12話 不自然な大怪盗

「この程度でオレを捕まえようとは。秩序警(イールミリ)は相手の実力がわからん馬鹿共しかいないようだな」



 レイダークは城の最上の屋根部分から秩序警(イールミリ)を見下ろしていた。秩序警(イールミリ)達の混乱がモロ見えであり、悲鳴まで聞こえてくる。善戦している秩序警(イールミリ)もいるが、半分以上はレイダーク達に太刀打ちできていない。


 そんな様子が広がる眼下を見て、レイダークは額に手を当てて笑った。



 「フハハハハハハ! ザコがッ! どの時代になっても、オレの障害になれる者はいないようだな!」



 「れ、レイダークさーん。笑う前に私を助けてくれると嬉しいんですが……」



 高笑いするレイダークの横で、城の屋根に頭から突っ込んだ状態のまま動けないエクスティが申し訳なさそうに手を上げた。



 「なんだ? 五百四十一番(エルドクライツ)が連れてきた場所に文句があるのか?」



 「早く自由にしてくださいッ! 私、ここに墜落してからずっとこのままなんですッ!」



 「墜落? どうみても美しい着地だが?」



 「頭から屋根に突き刺さってるのを着地とは言いませんッ!」



 「何故?」



 「本気で首を傾げないでくださいッ!」



 エクスティがギャーギャーと抗議する。ゲヴェイアはうんざりした顔をしながら指を鳴らすと、エクスティから五百四十一番(エルドクライツ)が消えた。



 「はー、窮屈でした……」



 「顔が赤いぞ。この変態が」



 「ずっと五百四十一番(エルドクライツ)に閉じ込められて暑かったんですッ!」



 動けるようになったエクスティはすぐそばの窓に手を伸ばすと、そのまま難なく鍵を開けた。



 「……鍵がかかってないのか?」



 「もう私しか知らないんですけど、ここの窓って外から開けられるんです。レシレイラ城は古い建物ですからね」



 「……ふん、そうか」



 エクスティは部屋の中へストン足を踏み入れる。レイダークも続けて入っていく。



 「私の部屋です。この窓から城を抜け出してレイダークさんの所に向かったんですよ」



 「なかなか無茶するヤツだな」



 「無茶しないと城から抜け出せませんからね」



 「ふっ、そうだな」



 エクスティは手で衣服をパタパタと叩くと、久々に帰ってきた自室を眺めた。


 ベットと化粧台があるくらいで、特に目を引くモノがない質素な部屋だ。飾り気が少なく、部屋はあまり広くない。平民の部屋と言われても信じてしまいそうな部屋だった。



 「この部屋、以前侵入した時と変わってないな」



 「あ、そうか。レイダークさんってずっと前にここへ来た(侵入した)んですよね」



 「二回な」



 レイダークはあっさりエクスティの部屋のドアを開けると、すぐに廊下へ飛び出した。後ろからエクスティも慌ててついて行く。



 「れ、レイダークさん? 全然用心してないですけど、大丈夫なんですか?」



 「宝物庫は地下だ。こんな上階を警戒してどうする」



 「そうですけど、万が一があるかもですし……」



 「お前はオレが秩序警(バカ)に見つかると思っているのか?」



 「すみませんでしたーーーーーーーー!」



 城の廊下に人の姿はない。二人はどんどん進んでいく。レイダークの言う通り、警戒は階下に集中しているようだ。


 城に住んでいる者達にも出会わないが、きっと出払っているのだろう。城の警備は全て秩序警(イールミリ)が一任している。レイダークの予告日である今日の夜に限ってなら、城内に秩序警(イールミリ)しかいないのは考えられる事だった。



 「あの、秩序警(イールミリ)は誰を相手にしているんですか? さっき窓からチラッと下の方を見たら、レイダークさんがいっぱいいたんですけど」



 「七百番(リールズビー)を使った。使用者の分身を大量に作れる神魔宝貴(ファウリス)だ。その分身に秩序警(イールミリ)を混乱させろと命令している。ちなみにコレも使い捨てだ」



