10話 準備する大怪盗と姫
「あの、レイダークさん……」
「なんだダンゴムシ?」
レイダークが十五番(ストレイズ)を盗むと言ってから五日が経過した。予告日になり、レシレイラ城の警戒レベルは最高値まで引き上げられている。業者の類い(一般人)は城内に入れず、国に携わる貴族達も最低限の人数しか入れない。徹底的に外部の人間を排除する体制が敷かれている。もし許可無く侵入する者がいたらその場で殺されるだろう。
「すいません……あの時、不用意に姿を晒してしまって……」
「もう謝るなと言っているだろ。大量の鋼鉄車(ドルネイル)で灰屋が潰されるなど誰も予想できん。ワケもわからず瓦礫から顔を出すのは、オレ以外の人間なら仕方ない」
レイダークはレシレイラ城に侵入し十五番(ストレイズ)を盗む。そのため、今日のレイダークの恰好は特別だった。ドミノマスクやマントや白手袋や怪盗服に加え、何やら色んな道具を服の中へ仕舞っている。
おそらく神魔宝貴(ファウリス)だろう。どんな力を持った神魔宝貴(ファウリス)なのかエクスティにはわからないが、それら全てが怪盗服の中に入っていくのは不思議な光景だった。結構な量だったと思うが、外見に全く変化がないのだ。もしかしたら、あの怪盗服も神魔宝貴(ファウリス)なのかもしれない。
「はい……」
「気に病むな。お前は何も悪くない」
「……アハハ」
エクスティはレイダークを見て嬉しそうに笑った。
「何が可笑しい?」
「いえ、こんなに私をフォローしてくれるレイダークさんが珍しくて」
「ふん、以前言ったはずだ。オレは優しいと」
「フフフ、そうでしたかね、っととと!?」
不意にエクスティはレイダークから杖を投げ渡された。
小枝程の大きさで、やや色落ちしている年季の入った杖だった。しっかりと手入れされているようで、新品のような輝きはなくとも古くささは感じない。杖の先端に紫色の宝玉が飾り付けられており、その宝玉の中で灯火のようなモノが揺蕩っていた。
これは大きさ的にも装飾的にも歩行の補助で使うモノではない。
魔法杖だ。
「持っておけ。護身用だ」
「……すいませんレイダークさん」
魔法杖を受け取ったエクスティは申し訳なく俯く。
「私、魔法杖を使えないんです。簡単な初級の魔法すらできませんから……」
一般的に魔法そのものを使うのに特別な才能はいらない。問題は扱える魔法の力量(レベル)と言われている。初級魔法なら子供でも難なく扱えるが、実用化できる下級魔法になると使える者は極端に少なくなる。中級魔法、上級魔法となっていけばもっと使い手は減り、さらに最上級、伝説級魔法になると人間が使えるのか怪しくなる程の力量(レベル)を求められてしまう。つまり、魔法を日常で役立てようとすれば相応以上の苦労をしてしまうのだ。
魔法杖とはそれらを解決する道具である。魔法杖は扱う魔法の威力や効果はそのままに、扱える力量(レベル)を落としてくれるからだ。そのため初級魔法が精々の者でも、魔法杖によっては上級魔法、伝説級魔法を使うのも不可能ではなくなるのだ。
そのためにはどんなに拙くても魔法が使えなくてはならない。魔法が全く使えないならどんな魔法杖があろうと意味がないからだ。だが、どんなモノにも例外は存在する。残念ながらエクスティはその例外に該当していた。
「でも、よく魔法杖なんて持ってますね。まず流通してない物なのに。もしかして、これも神魔宝貴(ファウリス)なんですか?」
魔法杖があれば手軽に魔法を使えるようになるがその数は少ない。造るのが難しく、時間もかかるからだ。国に魔法部隊がいないのはこのせいで、費用対効果(魔法部隊編成)が割に合わないのである。剣や槍といった武器を使う方が簡単で、兵も育成しやすく数でも圧倒的に勝れる。しかも、戦車なんてモノまで出てきてしまっては尚更で、魔法の戦略的価値はさらに落ちていた。もちろん、戦車の方が魔法杖を作るよりも簡単だ。
「魔法杖は魔法杖だ。神魔宝貴(ファウリス)なワケがないだろう」
レイダークはいつものように口を尖らせる。
「その魔法杖は持っておけ。武器が無いよりはマシだ。ヘタなナイフより切れる特別製でもある」
