16話 レプリル・セス・レシレイラの意地

「おいおい、誰の許可をとって外に出てんだよガキ」



 「お前みたいなガキんちょが監獄内を出歩けるワケねーだろが。あぁ?」



 いつからいたのか。いや、待ち構えていたのだろう。


 囚人服を着た屈強な男達が倒れたゲヴェイアを取り囲みニタニタ笑っている。絶対安全圏にいる者特有の、人外(カス)を見る目をゲヴェイアに向けていた。



 「く、くそ……」



 ゲヴェイアは囚人達の立っている隙間を這って抜け出ようとするが、囚人の一人に片手でつまみ上げられてしまう。



 「ちょろちょろ動くなガキがぁ!」



 そのまま膝を腹に叩き込まれる。



 「がふあっ!?」



 血の混じった唾が床に落ちた。弛緩してしまった身体から掠れた呼吸音が聞こえ、ダメージの重さが伝わってくる。幼女であるゲヴェイアが、自身より何倍も体格のある男から容赦のない一撃をくらったのだ。もう立ち上がる力は残っていないだろう。



 「ぐうう……」



 その証拠にゲヴェイアは倒れたまま呻くしかできない。



 「ゲヴェイア!」



 「おっとぉ」



 レプリルは思わず牢屋から出ようとするが、囚人の一人が制するように手を向けた。



 「勝手に寄ってくんなよ姫様(ガキ)。もし、牢屋から出たらコイツと同じ目にあうぜ。俺達は悪を許さない正義の使者なんだ。外じゃコイツがオレ達にやってたけどよぉ!」



 「あがあっ!」



 囚人は歓喜の表情でゲヴェイアを踏みつけた。先程、レプリルが看守にやられた事とそっくりだった。



 「コイツと同じ目に合わされたくなきゃそこで大人しくしてろ。ちょっとでも牢から出てみろ。その瞬間、お前は仲間入り(私刑)だ。うひゃっひゃっひゃ!」



 「あなた達……」



 それは忠告ではなく脅しだった。今楽しんでいる俺達を邪魔するなと、囚人達が勝手なルールをレプリルに押しつけている。ここではレシレイラ王国の姫という肩書きは何の役にも立たないと笑っていた。



 「どいてっ!」



 だが、レプリルは牢屋を飛び出した。囚人の脅しなど意に介さずゲヴェイアの元へ走る。



 「おいおい姫さんよぉ? 忠告したよなぁ?」



 「ゲヴェイア! しっかりして!」



 レプリルはゲヴェイアを抱え上げる。



 「ば、バカがッ! 何故私の所へ……」



 「こんなあなたを見てほっとけるワケないでしょう!」



 「私はお前を殺そうとしたんだぞ……もう忘れたのか……」



 ゲヴェイアはテラーズ山でレプリルに何の慈悲も見せなかった。命令のままにレプリルを殺害し自身の出世に繋げようと、それしか考えてなかった。レプリルなどどうなろうが構わなかった。



 「何故……私を……」



 なのに、今レプリルはゲヴェイアを抱き上げている。放っておけばいいのに、構う必要など何処にもないのに、囚人達より憎悪していい存在なのにレプリルはやってきた。



 「それはそれ。これはこれです」



 レプリルは愛も信頼も義理も義務も無い相手を庇っている。


 囚人達とは違う。レプリルはゲヴェイアという人間を見ていた。



 「私を殺そうとしたゲヴェイアは何をされてもいい、血塗れにされようと構わないなんて、そんな決まりはありません」



 「……くそ。レイダークの仲間のくせに……」



 ゲヴェイアを抱きかかえたからといって、レプリルに何かできるワケではない。薬などあるワケがないし、あったとしてもこの状況では手当できない。



 「私は仲間じゃありませんよ。レイダークさんを頼っただけの情けない姫です」



 「っ!? お、お前……」



 「このくらいさせてください」



 レプリルがゲヴェイアにできるのは、ただ抱きしめる事だけだった。傷だらけで血まで吐いたゲヴェイアを暖かく包むしかできない。


 ビクリとゲヴェイアの身体が反応するが、レプリルは構わず抱きしめ続ける。



 「どうせ死ぬなら、せめて誰かに優しくしたいです。例え、その相手が私の命を奪おうとした相手でも」



 「うう……ママ……ぐ……れ、レプリル姫……ううう……ううっ」



 感動しているのだろうか。ゲヴェイアから涙を耐えるような嗚咽が聞こえる。ゲヴェイアからもレプリルを抱きしめ、そのまま顔をレプリルの胸に埋めた。



 「ゲヴェイア……」



 思わずレプリルはゲヴェイアの頭を撫でた。状況と外見のせいだろう。胸に顔を埋めるゲヴェイアが見た目通りの幼女に見えてしまい、そうしたいと思ってしまったのだ。


 本来なら頭を撫でるなど侮辱でしかないが、ゲヴェイアはレプリルの行為を受け入れている。それは諦観なのか覚悟なのかわからないが、レプリルは純粋な慈悲をゲヴェイアに与えていた。



