14話 エクスティとレプリル
「エクスティ婆様、今日もお仕事ご苦労様」
「あらレプリル? いつもすまないね。こんな年寄りに付き合ってもらってて」
「もー、そんな事言わないでよ。私、婆様と一緒にいるだけで楽しいんだから」
「フフフ、ありがとう」
夕方前。それは女王であるエクスティ・リン・レシレイラが一日の仕事を終える時間だ。そして、レシレイラの女王からレプリルの祖母になる時間でもある。
レプリルは小さい頃からこの時間が大好きで、夕方前になるといつもエクスティのいる寝室にやって来ていた。それは十六歳になった今も変わっていない。変わったのは成長したレプリルの外見と、芳しくない状態が続いているエクスティの身体だけで、この二人の日常は今も続いている。
「そうね……今日はいつもと少し違う話をしましょうか」
ベットから上半身を起こしているエクスティだが、最近はずっとこの状態で寝室にいる事が多い。年老いて身体が弱くなったエクスティは玉座までの移動が負担となっており、寝室から動くのが難しくなっているのだ。国の大きな行事や、どうしても出席する必要がある政でなければ常にベットにいる。
「ラデーズ山には神魔宝貴(ファウリス)という不思議な道具を扱う大怪盗が住んでいる」
エクスティは懐かしさを感じているような笑みで話しを続ける。
「もし、レプリルがどうしようもなく困ったことがあったらラデーズ山に行きなさい。きっとレイダークが助けてくれるから」
「レイダークって、婆様がよく話してくれた怪盗の? 昔話のヤツ?」
「怪盗じゃないわ。大怪盗よ」
エクスティは「怒られるわよ」と、可愛らしく人差し指を振る。
「レイダーク……いやレイダークさんは本当にいるの。今も何処かにね」
にわかに信じられない話だった。レプリルにとってレイダークとは創作にしか存在しない人物だ。有名な昔話のキャラで、子供の頃はよくエクスティが聞かせてくれた。
レプリルはエクスティが話すレイダークが大好きだった。まるでエクスティが体験したかのようなリアリティに溢れており、小さかったレプリルをいつもワクワクさせていた。
「本当にいる? レイダークが?」
「そうよ。私は若いときにレイダークさんと一緒に冒険した事があるの」
エクスティは信じられない事を言った。
「レプリルと同じくらいの年齢の時だったわ。あの頃の私はもの凄いお転婆でね。お城の生活に我慢できなくなったの。家出ならぬ城出ね。後先何も考えず、自分が一国の姫なんて自覚もなく飛び出して行ったわ」
「婆様すごい! そんな事あったんだ!」
レプリルはエクスティの話を疑っていない。これはレプリルとエクスティの間にある絆だった。長い時間で築かれたレプリルとエクスティの信頼関係は強固であり、両者の間で突飛な話が出てもバカにしない。
エクスティがレイダークと一緒に冒険した。
なら、それは真実なのだ。
「今でもはっきり覚えてる。書き置きを残して、そこの窓から出たら、屋根の上で傷だらけになったレイダークさんが倒れ込んでいてね。どうにかこの部屋に入れて介抱したの。それが始まりだった」
なかなか衝撃的な出会いだ。エクスティがレイダークを見つけて混乱している様子が容易に想像できてしまう。
「なんでレイダークは傷だらけで倒れてたの?」
「あの頃のレイダークさんは全ての神魔宝貴(ファウリス)を盗み終わって、長い時間を生き続けててね。死にたいと思って、意味も無く城に侵入したみたい。殺されたかったのよ。でも、レイダークさんは不老不死だから死ねなくてね。傷だらけにはなっても、死ぬ事はできず絶望してて……私はそんなレイダークさんと会ったの」
神魔宝貴(ファウリス)の呪い。レイダークはその呪いによって不老不死になってしまったとエクスティは言った。
「神魔宝貴(ファウリス)の呪いは持ち主の願い(思い)が歪んだモノ。レイダークさんは全ての神魔宝貴(ファウリス)を手に入れる時間が欲しいと思っていた。それが黒く叶ってしまったのね」
悠久の時間が手に入り、レイダークはそれを喜んだが、その時間は目的を達成してしまった瞬間、耐えられぬ絶望に変わる。
全ての神魔宝貴(ファウリス)を手に入れ、生きる意味の消えたレイダークが求めるのは自身の死だった。だが、それは呪いのせいで永遠にやってこない。
不老不死という永遠なる生命の牢獄は、レイダークにとって精神だけを摩耗させる果てしない拷問になってしまったのだ。
「私はそんなレイダークさんを見捨てられなくてね。城を出たいだけでやりたい事もなかったから、レイダークさんを連れて旅に出たの。「死ねなくて暇なら付き合ってください」って。一緒にのんびりした日を過ごしてばかりの旅だったけど……フフフ、とても楽しかったわ」
レプリルには知る由もないが、それは本当に楽しい時間だったのだろう。語るエクスティの表情に懐かしさと微笑みはあれど、寂しさや悲しさといったモノはない。レプリルでなくとも、エクスティがレイダークと過ごす日々は幸せだったとわかるだろう。
「そんな日が続いたある時、私は大量の神魔宝貴(ファウリス)を見て思ったの。神魔宝貴(ファウリス)を所持して呪われるなら、それを返却すれば呪いがなくなるかもって。譲渡したり、奪われたり、捨てたりじゃダメだからね。それぞれの神魔宝貴(ファウリス)を戻す方法をちゃんと調べて、正確にきっちり間違い無い場所に返却すればいいんじゃないかなって思ったの」
