15話 バルギザブ大監獄

レプリルが連れて来られらのは、レシレイラ王国の犯罪者達が棲まうバルキザブ大監獄だった。今も昔も囚人達の墓場であり、レシレイラ王国の掃き溜めとも呼ばれている。



 「ここがバルキザブ大監獄……」



 シュルークにより重犯罪者の烙印を押されたレプリルは、この牢獄に為す術無く放り込まれた。長い廊下をレプリルの六倍はありそうな巨躯の看守に引きずられるように歩き、牢屋の前へやってくる。



 「ほら入れぇ!」



 「あうっ!」



 背中を力任せに蹴り飛ばされ、レプリルは牢屋の床につんのめった。顔面をぶつけ、呻きながらもどうにか起き上がろうとする。


 その時、背中に激痛が走った。



 「げうっ!?」



 看守に背中を踏みつけられたのだ。背骨を折られたと錯覚するような痛みに嘔吐しそうになるが、レプリルはなんとか我慢する。



 「な、何を……がっ!?」



 「お城の姫様がこんな所に来るとはなぁ? げへげへげへげへ、一体何やっちまんだよ姫様さぁ? 俺に教えてくれよぉ! ほらぁ早くぅ!」



 「げふっ! がっ! ぐふっ!」



 何度も踏みつけられ、レプリルは歯を食いしばって耐え続ける。


 看守は抜け歯だらけの口でブツブツと呟いているが、何と言ってるかわからない。恨み言なのはなんとなくわかるが、踏み続けられているレプリルにその内容まで気にする余裕はなかった。



 「これでわかってくれたかぁ? ここじゃ外の常識は通用しねぇんだぁ。あんたが外でどんなに偉かろうとぉ。ここじゃクソカスにも劣る存在だぁ」



 一頻り蹴りたくって気が済んだのか、看守はノソノソと牢屋の外に出る。汚い床に倒れているレプリルを見た時の満足そうな笑みは「またこなきゃ」と言っているようだった



 「このバルキザブ大監獄はさぁ。王族や秩序警(イールミリ)を怨んでるヤツばかりだぜぇ? 最近、シュルーク様が管理するようになってなぁ。シュルーク様のおかげで楽しい牢獄に変わったぁ。囚人も看守もみんな好き勝手(残酷)さぁ。秩序なんてモノはここにねぇの。だから王族や秩序警(イールミリ)みたいなヘドが出るヤツ見かけたら、反射でヤッちまっていいんだよぉ。げひゃひゃひゃひゃ」



 看守が牢を閉める。その重い音はレプリルの傷を悪化させるように響いた。



 「あー、鍵はかけねぇからぁ。俺って自由を愛する戦士だからよぉ。お前さんを縛ったりはしねぇんだぁ。まー、他の牢屋も全部開いてるからなぁ。お前(王族)がどうなるかわかんね~けどぉ? しかも若い女だぁ。うひゃひゃひゃひゃ~」



 下品な笑い声を上げながら看守は去って行く。手すりを警棒でカンカンと叩き、その音はまるで猛獣達に餌を投げ込んだ合図を送っているようだった。



 「ううう……」



 よろめきながらレプリルは立ち上がる。



 「マズい……こんな所にいたら、きっと私は三日も生きられない」



 看守の言った事が本当なら、レプリルはここで過ごすなどできないだろう。王族で姫という立場のレプリルは、他の囚人達から見れば絶好の私刑対象だ。レプリルに何をしようと、それが正義とばかりに全ての行動は容認されるだろう。殺害まではしないと思うが、そんなのはどうとでも偽装できる。看守からしてアレなのだ。



 「でも、どうしたら……えっ?」



 レプリルが背後を振り返る。人の気配を感じたのだ。



 「まさか同じ牢とはな。どうやら、私達は一纏めにされたようだ……ぐッ!」



 「ゲヴェイア!?」



 同じ牢屋にいたのはゲヴェイアだった。レプリルと同じような目にあったのだろう。身体中に無数の傷があり、苦しそうな表情で肩口を押さえている。衣服もボロボロで、とても見られたモノではない姿だ。思わずゲヴェイアから目を逸らしそうになってしまう。