「え、そうなんですか?」
見た目は指揮棒のように丸みを帯びているが、刃物と同じらしい。持ち手部分以外を無意識に握りそうになり、エクスティは慌てて手を離す。
「蟻や芋虫を調理する程度には便利だぞ」
「そういうのあんまり食べたくないなぁ……」
エクスティはブンブンと首を振ると魔法杖を軽く振った。当然、魔法は出ない。
「こんな所か」
装備の準備を終えたレイダークは踵の先をトントンと叩くと、静かに深呼吸する。
珍しい光景だ。レイダークでも深呼吸なんてするんだと、エクスティは驚いてしまう。この歩く唯我独尊も本業となると緊張するようだった。
「今でも悩む……この方法がうまく行くだろうか」
思い詰めたような顔で呟いている。これもさっきに続いてレイダークのレアな表情だ。
「大丈夫ですよ。レイダークさんなら全部うまく行きます。伝説の怪盗じゃないですか」
エクスティは励ますようにレイダークの手を握ろうとしたが、やめた。その行為はレイダークのプライドを汚すように思えたのだ。言葉以上の励ましはきっと余計だ。
「そうか……ふっ、お前がそう言ってくれるのは嬉しい」
「え? ええ!? ど、どうしちゃったんですかレイダークさん?」
またもレイダークが異常に優しい。なんだかおかしな調子(好意的な態度)が続いている。
「お前の言葉は安心できる。オレに勇気をくれるよ」
「あ、あの、えと、その……」
「無理かと何度も思った。だが、お前がオレに最後の後押しをしてくれた」
「はうう……や、やめてください……」
レイダークの口説くような文句にエクスティは顔を真っ赤にして目を瞑ってしまう。
「まさか大丈夫と言うとはな。これはお前への負担が半端ない神魔宝貴(ファウリス)なのに」
「そんな負担が半端ないなんて……へ? 神魔宝貴(ファウリス)?」
だが、即座に真顔へ戻る。
「って、レイダークさん!?」
レイダークはいつの間にか、何やらガチャガチャとエクスティに取り付けている。その手際の良さは見事なもので、あっという間に装着が済んでいた。
「な、なんですかコレっ!?」
「五百四十一番(エルドクライツ)だ」
エクスティの全身が柔らかい板のようなモノで覆われ、ずんぐりと太った姿に変貌した。頭だけガラスのついた小さなダルマのようで、酷くアンバランスな見た目になっている。
「今回は敵がこちらを警戒している。もう五百一番(アンチェルトガン)は無いし、何より以前のようにあっさりと侵入できない。お前のおもりをしながら城に近づくのは面倒くさいんだ。現地で落ち合う方が都合いい」
「それでどうして何でこの恰好と関係がッ!? というか、私レイダークさんについていっていいんですか!?」
エクスティは身体を固定され動けない。顔部分に張られたガラス越しから「私に何をした!?」と狼狽していた。
「十五番(ストレイズ)が安置されている最奥の間は王族の血筋しか開けられない。言わせるな。その程度も考えられんダンゴムシか」
「あ、なるほど。そういう事ですね……って、そういえば何でレイダークさんは十五番(ストレイズ)を盗むんですか? ずっと前に、お城へ返してくれたのに」
「黙れ。ああ、言い忘れていたが、その神魔宝貴(ファウリス)は『見事に着地できなかったら肉塊(エルドクライツ)』とも呼ばれている。ちなみに使い捨てだ」
「あまりにも物騒すぎる名前がついてるんですけどッ!?」
「黙れと言った」
レイダークがエクスティの背中をバンッ! と叩くと背中部分が派手に噴射した。瞬間、エクスティはそのまま外に飛び出す。悲鳴を上げながら森の中を滑走した後、夜空に向かって飛んで行き、涙を流しながら離れていく地上を見る。
「私いっぱい空飛びすぎですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
悪党が去り際に吐くような台詞と共にエクスティは一筋の光となった。そろそろ空恐怖症になるかもしれない。きっと甘美であるべき空の記憶は、エクスティにとっては驚愕と悲鳴と恐怖で彩られていた。
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