11話 大怪盗の本職と

「絶対に逃がさんぞレイダーク……今日が貴様の最後だ……!」



 ゲヴェイアの手配は万全だった。今のレシレイラ城は警備の為、相当数の秩序警(イールミリ)を動員している。


 バルキザブ大監獄からも応援を頼む徹底っぷりで、城外も城内も秩序警(イールミリ)だらけだ。担当箇所が細かく区分けされており、駆けつけるまで五秒もかからない。レイダークが変装して侵入する可能性もある為、区画それぞれの合い言葉も決めている。最奥の間は王族しか開けられないので、中の警備はできないが、それ以外に関しては全く隙の無い配置が完了していた。


 もちろん、これら全てレシレイラ国王であるワルクト・バーティ・レシレイラから許可は出ている。指揮は全てゲヴェイア(秩序警)に任され、ワルクト王は寝室に待避していた。



 「今日で決着をつけてやる! 必ずな!」



 もう陽は落ちている。レイダークの予告時間だ。



 「覚悟しておけコソ泥め……捕らえたが最後、二度と私に刃向かえないようにしてくれる……クハハハハ」



 ゲヴェイアは城内に用意された作戦室で、一人机に座ってレイダークが現れるのを待っていた。大勢の兵を動員し、考え得る限りの対策をしているが油断はできない。相手は神魔宝貴(ファウリス)という反則技が使えるのだ。こちらの予想を簡単に飛び越えてくるだろう。


 レイダークはこれまでゲヴェイアが相手にしてきた下民達(ザコ)とは違う。世界の宝はレイダークのモノと言われた程の大怪盗なのだ。昔話となって伝わっているのは伊達ではない。そうでなければゲヴェイアはとっくに逮捕している。



 「屈服させてやる! 必ずや屈辱に塗れさせてやるぞ! ハーッハッハッ……うっ! うううッ!?」



 油断はない。来るならばいつでも来いとばかりに机に座っていたゲヴェイアだったが、顔を苦悶に歪ませて胸を押さえた。


 当たり前だが、ゲヴェイアの体調万全は万全に行われた。今日この日に風邪や怪我で動けなくなるのはプライドが許さない為、自己管理は徹底的に行ったのだ。そのおかげでゲヴェイアは問題なく今日という日を迎えられた。



 「うううう……」



 だが、やはりその健闘は虚しかったのだろうか。踏ん張るように机から顔を上げるが、苦悶の表情は晴れない。司令官であるゲヴェイアがこのままでは、レイダークが来た時に飛び交う情報を整理できず、兵達はあっという間に混乱してしまうだろう。


 ゲヴェイアは何としてもこの体調を治さなくてはならない。



 「ル、ルフロウ! ルフロウはいるかッ!」



 ゲヴェイアがその名を呼ぶと、即座に作戦室の扉が開いた。



 「はっ! ルフロウはここに!」



 ゲヴェイアの前に現れ、跪いたのは容姿端麗な女性士官だった。美しい目鼻立ちで、同性にも好まれる整った顔をしている。麗しさと理知的な雰囲気を纏いながらも、形の良い大きな胸を持っているのが何処かミスマッチだ。清楚であり扇情的でもある彼女だが、跪く姿にあるのはゲヴェイアへの絶対の忠誠心だ。たった一人と定めた主に、真っ直ぐな意思が向けられている。


 ルフロウ・エールギス


 つい先日レシレイラ王国へ帰ってきたゲヴェイアの右腕である。



 「ルフロウ。お前を呼び戻した理由は以前話した通りだ」



 「心得ております。このルフロウ・エールギス。如何様にもお使いください」



 ゲヴェイアはレシレイラ内に敵を多く作っている。そのため、レシレイラを長期間離れる仕事はルフロウが担当していた。レイダークが城に侵入した時や、街中での予告の際にいなかったのはこの為である。 



 「何度も繰り返すが、コレはお前でなくてはならない。私の右腕であるお前だから頼むのだ。解っているなルフロウ?」



 「はっ。理解しております」



 「今日程お前という部下を持って良かったと思った事はない。期待しているぞルフロウ」



 「ゲヴェイア様の期待。絶対に裏切らないと約束します」



 両者の張り詰めた表情が、それだけで作戦室を震わせている。この場に二人以外の誰かがいたなら、とてもこの空気に耐えきれず外に飛び出して行くだろう。それだけ両者を纏う覚悟は本物だった。



