13話 大怪盗の敵

レイダークは弾け飛ぶように宝物庫から飛び出した。エクスティも慌てて後に続く。


 宝物庫前の広間に出たレイダークはエクスティを庇うように前で出た。



 「七十番(エイベルリグ)か。その神魔宝貴(ファウリス)は隠れる事に徹さなければあっさり見つかるぞ。宝物庫の扉が開いて欲が出たようだな」



 レイダークはまた壁に向かって短刀を投げつけるが、さっきと違って壁に突き刺さりはしなかった。


 壁から人型の影が現れ、その影が短刀を掴み投げ捨てたからだ。同時に刺さっていた五本の短刀も床に落ちる。カランと乾いた音が広間に響き渡り、それはレイダークとエクスティの前に敵が現れた合図となる。



 「さすがは大怪盗。そして、七十番(エイベルリグ)を即座に見抜くとはね。さすが神魔宝貴(ファウリス)の元持ち主だよ」



 現れた影はすぐに人間の姿になった。その姿はエクスティがゲヴェイアと同じくらいよく知る者の姿だった。



 「シュルーク!? 何故お前がこんな所に!?」



 「お久しぶりですね姫様。お変わりないようで悲しいですよ」



 ハァ、とシュルークはため息をつく。



 「そう、悲しい。いやね? わかってはいるんでよ。十年前のあなたの方が魅力的だって。何故なら今のあなたを見ても全く興奮しないから。気持ちがアガらないんですよ。ムホーっってならないんです。大きくなってほしくなかった。育ってほしくなかった」



