事を繰り返すボクが無事なのは神がいない証拠だって。天罰なんて無い。この世に神はいないとわかって、胸がじんわり温かくなるんだ」



 シュルークのいる玉座の間は広く、普段は多くの貴族や兵が出入りしているが、今は二人の人物しかいない。


 シンと静まりかえった玉座の間で呟かれるシュルークの声は、そのもう一人に対して呟かれていた。



 「でも、希にその実感を阻害される時がある」



 シュルークは人差し指を額に当て「神がいると思うのはそこだ」と、ワザとらしく困った顔をする。



 「逃げた王女を助ける。ボクに宣戦布告するように城内に現れる。バルキザブ大監獄にいる王まで救いに行く。なんというか、そんな正義の味方が現れると心配になるんだ。本当は神っているんじゃないかって。神ってのは仕事をサボりがちなだけで、希にキチンと仕事をする。ボクを弄んでいるクソ野郎なんじゃないかって、気になってしまうんだよ」



 それがこの場にいるもう一人の人物。レイダークであるとシュルークは言った。



 「とんだ現実逃避だな。カスは頭にクソが詰まっているらしい」



 レイダークは呆れるようにシュルークを煽った。



 「都合の悪い事態や展開は全て神の仕業だと? てめぇの不始末の結果だろうが。そんな事もわからないのか?」



 玉座の間でシュルーク(王)とレイダーク(侵入者)が対峙している。なのに、城を守る兵士達はこの場に一人も現れなかった。


 レイダークがその兵士達を全員倒してしまったからだ。その証拠に、城門から玉座の間まで大勢の兵士達が倒れ連なっている。立ち上がるくらいはできるものの、兵士達に侵入者を追撃する体力や余裕はなくなっていた。


 対してレイダークは傷も無ければ疲労も無く、衣服に一つの汚れもない。多勢(全兵士)に無勢(一人)にも程がある戦力差だったが、その差は何の意味もなかった。兵下を倒すのも木の葉を払うのも、レイダークにとって大して変わらないようだった。



 「お前はここで死ね」



 シュルークを睨むレイダークの眼光は、それだけで相手を射殺せそうな憎悪が込められている。標的を確実に葬るという圧力(プレツシヤー)が大気を揺らしており、それは決して錯覚ではなかった。



 「怖いなぁ、悲しいなぁ、ムカつくなぁ。ちょっと力がある程度でボクに逆らえると思うなんて。低脳は勘違いが多くて可哀想になるよ」



 シュルークはレイダークに怯む事なく、玉座に座ったまま嘲笑った。やれやれと、呆れ顔でレイダークに視線を向ける。



 「複数の神魔宝貴(ファウリス)を持つボクに勝てると思ってるの? 君の持つ怪盗道具(ポンコツ)とは格が違うんだよ?」



 スッ、とシュルークはおもむろに真横に手を翳した。瞬間、壁の一部分が砕け散り、玉座の間に突風が流れ込んできた。



 「君ならコレが何番がわかるんじゃないかな?」



 「三十四番(アグリププ)。お前の右指に嵌められてる指輪型の神魔宝貴(ファウリス)だ。指差したモノを破壊する力を持っている」



 「当たり。さすが全ての神魔宝貴(ファウリス)を盗んだと言われる泥棒くんだ」



 「だが、お前の三十四番(アグリププ)は偽物だ。本物ならこの城を瞬時にバラバラにする力があるからな」



 ピクリとシュルークの眉が動いた。



 「三十四番(アグリププ)だけじゃない。六十九番(トリリアブート)も、七十番(エイベルリグ)も、九十番(シン)も、九十二番(デクレクティ)も偽物だ。お前が持つ本物の神魔宝貴(ファウリス)は八十八番(シンクレア)のみ。八十八番(シンクレア)だけは効果そのままに使っていたからな」



 ちっ、とレイダークは舌打ちする。



 「多少は惑わされたが、一度思い当たればすぐに察せた。神魔宝貴(ファウリス)はそう簡単に見つけられるモノじゃない。一つは偶然手に入れても、それ以上は不自然だ。持っているワケがない。なら、お前の神魔宝貴(ファウリス)は何なのか?」