 「あー、だからバカにしてるような行動が多いんですねー」



 混乱というか、からかっているようにしか見えない辺り、さすがレイダークの分身だとエクスティは納得した。



 「思ったんですけど、ひょっとして三桁番号の神魔宝貴(ファウリス)って全部使い捨てなんですか?」



 「ほう、ダンゴムシにも回る頭があるようだな」



 レイダークは心底意外と思ったような顔をエクスティに向ける。



 「お前の言う通りは三桁(レーゼン)は使い捨てで、正確にいうなら神魔宝貴(ファウリス)じゃない。本当に神魔宝貴(ファウリス)と言われるのは二桁(シゼータ)と一桁(バース)で、三桁(レーゼン)はそれらを参考にしてオレが作った怪盗道具だ。使い捨てなのが大半だが、そこは何度も使える二桁(シゼータ)と一桁(バース)がおかしいんだ。普通、道具(力)というのは使えばなくなるのが当たり前だからな」



 「じ、自分で作ったんですか!? 神魔宝貴(ファウリス)を!?」



 「オレは大怪盗だぞ? 怪盗道具くらい所持して当然だ」



 「凄いですレイダークさん!」



 髪をかき上げながら自慢してくるレイダークに、エクスティはパチパチと拍手する。



 「やっとわかりましたよ。レイダークさんが姿を消したりできるのは怪盗道具を使っているからなんですね」



 「何を言っている? 姿を消すのに三桁(レーゼン)が必要なワケないだろうが」



 「ですよねー。その場から突然姿を消すのに三桁(レーゼン)を使うワケないですよねー。そのくらい大怪盗ならできて当然ですよねー」



 エクスティは無理矢理納得するべく何度も頷いた。



 「……あの、ちょっと思ったんですけど」



 「なんだ?」



 階下に向かいながらレイダークはエクスティに返事をする。



 「レイダークさんって三桁(レーゼン)っていう凄い怪盗道具を持ってるじゃないですか」



 「ああ」



 「神魔宝貴(ファウリス)は……持ってないんですか?」



 純粋なエクスティの疑問だった。レイダークはこの世界にある全ての神魔宝貴(ファウリス)を盗んでいるし、レイダーク本人も手に入れたと言っていた。なら、持っている神魔宝貴(ファウリス)を使えばいいと思ったのだ。


 神魔宝貴(ファウリス)を参考にして作った三(レーゼン)二百十番(ダルパイパー)、五百一番(アンチェルトガン)、五百四十一番(エルドクライツ)、七百番(リールズビー)、九百十一番(ベルガル)という怪盗道具(レーゼン)ですら、にわかには信じられない力を持っているのだ。それを超える力を持つ神魔宝貴(ファウリス)を使えばもっと簡単に盗みが行えるはずだ。


 なのにレイダークは神魔宝貴(ファウリス)を使わない。


 何故なのか。



 「ひょっとして……」



 エクスティには確信があった。そうでなければ理由にならないからだ。



 「神魔宝貴(ファウリス)を持ってないんですか?」



 レイダークは全ての神魔宝貴(ファウリス)を返却している。


 もし、レイダークが神魔宝貴(ファウリス)を持っているなら使わないのはおかしかった。



 「たしかに神魔宝貴(ファウリス)を使えばもっと簡単に盗みが出来る。十一番(リティルク)を使えば思い描いた場所に移動可能で、五番(ジヨウディ)を使えば望む物を目の前に転送できるし、三番(クレーメル)を使えば時を巻き戻すなんて芸当もできる。お前の言う通りだ。神魔宝貴(ファウリス)を使った方が遙かに効率がいい」



 一階に辿り着く。ここに来ると、先頭を走るレイダークが用心深くなった。分身達が陽動しているとはいえ、一階から宝物庫までの道に誰もいないとは限らないからだ。


 二人は慎重に宝物庫へと向かう。



 「だが、何故その理由をお前に言わなければならない?」



 「ですよねー」



 予想通りの答えにエクスティは真顔で返事をした。



 「この先だ」



 地下へ降りていくと、階段の途中に鍵のかかった扉があったが、レイダークはあっさりとこじ開ける。まるで鍵なんてかかってないかのようだ。


 さらに二人は地下へと進んでいく。



 「……私、初めてここに来ました。お城の地下にこんな寂しい場所があったんですね」



 降りた階段の先、そこには大きな広間があった。陰鬱な空間が広がり、湿った空気が充満している。虫の一匹もおらず、別世界と思えるような場所だ。



 「十五番(ストレイズ)を封印しているんだ。なら、こんな地下室になるのは不思議じゃない。ヘタにやって来たら処罰されるんだからな」



 もちろんそれには王族も含まれる。国の封印物へ許可無く近づく者に例外は許されないからだ。手に入れた個人が大きな力を手にするなんてのはその典型だ。封印されているモノにはそれだけの理由がある。 