 「うむ。では託すぞルフロウ!」



 「いつでも!」



 刹那、その覚悟が実行に移される。



 「ママ~!」



 ゲヴェイアはぽすんとルフロウの胸に飛び込み、目一杯甘えた声を出した。母を求める子供のソレと全く一緒である。



 「はいはい~。ゲヴェイアちゃん良い子にしてまちたか~」



 そして、装備品を脱ぎ捨てたルフロウも同じように甘えた声を出し、ゆっくりとゲヴェイアの頭を撫でた。



 「ふぇぇ~、レイダークひどいよぉ~。あたしにひどいこといったのぉ~。でもあたしなかなったよ~。えらい~?」



 「よしよし。レイダークに罵倒されても泣かないゲヴェイアちゃんは偉いね~。偉い偉い。我慢できてとってもお利口さんだよ~」



 「えへへ~。ママにほめられた~。うれしい~。大好き~」



 「ウフフ。よしよし。ママもゲヴェイアちゃん大好きですよ~」



 さっきとうって変わった空気が作戦室を支配する。ルフロウが目一杯ゲヴェイアを甘やかす赤ちゃんプレイが始まり、誰かに見られたらただでさえヤバい威厳が(ホットミルクの件より)一発で致命傷だ。いや、消滅する。



 「ママ~。きょうレイダークつかまえられるかなぁ。しんぱいだよぉ~ふええ~」



 「大丈夫ですよ~。ゲヴェイアちゃんはレイダークを捕まえるためにいっぱい頑張ったんだから~」



 「うん、頑張った~。えへへ~」



 「ゲヴェイアちゃんいっぱい頑張って凄いよ~。こんなにいっぱい頑張ったんだからレイダークを捕まえられるよ~」



 胸元から見上げるようにして笑顔を向けるゲヴェイアに、母性全開でルフロウは微笑みかける。ゲヴェイアの頭を撫で、その安心感が更にゲヴェイアをルフロウママ(?)へ夢中にさせ、赤ちゃんプレイは加速していく。



 「ママ~。大好き~」



 「私もゲヴェイアちゃん大好きですよ~」



 当然、こんな事をしているのは幼女化の影響である。ミルクの時と同じで、ゲヴェイアは発作的に母性(ママ)を求めるようになってしまったのだ。


 吸血鬼の吸血衝動と同じで拒む事はできない。拒もうすればするほど求めてしまい耐えられなくなるのだ。そうなると、作戦行動中といった際に泣き叫んだり、あまりにみっともない姿を部下達に晒してしまう。我慢してもいい事がないのだ。


 この発作の対策がルフロウだった。ゲヴェイアにとってこんなみっともない姿をギリギリ許容できる(消去法)のはルフロウくらいしかいなかったのである。幼女姿だけでも威厳がガタ落ちなのに、こんな様(赤ちやんプレイ)を晒してしまう事実は絶対に世間へ明かせない。今のゲヴェイアは最も信頼ある部下がそばにいなくてはならなかった。



 「ママ~ママ~もっと撫でて~」



 「甘えんぼさんですねゲヴェイアちゃんは~」



 「よし、こんな所か」



 「はっ。またいつでも」



 ゲヴェイアとルフロウの顔がいつもの引き締まった戻り、身を正した。その二人の表情から、さっきまで赤ちゃんプレイをしてたなどとても思えない。



 「うぐぐぐレイダークめ! 私という存在をっ! 私の心をっ! くそっ! くそっ!」



 「お労しやゲヴェイア様……」



 何度やったかわからないゲヴェイアの地団駄が作戦室に響き、それを見たルフロウが同情するように嘆いていた。あと、何故か頬も赤らめてもいた。



 「ルフロウ! レイダークは絶対に殺すな! 必ず私の前に連れてこい! 今の私はヤツに報いを受けさせる為に生きている!」



 「無論です。レイダークは絶対に殺さないよう部下に言い聞かせてあります。ぬかりはありません」



 「……その部下の中にレイダークがいたりしないだろうな?」



 伝説の大怪盗なら変装などお手の者だ。十分に対策しているとはいえ、どうしてもあり得る可能性である。兵士に変装したレイダークが宝物庫に行くのが容易に想像できてしまうのだ。