 答えは一つと、レイダークはシュルークを指差した。



 「アレお前にかかった神魔宝貴(ファウリス)の呪いによるモノだ」



 レイダークは断言した。



 「それなら理解できる。効果の薄い(デキの悪い)神魔宝貴(ファウリス)はお前の作った偽物だ」



 「……随分と飛躍した発想だね。妄想が過ぎると思わないのかい?」



 「別に。全く不思議じゃない。神魔宝貴(ファウリス)の呪いは不老不死なんてモノまで実現するんだ」



 トントンと、レイダークは指先で自分の胸元を突いた。



 「……ははは。元持ち主なだけあってよくわかってるね。その通り。ボクは神魔宝貴(ファウリス)を作りたい。神魔宝貴(ファウリス)の複製品(コピー)を作るという願いを叶えてもらったんだよ」



 その結果が数多く展開した複製品(コピー)だとシュルークは言った。



 「話すのもバカバカしくなるくらいの偶然だったよ。ぶん殴ってくるだけのクソ親共を殺したらバルキザブ大監獄に入れられてさ。放り込まれた牢屋に隠し部屋があったんだ。八十八番(シンクレア)はそこで見つけたんだよ。ああ、最初はワケがわからなかったね。でもコレが途轍もない道具(力)だというのは理解できた。自分で作りたいと思うまで時間はかからなかったよ。こんな凄い道具はいくらあってもいいと思ったし、当時は同様の道具が他にもあるって知らなかったからね」



 シュルークは玉座の間を見回して苦笑する。



 「だから、神魔宝貴(ファウリス)を封印しているクソバカ野郎(レシレイラ家)を知った時呆れ果てたよ。なんでこんな凄い力を封印するのか信じられなかったんだ。それならボクが手に入れた方が有効利用できる。ついでにレシレイラ王国もボクのモノしようって思ったんだ。国が手に入れば実験も多くできるし、そうすれば精巧な複製品(コピー)を作るからね」



 「それがあの看守か」



 「ひょいひょい複製品(コピー)を配れる数はないんだけどね。でも、バルキザブ大監獄には王女がいたし、その王女を助けに君が来る事もわかってた。なら、看守に渡さない(データをとらない)理由はない。瞬殺されちゃったけどさ」



 バルギュグが神魔宝貴(ファウリス)の複製品(コピー)を持っていたのはそれが理由だった。勝とうが負けようがどちらでもいい。シュルークにとってレイダークとの戦闘が複製品(コピー)改良のデータになれば、それでよかったのだ。



 「ま、あの姿のまま戻れないよりは死んだほうがいいか。でも、神魔一体(バーゼーガー)前の姿も半端なく醜かったからなぁ。どっちの姿だろうと死んだ方がいい人間(クソ)か。はー、なんであんなヤツが生きてるんだろ。恥ずかしくないのかな。あ、でもこれってあのダメ姫も同じだよね。アッハッハッハ」



 ピクリとほんの僅かレイダークの眉が動いた。



 「ひぃひぃ言いながら山の中に逃げてさ。たしゅけてぇー、泥棒しゃーんってさ。地下の時も面白かったなぁ。泥棒くんが消えたあと、杖でボクに攻撃してきたんだ。魔法使えないのに魔法杖なんて持っててね」



 「魔法杖?」



 レイダークの声に明らかな怒気が孕んだ。



 「そう魔法杖。しかもすんごい古いの。普通あんな魔法杖恥ずかしくて使えないよ。壊したボクに感謝してほしいね。ま、そもそも魔法使えないのに魔法杖なんて持つなっての。笑えるよ。アッハッハッハ。」



 「……そのクソにも劣るテメェの思考がレプリルを追い詰めたのか」



 刹那、レイダークの身体が消える。



 「アハハハ――――ん?」



 そして、瞬きするよりも早くシュルークの目の前に現れた。



 「アイツの杖を壊したのかぁぁぁぁぁぁッ!」



 レイダークの拳がシュルークの顔面を思い切りぶん殴った。


 その際発生した衝撃が玉座の間のガラスを粉々にする。間近で大砲を撃たれたような爆音が鳴り響き、城を大きく揺らした。

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