 本来なら危険物に等しい十五番(ストレイズ)は破壊すべきだろう。だが、それができないのが人間という生き物だ。


 人間は諸刃の剣を捨てらない。どんな危険を秘めていても、それが力であるなら捨てられず残してしまう。国なんていう多数の意識が混在する所ならそれは尚更だった。



 「あそこに手を当てろ。そうすれば宝物庫に入れるようになる」



 レイダークが顎で指した広間の中央、そこに綺麗な四角い形をした建造物があった。


 宝物庫だ。この中に十五番(ストレイズ)が封印されている。



 「あのー」



 エクスティは宝物庫の前までくると、横にいるレイダークを申し訳なさそうな顔で見つめた。



 「すいませんレイダークさん。とても恐縮なのですが……」



 「なんだ?」



 レイダークの顔には思い切り「さっさとやれ」と書かれている。



 「ここまで来てなんなんですけど、十五番(ストレイズ)はレシレイラ王国の封印物なんです。なので、ここから盗んでいくというのはちょっと……それに私この国の姫ですし……」



 自国の姫が十五番(ストレイズ)を盗むというのは、さすがに気が引けるのだろう。助けてくれているレイダークに色々と配慮した結果か、この土壇場になってエクスティは意見した。



 「心配するな。別にオレのモノにしようと思っていない。一日程度ここから持ち去って、ゲヴェイアを完全に失脚させるだけだ。その後すぐに戻す」



 「え? 盗まないんですか?」



 意表を突かれた答えに、エクスティは思わず間抜けな声が漏れた。



 「ここへ来たのはゲヴェイアにトドメを刺(出世不可能に)してやるのと、オレに釣られたバカがやって来るかたしかめるためだ。十五番(ストレイズ)が欲しいワケじゃない」



 「バカ?」



 レイダークは「いいから開けろ」とエクスティをせっついた。ここへやってきた目的がわからなくなったエクスティだったが、レイダークの圧に押されて宝物庫の扉に手を当てる。


 すると、宝物庫の扉がだんだんと透けていき扉が消えていった。その様子にエクスティは目をパチパチさせる。



 「宝物庫ってこうやって開けるんだ……」



 「レシレイラの血筋で、なおかつその人物の「開けたい」という意志が必要だ。そのおかげで脅迫や偽物や死体といった手段で扉は開けられない。強固な防犯(セキユリティ)だよ。閉めるのは二分経たなきゃならん自動式(ザル)だがな」



 「レイダークさんでも入れないんですか?」



 「そうでなければダンゴムシに頼むワケがない」



 「じゃあ、ずっと昔にレイダークさんが十五番(ストレイズ)を盗んだ時ってどうやったんですか?」



 「オレが初めてこの城に来た時は盗むのに何の問題もなかった。この面倒くさい宝物庫ができたのは数十年前だからな」



 「あ、なるほど。そういう事ですか」



 中に入ると、そこは真っ白なだけな空間が広がっていた。その中で、ただ部屋の中央だけが突起しており、そこに怪盗でなくても盗みたくなる煌びやかな王冠が置かれている。


 間違い無い。これが十五番(ストレイズ)だ。



 「盗まれてはいないか。だが――」



 瞬間、レイダークは背後を振り返り、胸ポケットから短刀を引き抜くと、遠くの壁に五連続投げつけた。短刀は全て密集して刺さっている。狂いは無い。もし人間に向かって放たれていたら全発心臓に命中していた。



 「い、いきなりどうしたんですか!?」



 「バカが来た。いや、既に来ていたようだな」

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