エクスティはレプリルにこぼれるような笑みを向ける。
「神魔宝貴(ファウリス)を返却しても呪いが解けるとは限らない。でも、やらない意味はない。フフフ、おかしいわよね。最初に思いついてそうなのに、レイダークさんは考えた事もなかったって。おっちょこちょいなのよ。普段は偉そうで、上から目線で、この世の全てを下に見てて、無敵ぶって、自分に隙は無いって感じの人なのに。フフフ、抜けた所があるの」
「……ねぇ、もしかして婆様って」
「ええ、レイダークさんが好きよ。大好きだった」
何の迷いもなくエクスティは断言した。即答だった。
「好きだからなんでもない毎日が楽しかった。レイダークさんと過ごした日は今でも鮮明に思い出せる。好きな人と過ごしたんだもの。忘れたくても忘れられないわよね」
「死んだ爺様が聞いたら嫉妬しそうだね。今でも忘れないんかーとか言ってそう」
「お婆ちゃんの初恋だもの。初恋はそういうモノだって理解してもらわなきゃ」
エクスティはウンウンと強く頷く。
「神魔宝貴(ファウリス)を返却するって決めた後、私はお城に戻る事にした。だから、私はレイダークさんが全ての神魔宝貴(ファウリス)を返却できたか知らないの。二つの神魔宝貴(ファウリス)を返却したのに付き合ったのが最後。ちなみにその一つが十五番(ストレイズ)。この城にある神魔宝貴(ファウリス)よ」
「こう言うのも変だけど、なんでお婆ちゃんはお城に戻ってきたの?」
「若気の至りってヤツでやっちゃった城出だからね。時間が経てば、だんだん自分の立場とか色々と理解できるようになるの。どんなにお転婆だろうと、城出を何十日も続けようと、好きな人と暮らしていようと、自分はお姫様だってね。だからいい加減お城に戻らなきゃって思った。王族である自覚が出てきたのよ。それだけよ」
「フラれたんでしょ?」
「うっ……」
レプリルにズバリ言われてエクスティは顔を窓の方へ反らす。
「よ、よくわかったわね……」
「もちろんそれ以外も戻った理由だろうけど、恋が実らないって方が自然かなって。なんとなくだけど、婆様がレイダークさんと添い遂げたらお城に戻って来そうにないし」
「し、失礼ね。うまくいったらレイダークさんとお城に戻ってきたわよ。これが私の愛してる人だって。城のみんなを説得するのはもの凄く難しそうだけど」
これ以上突っ込まれるとマズいと思ったのか、エクスティはゴホンとワザとらしい咳をした。
「……レイダークさんは不老不死だからね」
エクスティは顔を見られないようにするためか、窓に視線を向けた。
「お前は幸せになる道を選ぶべきだって……言われちゃった」
レプリルにレイダークの本心はわからない。だが、無限の時間を持つレイダークと、やがて歳を取って死んでいくエクスティが一緒になれば、そこに深い闇が落ちるのは明白だった。
「だからなのかな。バルキザブ大監獄に二つ目の神魔宝貴(ファウリス)を返却した時、レイダークさんが私に言ったのよ。「最後だからな。一回くらいは、この大怪盗がお前のために動いてやる」って。レイダークさんなりの餞別ね。言い方がレイダークさんらしいって思ったわ」
「あははは」
「でも、私にとって叶えて欲しい願いはレイダークさんと一緒になる事。それは叶わないから……こうお願いしたの」
どこにいるかわからないレイダークを思っているのだろう。エクスティは窓の外に視線を向けた。
「私が死んだ後……もし、まだレイダークさんが生きているなら遊びに来て欲しいって。レイダークさんの話は子供達にも、その子供にもそのまた子供にも、ずっとずっと伝えておくから、いつでも遊びにきてくださいって言ったの」
「……そうなんだ」
それはエクスティなりの心配だったのだろう。死ねない自身に絶望しないよう、レイダークに小さくとも続いて行く目的(希望)を与えたのだ。
神魔宝貴(ファウリス)を返却し終わった時、そこに私(エクスティ)はいない。
レイダークが独りぼっちにならないよう、エクスティは約束したのだ。
「そしたらね。レイダークさんが言ってくれたのよ。「お前の子孫に困った事があったらテラーズ山に行かせてエクスティと名乗らせろ。それが合い言葉になる」ってね」
エクスティはレプリルの手を優しく握る。
「だから困った時があったらレイダークさんを頼りなさい。きっとレプリルを助けてくれるから」
「うん、わかった」
レプリルは頷いた。
「レイダークさんって全然素直じゃない人だから、嫌いにならないでね」
「エクスティ婆様が好きになった人だもん。嫌いになんてならないよ」
「フフフ、ありがとうねレプリル……」
この数日後、エクスティの容態が悪化した。
もともと芳しくなった身体が一気に死へ向かったのだ。それが寿命であるのは自身も周囲も理解しており、慌てふためく者は誰もいなかった。
最期の時を寝室で迎え、エクスティは涙を流しながら――――笑顔で窓の外を見ていた。
その笑顔と涙を今もレプリルは覚えている。
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