 だが、ルフロウは自信満々に首を振った。



 「問題ありません。この私が全ての部下を徹底的にチェックしました。もし、私が確認した中にレイダークがいたなら即座に私の首を撥ねてください。今回の警備はそれほどの覚悟で望んでいます」

 「そうか。お前がそれほど言うなら信じておこう」



 「ありがとうございます」



 ゲヴェイアはルフロウという部下を心から信頼している。ルフロウが部下の中にレイダークはいないというなら間違いない。というか、そのくらいの信頼がないとあんな事(赤ちやんプレイ)頼めない。



 「――ゲヴェイア様! ルフロウ様!」



 作戦室の扉が勢いよく開いた。息を切らせてやって来た秩序警(イールミリ)兵士を見て、ゲヴェイアとルフロウはすぐに察した。



 「レイダークか!?」



 ゲヴェイアは待ってましたとばかりに叫ぶと、兵士は肯定した。



 「はい! レイダークが城壁を越えて侵入しました!」



 「城壁? 見つけて間もないのか?」



 「はっ!」



 「……くくく」



 それを聞いてゲヴェイアはニタリと笑った。



 「バカめ! この万全の警備の中バレずに侵入するのは無理だったようだな!」



 逮捕したワケではないが、これは朗報だった。いくら万全の警備とはいえ、レイダークがその上を行くのは十分考えられたからだ。


 レイダークは城壁部分で見つかっている。目当ての十五番(ストレイズ)は城内の奥にある宝物庫の中だ。侵入とほぼ同時に見つかってはとてもたどり着けない。宝物庫にたどり着く前に大量の兵士達に囲まれておしまいだ。



 「ふはははは! 勝った! 恐れるに足らずレイダーク!」



 「幼女卒業は寂しいですね……」



 「何か言ったか?」



 「レイダークにあらゆる屈辱を与えるべきと言いました」



 「その通りだルフロウ。ヤツの泣き叫ぶ姿を満足するまで見なければ私の気は収まらん!」



 ゲヴェイアはレイダークを捕らえた事の後を想像し、身を震わせた。


 もうすぐだ。もうすぐレイダークにこの身に(幼女化)した以上の屈辱を味あわせられる。



 「ハーッハッハッハ! 私を舐めすぎたなレイダーク! お前への怨み! もうじき何万倍にもして返すぞッ!」



 だが、そんな勝利を確信しているゲヴェイアに、兵士は苦い表情を向けていた。



 「……ゲ、ゲヴェイア様……大変申し上げにくいのですが、まだ報告には続きがありまして……」



 兵士は言いにくそうに続ける。



 「現れたレイダークは――おぶっ!?」



 兵士の言葉は最後まで発せられなかった。突如、この作戦室に入ってきた侵入者が兵士を蹴り上げたからだ。兵士は天井付近まで吹き飛び、そのまま床へ激突すると気を失った。



 「「なッ!?」」



 だが、二人の視線は兵士を見ていない。兵士の心配よりも優先すべき事態が目の前に現れたからだ。


 レイダークが現れたのだ。



 「ゲヴェイア様ッ!」



 ルフロウはゲヴェイアを守るように前へ出て、腰に差しているロングソードを抜き放った。



 「レイダーク! まさかお前がゲヴェイア様を直接狙ってくるとは予想外だったぞ」



 「…………」



 レイダークは何も答えない。元から喋る気など無いのか、ゲヴェイアとルフロウを交互に見るだけだった。



 「ルフロウどけッ!」



 直後、ルフロウの背後から鞭が放たれ、瞬時にレイダークを拘束した。レイダークは鞭を振りほどこうとしたが、絡まった鞭は解けない。完全にこの場から動けなくなっていた。



 「お前が何のつもりでここへ来たか知らんが、このままッ――」



 「!? ゲヴェイア様ッ!」



 勝ちを確信したゲヴェイアに、いきなりルフロウは飛びついた。ゲヴェイアを抱え込んだまま床を転がり、すぐに態勢を立て直す。



 「な、何をするルフロウ!? レイダークを捕まえたのだぞッ!」



 「……あれをご覧ください」



 ルフロウが示した先には鞭の拘束から解けたレイダークと、もう一人いた。


 ゲヴェイアが立っていた場所の天井部分に穴が空いている。ソイツはそこから降ってきてゲヴェイアに攻撃すると同時にレイダークを助けようとしたのだ。ルフロウの行動はソイツからゲヴェイアを守る為だった。