 シュルークは悲痛な面持ちをエクスティに向け、手の甲で目元を拭った。何故か泣いていたようだ。



 「何を言っているんだアイツは?」



 「私もわかりませんけど、たぶんその……ええと……」



 「幼女のお前を想像して○○(○○○ー)してる変態か」



 「私の前であまりにもな直訳しないでくださいよ!」



 「何故?」



 「本気で首を傾げないでくださいッ!」



 もう何回目かわからない二人のやり取りが行われる。


 それを隙と見たのか、シュルークは床に落ちた短刀をレイダークへ投げつけた。



 「ふん」



 しかし、レイダークはその短刀をあっさりと指で挟み取る。



 「そんなヌルい短刀投げ(ダート)がオレに通じると思ったのか?」



 「別に思ってないよ? 当たればいいなーとは思ってたけどさ」



 シュルークは足下に転がっている短刀を無造作に横へ蹴り飛ばした。



 「一応言っておこうか。ボクは十五番(ストレイズ)がほしいんだ。そこどいてくれない?」



 「何故オレがお前の言う事を聞く必要がある?」



 「うんうん、いいね~。さすが怪盗。その上から目線最高だね」



 クックックとシュルークは笑った。



 「神魔宝貴(ファウリス)を欲しがらない人間はいないと思うよ? 大きな力が手に入るなら、それを自分のモノにしたいのが人間。ボクだよ」



 「カスのお前に忠告してやる。神魔宝貴(ファウリス)を手に入れるのはやめておけ。どんな呪いが降りかかるかわからんぞ」



 「呪い程度構わないよ。それ以上の力(メリツト)が神魔宝貴(ファウリス)にはある」



 「お前はもう神魔宝貴(ファウリス)を所持している。何らかの呪いにかかっているはずだ。自覚はあるのか?」



 「……さっきから色々言ってきてムカツクなぁ」



 シュルークの周囲から大量の影が人の姿をして現れた。会わせて二十体程度。その影全てがシュルークの姿になるが、本物と違って表情は無く身体は虚脱している。


 その刺客人形達の目がレイダークへ向けられた。



 「そんな君、殺しちゃう」



 刺客人形達は腕を剣に変化させると、一斉にレイダークへ向かってきた。四方から刺客人形達の切っ先が瞬時に迫ってくる。


 避ける暇はない。刺客人形達は完全にレイダークを捉えていた。



 「誰を相手にしてると思ってるんだ?」



 レイダークは向かって来た刺客人形の一体の手(剣)を片手で掴むと、そのまま勢いよく横薙ぎし、あっさりと他の刺客人形を払いのけた。


 人形達は壁に激突して床に落下すると、痙攣するように身体を震わせた。もうまともに動けないだろう。レイダークが掴んでいた人形に至っては手首が千切れるおまけつきだ。



 「こんな玩具でオレに勝てると思ったか? おめでたいヤツだな」



 圧倒的だった。レイダークにとって刺客人形達は何の脅威にもなっていなかった。



 「君凄いね。ボクの部下にならない?」



 それがわかっているのかわかっていないのか、シュルークは「ほぉ~」と感嘆の声を上げる。



 「ふん」



 レイダークは倒れている刺客人形を掴むと、無造作に地面へ叩き付けた。衝撃で刺客人形の身体が弾け飛び、バラバラになった部品が床を転がる。



 「断る。オレはお前を後悔させたくて仕方が無い」



 レイダークは腕だけになった刺客人形をグシャリと握り潰す。



 「はぁ~、とんでもない握力だ。それって神魔宝貴(ファウリス)によるものなのかな?」



 「答える必要はない」



 「怖いなぁ。昔話で出てくるレイダークとは大違いだ」



 「観念しろ。まだザコはいるんだろうが、あの程度では相手にならん。無論、そこのダンゴムシを狙おうと同じだ。人形がダンゴムシに近づく前に始末する」



 「え? あ、ありがとうございます……」



 エクスティは自分が襲われたら為す術がなかったが、レイダークはしっかりエクスティを守る気のようだった。



 「観念? ハハハ、ボクを始末できるとでもいうのかい?」



 不意を突こうとしたのだろう。エクスティの背後から影の手が現れた。新手の刺客人形だ。エクスティの首を掴もうと両手を伸ばしている。



 「できるが?」



 だが、それは失敗に終わった。刺客人形がエクスティを掴む寸前、レイダークが強く床を踏みつけ、潜んでいた影を引きづりだしたのだ。まるで湖に雷が落ちたようだった。攻撃(震脚)をくらった刺客人形が地面で跳ねる魚のように姿を現す。


 レイダークは呆れたようにその影に短刀を投げつけると、刺客人形は僅かな断末魔を上げて爆散した。



 「人形を影に潜らせる。九十番(シン)と八十八番(シンクレア)の併用か。あのカス、神魔宝貴(ファウリス)を一つや二つ程度所持しているんじゃなさそうだな」



 「な、なんなんですか九十番(シン)と八十八番(シンクレア)って? あと、ありがとうございます」



 危機から守ってくれたレイダークにエクスティはペコリと頭を下げる。



 「八十八番(シンクレア)は持ち主が望んだ姿の人形を作れる神魔宝貴(ファウリス)だ。カスの姿をした人形達がそうだな。九十番(シン)は影になり、床や地面に潜れる神魔宝貴(ファウリス)。普通は本人のみ有効だが、あのカスは人形達にも九十番(シン)を使える力量(レベル)があるようだ」



 いつの間にかシュルークの傍に刺客人形が何体も現れているが、ただ仕掛けるだけでは意味が無いと悟ったのだろう。こちらの様子を伺っている。



 「少なくとも二桁(シゼータ)の神魔宝貴(ファウリス)を三つ所持で、八十八番(シンクレア)に九十番(シン)の効果を重ねがけ。神魔宝貴(ファウリス)は所持数の多さや、使い込む事で持ち主への呪いを強めていく。これはもう、あのカスに呪いが発動してるのは間違いないな」



 「……もしかしてシュルークは神魔宝貴(ファウリス)の呪いのせいでこんな事をしているんですか?」



 「関係はしているな。だが、神魔宝貴(ファウリス)を所持した結果が何であれ、それによって生じた責任は全てカスが負わなければならない。期待も満足も納得も……後悔も絶望も。神魔宝貴(ファウリス)に酔ったのは間違い無くカスだからな」



 「後悔と絶望……ですか?」



 後悔と絶望。


 レイダークらしくない言葉だからだろう。その言葉がエクスティの耳に強く残った。



 「ふーむ。たしかに君を人形ちゃん達で君を倒すのは難しいようだ。でもね」



 シュルークの周囲からさらに影が現れ、刺客人形達の数が二十体に増える。先程と同じように腕を剣に変え、無表情な顔と虚脱した身体をレイダークへ向けた。



 「影を倒し続ける君と、影を増やし続けるボク。一見、ボクが不利に見えるけど、それがずっと続くならどうなるだろうね?」



 「ふん、オレの持久力(スタミナ)が尽きるまで八十八番(シンクレア)を差し向けるつもりか」



 レイダークに刺客人形達の攻撃は通じない。だが、それはレイダークが攻撃を防いでいるからだ。つまり刺客人形達の攻撃は通用する。大きな実力差はあれど、決してレイダークは無敵ではないのだ。