 「囚人達め……好き勝手になぶりやがって……」



 「あなたも捕らえられたとは思いませんでした」



 ゲヴェイアはレプリルの前まで来ると、向かい合うように腰を下ろす。



 「偽者のワルクト王を見つけたのが運のツキだった。不意打ちされ、気がついたらここにいた。くそっ、誰が私をこんな目にッ!」



 「シュルークの事を知らないんですか?」



 「何? どういう事だ?」



 「……そうですね。隠してもしょうがないですし」



 ゲヴェイアにシュルークやそれに纏わる事を黙っている理由はない


 レプリルはこれまでの事をゲヴェイアに話した。



 「くそっ! シュルークのヤツがッ! ヤツにいいように私はッ! ああああッ!」



 レプリルから話を聞いたゲヴェイアは何度も拳を床に打ちつけた。余程屈辱なのだろう。拳から血が出ても床を殴り続けていた。



 「何故シュルークは私やあなたを生かしているのでしょうか? ヤツにとって私達は価値のない存在なのに」



 「ふん、そんなのヤツの戯れに決まっている。姫のお前と秩序警(イールミリ)の私は囚人達の慰みにピッタリだからな。すぐに殺すよりここへ送った方が面白いと思ったんだろう」



 それに、とゲヴェイアは付け加える。



 「成り上がる以前のヤツは貧民だった。なら、その原因(地位)にやり返したくて仕方ないだろう。所謂、上級民に分類されるヤツが痛い目にあっていればそれだけでスカッとするのさ」



 「私達が生きているのはシュルークの戯れですか……」



 「ヤツは実質この国の王で、神魔宝貴(ファウリス)まで持っている。なら、このくらいやる。戯れなんてのは、全て自分の思うがままだと自覚してる(調子にのつている)ヤツがやるんだからな」



 それがシュルークの本心なのかはわからないが、レプリルにゲヴェイアの言っている事は理解できた。


 人は理不尽を感じた時、それが解りやすいモノと判断できなければ、大雑把な主観で復讐対象を定める。見かけた者を似たような立場(上級民)だと分類すれば、全く関係ない者でも簡単に憎悪を抱くのだ。思考停止した頭は嘆き喚く相手を見て歓喜するだけで、そこに意味はない。自分勝手な正義に酔いしれ、またそれを繰り返す。


 シュルークにとって、その復讐対象が自分達だとゲヴェイアは言った。



 「だが、私はヤツの慰みになるつもりはない」



 ゲヴェイアは立ち上がり、牢の出入り口に手をかけた。



 「え? 何処に行く気ですか?」



 「私がここにいる事に部下(ルフロウ)は納得していないはずだ。かといって、私をここから連れ出すのは難しいだろう。なら、まずは行動する」



 「ちょ、ちょっと待ってください! 囚人達も看守も私達を敵視しているんですよ!」



 「このままここにいたらジリ貧だ。なら、私はそれ以外の行動にかける――うっ!」



 突然、ゲヴェイアがその場に蹲った。汗を流し、吐く息を荒くしている。



 「ぬぐ……うう……ま、ママ……ママ……」



 「ど、どうしたんですか?」



 何かこの場にそぐわない単語が聞こえた気がするが、とりあえず無視してレプリルはゲヴェイアに駆け寄った。



 「傷が開いたんじゃ――あなたも酷い仕打ちを受けたんでしょう?」



 「うう……」



 不意にゲヴェイアの目がレプリルに向いた。その目はなんというかウルウルしており、迷子の子供が知らない大人を頼るような寂しさを湛えている。



 「マ、ママ……ママぁ~」



 「え? え?」



 ゲヴェイアはレプリルの両肩を掴み、今にも寄りかかりそうな態勢になっている。胸の正面にゲヴェイアの顔があり、マジマジとレプリルの膨らんだ胸部を見つめていた。



 「ふ、ふええ……ふえ……うううううおおおおおおおおおおおおおッ!」



 ゲヴェイアの喉から可愛らしくも乾いた声が漏れたが、即座にその声はかき消される。



 「こ、こんな小娘に晒してたまるかぁぁぁぁ!」



 ゲヴェイアは牢の壁に額を打ち付ける。先程の拳と一緒で、血が流れようと何度も何度も額を打ち付けていた。



 「ちょ、ちょっとゲヴェイア?」



 「近づくなッ! お前は牢屋でガタガタ震えていろッ!」



 ゲヴェイアは吐き捨てるように言うと、勢いよく牢屋の扉を開けた。



 外に出て周囲を見回し監獄内を確認して――その時だった。



 「がっ!?」



 ゲヴェイアの身体が宙を舞った。蹴り飛ばされたのだ。

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