 レイダークを助けた者。


 それはレイダークだった。



 「ゲヴェイア様これは!?」



 「レイダークが二人だと!?」



 信じられない光景だった。全く同じ姿形をした二人がゲヴェイアとルフロウの前に立っている。ゲヴェイアは何度も目を擦るが、前にいる二人の姿は変わらない。



 「……まさか」



 全く意味のわからない状況だったが、ゲヴェイアはレイダークがこんな状況を可能にする事を知っている。そういった反則ができると、身を持って知っているのだ。


 十中八九、レイダークは神魔宝貴(ファウリス)を使っている。



 「「フハハハハハハハ!!」」



 二人のレイダークは高笑いをすると、作戦室を飛び出した。


 即座にゲヴェイアとルフロウはレイダーク達を追う。


 そのまま城の外へ飛び出ると、そこでは一目でわかる光景が広がっていた。



 「ゲヴェイア様! こ、これは一体!?」



 「あのクソ怪盗めぇぇぇぇぇぇぇッ!」



 レイダークに備えて展開していた大勢の秩序警(イールミリ)兵士が、同じく大勢のレイダーク達に翻弄されていたのだ。レイダークに簀巻きにされた秩序警(イールミリ)兵士がいたり、捕まえたレイダークを他のレイダークが助けてたり、秩序警(イールミリ)兵士をからかうように近づいてくるレイダークがいたり、いつ掘られたかわからない落とし穴に秩序警(イールミリ)兵士が落ちてたり、逃げるレイダークを捕まえようと鬼ごっこになっ(舐められ)ている秩序警(イールミリ)兵士がいたり、完全にレイダークが秩序警(イールミリ)をバカにした光景が広がっていた。



 「ルフロウッ!」



 「はっ!」



 ゲヴェイアが苦虫を潰したような顔をして大声を出した。



 「今すぐお前の指揮でこのクソ怪盗共を取り押さえろッ! 全員逃がすなッ!」



 「かしこまりましたッ!」



 ルフロウは弾かれたように現場へ飛び出して行った。



 「レイダークめぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」



 あのレイダーク達は全員偽物だろう。これは陽動だとゲヴェイアはわかっていたが、僅かでもあの中に本物が混ざっている可能性があるなら無視できなかった。それに、ゲヴェイアの邪魔をしているのは間違い無い。どうしても対処は必要だった。



 「……まさかヤツはもう!?」



 この場はルフロウに任せてゲヴェイアは宝物庫へと向かった。宝物庫は封印されているがレイダークには姫がいる。宝物庫を開けるのは容易なはずだ。この混乱に乗じて十五番(ストレイズ)をあっさりと盗んで行くだろう。


 そんな真似を許してたまるかとゲヴェイアは宝物庫へ急いだ。



 「む?」



 ふと、ゲヴェイアが視線を動かした時だった。


 この暗がりの中、ワルクト国王の姿が見えたのだ。



 「……ワルクト王?」



 ワルクト王は秩序警(イールミリ)の邪魔にならないよう寝室にいるはずだ。それはゲヴェイアは確認しており、わざわざ寝室に入った際本人の言質も取っている。


 嫌な予感がした。



 「……仕方ない」



 ゲヴェイアは宝物庫に行くのを一端やめて、ワルクト王の方へ向かった。寝室にいるはずの人間がここにいるのは変だからだ。もしかしたらレイダークの変装かもしれない。多少宝物庫へ行くのが遅れても、怪しまなければならない。


 ワルクト王の近くまで行くと、すぐにゲヴェイアは声をかける。



 「ワルクト王。どうなされたのですか?」



 「…………」



 ワルクト王は何も答えない。



 「レイダークの事であれば私が――」



 その瞬間だった。


 ワルクト王の首がぐるんと回りゲヴェイアへ向いたかと思うと、その目から光線が発射された。爆破魔法(ブラスト)だ。



 「なっ!?」



 爆破魔法(ブラスト)はゲヴェイアに直撃。


 城の廊下に眩い光と共に爆発音が響いた。

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