 そのため攻撃を阻止、または防御できなければ刺客人形の剣はレイダークに突き刺さる。一度そうなってしまえば、結果は火を見るより明らかだ。崩壊したダムのように、一瞬でレイダークは串刺しにされるだろう。シュルークの勝ちだ。



 「人形を力任せに払うなんて、全然怪盗らしくなくて身震いしたよ。でも、神魔宝貴(ファウリス)を使うボクと生身の君では、結局の所勝負にならないね」



 「……さっきから思ってるんだが」



 レイダークが無造作に腕を振り上げると、シュルークの周囲に暴風が巻き起こった。その暴風で召喚された刺客人形達は吹き飛んでしまう。


 レイダークが一瞬で距離を詰めてくる。



 「どうしてお前に攻撃できない前提になってるんだ?」



 その動きが見えた者は誰もいない。初めからそこにいたと言わんばかりで、シュルークの目の前にレイダークが立っていた。



 「オレは五千分の一の力も出せばお前を葬れるぞ」



 こんな距離まで近づかれては新たな刺客人形を召喚しても間に合わない。もちろん九十番(シン)で床に潜る時間もないし、七十番(エイベルリグ)を使って隠れる隙もない。


 シュルークの喉元にレイダークが引き抜いた短刀が添えられる。



 「楽しみは(ゲヴェイア)もう足りている。さて、お前はどうしてやろうか」



 逃走も抵抗も不可能。シュルークができるのはレイダークに命乞いするくらいだった。



 「獲物を前に舌なめずり、ね」



 なのに、シュルークから余裕は消えていない。その顔に敗北者の表情はなかった。



 「あー、なるほど。殺すとそれで終わりだもんね。死ぬより辛い何か(罪)を与えるのが君の趣味なのか」



 シュルークの手からカランと何かが落ちた。



 「次はもっと準備してから君と対峙するよ。じゃあね、泥棒さん」



 落ちたのは紫色をした小石程度の宝石だった。丸みを帯びたその宝石が床に落ち、レイダークへ転がっていく。



 「――九十二番(デクレクティ)!?」



 瞬間、宝石から地下を埋め尽くす程の眩い光が放たれた。思わずレイダークもエクスティも目を瞑ってしまう。



 「な、なんですかこの光ッ!?」



 目の前に太陽が現れたかのようだったが、すぐに収まった。その光はエクスティからしばらくの間視力を奪い、周囲を見渡せるようになるまで数秒の時間がかかった。



 「れ、レイダークさん!?」



 視力が戻ったエクスティはすぐに周囲を見渡した。何かマズい事態が起きたとしか思えなかったからだ。



 「……レイダークさん?」



 いくら探してもレイダークの姿がなかった。この場にはエクスティとシュルークの二人しかいない。



 「そ、そんな!?」



 これは間違い無く九十二番(デクレクティ)によるモノだ。だが、あの光がレイダークに何をしたのかわからない。生きているのか、死んでいるのか。様々な憶測がエクスティの脳内を過ぎるが、まだ事態は終わっていない。



 「ほ、宝物庫は!?」



 エクスティが振り返ると、宝物庫の扉は閉まろうとしていた。扉が完全に現れるまで五秒といった所だ。



 「ああっ!?」



 「よかったよかった。ギリギリだったね」



 だが、五秒もればシュルークには十分だった。刺客人形を作り、素早く宝物庫の中へ侵入させ十五番(ストレイズ)を奪って出てくるには十分過ぎる時間だった。



 「そ、そんな……」



 宝物庫の扉が静かに閉まりきる。何もかも遅かった終了の合図だった。



 「邪魔があったけどやっと手に入れた。長かったなぁ」



 シュルークは十五番(ストレイズ)を手首に通すとクルクルと回して弄ぶ。



 「ワルクト君は全然開けてくれないから困ったよ。君達に感謝だね」



 「……ワルクト?」



 シュルークは何故かエクスティの父親の名前を言った。



 「宝物庫の扉はボクじゃ開けられないからさ。君のお父さんに頼んだんだよ。でも、散々嫌がられてね。バルキザブ大監獄に連れてって、神魔宝貴(ファウリス)を使って頼んだんだ。あ、もちろん口は動くよ? 身体はそれなりに痛めつけちゃったけど」