 「な~に、自分だけの世界を作ってんだぁ!」



 囚人がレプリルを思い切り蹴りつける。



 「うがうっ!」



 「言ったよなぁ? 牢屋からでたらソイツと同じ目にあうって! なら、同じ目に合いたいから出たって事だよなぁ!」



 囚人は何度も何度もレプリルの身体を蹴りつける。服は破れ、露出した皮膚が裂け、血が飛び散ってもやめようとしない。むしろ、レプリルの苦悶の表情と呻く声が囚人を興奮させ、蹴りつける足に力が入っていった。



 「がふっ! がっ! あぐっ!」



 だが、それでもレプリルはゲヴェイアを庇うのをやめなかった。ゲヴェイアを守るように身体を丸めて蹲り、その場から動こうとはしない。


 囚人は容赦なくレプリルを蹴り続ける。



 「うぐっ!」



 レプリルがゲヴェイアを離せば、僅かでも囚人の私刑は止まったかもしれない。ゲヴェイアを離したなら、それはレプリルが囚人に屈した事になるからだ。


 一度でも屈せば何もかも終わりだ。暴力という単純極まる力に逆らえず敗北を認め、耐えられなかった身体は次から簡単に屈してしまう。


 痛みに支配された身体は容易に暴力者へ従属する。即ち、それは精神の敗北だ。


 レプリルがゲヴェイアを離した時、痛みに負けたレプリルは囚人達の奴隷となるだろう。



 「がぐっ! ぎっ!」



 レプリルは決して屈しない。何度も何度も蹴りつけられようと、幾度と同じ箇所を傷つけられようと耐えていた。決して敗北宣言はしなかった。



 「も、もういい……もういいから私を離して……お願い……」



 ゲヴェイアはらしくない声でレプリルに懇願した。このままだとレプリルは殺される。それだけレプリルの惨状に耐えられないようだった。



 「だ、ダメです……あなたを離す事はできません……」



 レプリルは首を振った。



 「私はシュルークの悪事に気づけなかった。あなたに追われて逃げるしかできず、レイダークさんに頼ってばかりだった。レイシレイラの姫であるレプリル・セス・レシレイラの立場を放棄し、流れる状況に身を任せていた」



 レプリルの目から光りが失われていく。痛みと出血で気が遠くなり、目の前が次第に暗くなっていった。



 「だからこのくらいはしないと。レシレイラの民の一人を痛みから守るくらい、私はやらなければいけません」



 レプリルはゲヴェイアに笑顔(覚悟)を向けた。



 「そうしないと……私は自分を誇れない……」



 例え一時凌ぎでしかなくとも。この瞬間しか意味がなくとも、命に代えてゲヴェイアだけは守ってみせる。



 「私は王であるワルクト・バーティ・レシレイラの娘であり、前女王エクスティ・リン・レシレイラの孫なんです」



 それはレプリルの意地と義務だった。



 「バカっ……このバカ姫っ……」



 ゲヴェイアは観念するしかなかった。


 この姫の覚悟は変わらない。力無い幼女(ゲヴェイア)を守るためレプリルは死ぬと決めているのだから。



 「ヒャッハハハ! ここまでヤッても許しを請わない(心が折れない)とはな!」



 囚人は最期の一撃とばかりに足を振り上げた。レプリルにトドメを刺すべく豪快に蹴り飛ばすつもりだ。



 「こんな頑固な姫様(クソ)はもうお目にかかれねーなぁ!」



 レプリルは死を受け入れた。自分は死んでもゲヴェイアは死なないよう、抱え込む腕に力を入れた。懸命にゲヴェイアを守ろうとした。



 「死ねやぁッ!」



 死の一撃がくる。



 「……何だてめぇ?」



 だが、その一撃はいつまで経ってもやってこなかった。


 囚人の足(処刑)が誰かに踏まれたのだ(止められた)。

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