 シュルークは世間話でもしているように続ける。



 「だからね。ボクの頼みを聞いてくれない嫌がらせをするワルクト君に、ボクも嫌がらせをする事にしたんだ。半年前くらいだったかな。八十八番(シンクレア)でワルクト君のそっくりさんを作ってさ。この国の王に成り代わってあげたんだ」



 「……何を……言ってるの?」



 半年前。それはエクスティが知る限り、レシレイラ王国がおかしくなった時だ。父親であるワルクトが王座についた時だった。



 「そこまでやったらさすがに言う事聞いてくれたんだけど、宝物庫の扉ってさ。ちゃんと開ける気がないとダメじゃない? 嫌々開けるってできないからさ。だからワルクト君ってば扉を開けられないの。心からボクに協力してくれてなかったんだよ。だからどうしようかなぁって思ってさ」



 シュルークは気怠そうにエクスティを指さした。



 「君を狙ったんだよレプリル姫。いや、親しみを込めてレプリルちゃんかな」



 エクスティ(レプリル)。


 シュルークはレシレイラ王国の王女であるレプリル・セス・レシレイラの名前を言った。



 「国だけじゃなく、娘のレプリル姫までどうにかなっちゃうなら、ちゃーんと協力(屈服)してくれると思ってさ。でも、口だけじゃ信用してくれなさそうじゃん? だからレプリルちゃんを目の前に連れてきてあげようと思ったの。でも、君ってばそうなる前に城からいなくなったしさぁ。ゲヴェイアちゃんからも逃げちゃうしさぁ。何でかわかんないけど、レイダークとかいうコソドロと一緒だしさぁ」



 シュルークはやれやれと肩を竦める。



 「……お前だったのね……この国をめちゃくちゃにしたヤツは」



 レプリルは全ての元凶であるシュルークに憎悪の目を向けた。


 それをシュルークは「怖い怖い」と言いながらニヤついた。レプリルから向けられる視線をバカにするように見ている。



 「レプリル姫ってレイダークと知り合いだったの? てか、どうやって会ったの? どうしてレイダークが協力してんの? これ一番の誤算だったんだよ? レイダークが生きてるなんて知らなかったし、八十八番(シンクレア)をレイダークは知っているから、ゲヴェイアが幼女になったあの日、慌ててワルクト王(偽物)を隠さなきゃならなかったし」



 「………………」



 答える必要はないとばかりに、レプリルは口を噤む。



 「もしかしてエクスティお婆ちゃんに何かあるのかな? レプリル姫ってお婆ちゃん子だったでしょ?」



 シュルークがレプリルのそばにやってくる。隙だらけで歩いてくる姿は、レプリルごときにはやられるなんて微塵も思っていない。絶対の自信と余裕に溢れていた。



 「くっ!」



 レプリルは持っていた魔法杖をシュルークに向かって突き刺す。



 「おっと、魔法杖の使い方もしらないお姫様だったか」



 不意打ちだったが、シュルークは難なく身を躱し、すぐにレプリルの魔法杖を掴む。刃部分を掴んでるはずだが、その手からは全く血が流れなかった。傷すらついていない。



 「うう……ぐうう……」



 「レイダーク君程じゃないけど、ボクもそれなりでしょ?」



 レプリルは魔法杖をシュルークの手から引き抜こうとするが全く動かない。まるで大木を引き抜こうとしているかのようで微動だにしなかった。


 シュルークは涼しい顔をして、懸命に力を入れているレプリルを見てニヤニヤと笑う。



 「しかしいけないなぁ。こんな物騒な持ってるなんて」



 瞬間、バキリと気味の悪い音が聞こえた。


 レプリルの魔法杖が折れたのだ。



 「そんなレプリル姫は特別リゾートにご案内だ」



 「あうっ!?」



 シュルークは乱暴にレプリルの頭を掴み上げ、下卑た笑みでレプリルの顔を覗き込む。


 それは弱者を追い詰め、快感を覚える強者の顔(カス)だった。



 「バルキザブ大監獄に行ってらっしゃ~い」



 逃げ場はない。魔法杖は折られた。レイダークもいない。


 選択権も選択肢も無いレプリルはシュルークの言われるままにしかできなかった。

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