第9話 挑発する大怪盗
「……誰だお前は?」
ゲヴェイアは鋼鉄車(ドルネイル)の進行上に現れたレイダーク(男)に向けて警告した。ゲヴェイアはレイダークの素顔を知らない。そのため、目の前にいる男が仇敵であると気づいていなかった。
「轢き殺されたいのか下民? だというなら希望通りにしてやるが」
「下民とは酷い。オレはお前が求めてやまない人物なんだがな」
レイダークは懐から封筒を取り出すと、それをゲヴェイアに向かって投げつけた。ゲヴェイアは握りつぶすように封筒を掴み取ると、すぐに中身を確かめる。
「なッ!?」
封筒の中には写真が入っており、そこにはマグカップのホットミルクを幸せそうな顔で飲んでいるゲヴェイアがバッチリ写っていた。どうしようもなくベストなショットが何枚も撮影されている。ゲヴェイアがこうなると知っていなければ撮れない写真ばかりだ。
「いやはや幼女というのは大変だなぁ? フハハハハハハハ!」
「レイダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァクッ!」
鋼鉄車(ドルネイル)の主砲がレイダークを真っ直ぐに捉えた。二人のやり取りを見ていた民衆は一斉に物陰に隠れて、そっと二人のやり取りを伺う。
「お前ッ! お前のせいで私はッ! 私はぁぁぁぁぁぁぁッ!」
主砲を発射すればすぐにでもレイダークを肉塊にできるだろう。レイダークはゲヴェイアに命を握られたも当然の状況だ。だが、レイダークは何ら狼狽えておらず落ち着き払っていた。
「撃つのかゲヴェイア? 撃ちたいなら撃てばいい。しかし、それでお前の気は晴れるかな? お前をそんな姿にした元凶をたった一発の砲弾で終わりにするのか? いいというならオレは止めないが」
「どうしてお前を殺すのにお前の許可がいるッ!」
そう言うものの、ゲヴェイアは発射しようとしなかった。身体を震わせ、噛んだ唇から血を垂らし、稲妻のような青筋を浮かべるのみだ。
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!」
レイダークの言う通り、ゲヴェイアはたった一発で終わらせたくなかった。
そんな楽な死に方は許せない。温すぎる。この身に受けた以上の苦しみ(尊厳破壊)をレイダークに味合わせなければ、己の心は絶対に晴れない。それにレイダークを殺せば元に戻るという保証もないのだ。
「どうした? 撃たないのか?」
主砲を向けられているのにレイダークの表情は変わらない。余裕は全く崩れておらず、いつでも撃てといわんばかりだ。ニヤつきながらゲヴェイアを見ている。
おそらく鋼鉄車(ドルネイル)一台程度では驚異になっていないのだろう。どんな手品を使っているかわからないが、いつ撃たれようと簡単に逃走できるからあんな図々しい態度がとれているのだ。
「フハハハハハハハハ! どうした! やはりオレが撃てないか! その鋼鉄車(ドルネイル)は飾りか! 間抜けがッ!」
「うぐぐぐぐぐぐぐぐ!」
逃げられるワケにはいかない。そして、バカにされ(屈辱を受け)るワケにもいかない。
レイダークはゲヴェイアの手で必ず逮捕し、徹底的に地獄へ叩き落とさなければならない。すいません許してください何でもしますどうかお願いしますと、レイダークに心から思わせなければ意味がないのである。
「フッ、まあこの辺りで挑発はやめておこう。可愛い可愛い可愛い可愛い幼女相手に大人気ないしなぁ!」
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
挑発はやめるといいつつ、たっぷり挑発(可愛いを連呼)するレイダークはとっても大人気なかった。
「知っての通り、オレは秩序警(イールミリ)警正総統のお前に喧嘩を売っている。そこで、その警正総統様の仕事ぶりを拝見してやろうと思う。ただ民衆をビビらせるだけのチンピラじゃないと証明してもらおうか」
レイダークは真っ直ぐにゲヴェイアを指差した。
「五日後の夜、レシレイラ城にある十五番(ストレイズ)を頂く」
「な、なんだとッ!?」
「聞こえなかったか? 五日後にオレの本業(大怪盗)をやると行ったんだ」
十五番(ストレイズ)とは別名『支配の冠』とも呼ばれており、かつてレイダークに奪われ、何故か七十年前に返却されたレシレイラ王家の秘宝である。
見た目は宝石が散りばめられた煌びやかな冠で、この冠を被った者を見ると、その者は絶対服従を誓うと言われている。冠の装備者に逆らえなくなってしまうのだ。人が持つには強力すぎる効果のため、七十年前に返却されてから城の最奥にある宝物庫で厳重に封印されていた。
「城の警備を強化しておけよゲヴェイア。もし、このオレに十五番(ストレイズ)を奪われれば姿だけでなく、権力の座すら完全に失ってしまうぞ。そうなった時、お前はどんな立場になるかな? フハハハハハハハハハハ!」
「だったらどうしたッ!」
レイダークが高笑いする最中、ゲヴェイアはスッと手を上げた。
すると、十数台の鋼鉄車(ドルネイル)が周囲の家屋を破壊しながら現れ、続いて大量の兵士達まで現れた。ネズミ一匹も逃さない包囲網だ。完全にレイダークを取り囲んでいた。
「私のお前に対する憎しみは鋼鉄車(ドルネイル)の砲撃一発で済むモノではない!」
鋼鉄車(ドルネイル)と兵士達の登場は速やかだった。計画あっての動きだ。おそらくレイダークを見かけた際、すぐ逮捕できるように部隊を展開していたのだろう。
「私に救いを求め媚びを売り、心をへし折り完全に屈服させ、そこでやっと僅かに気が晴れるッ!」
鋼鉄車(ドルネイル)と大勢の兵士を展開するにはとんでもない労力がかかる。そもそもレイダークが街に来るのかわからないのにここまでやるとは、とんでもない職権乱用(さすが警正総統)だ。ゲヴェイアがどれだけレイダークを憎んでいるのか一発で解る図だった。
「私はお前を殺さない。だが絶対に逮捕する! 絶対に絶対だッ! 泣き喚き許しを請うなら、腕一本くらいはズタズタにする程度で済ませてやるぞ!」
鋼鉄車(ドルネイル)の照準はレイダークに定められたままだ。殺すつもりがなくとも、五体満足にするつもりもないのだろう。一台ならもしかする(避ける)かもしれないが、複数の鋼鉄車(ドルネイル)でレイダークの間近に砲弾を放てば、さすがボロボロ(重傷)にできる。レイダークが動けなくなればゲヴェイアの勝利だ。
「これだけの鋼鉄車(ドルネイル)と兵士達に囲まれてはどうにもできまい! 観念しろレイダーク!」
「ふん、やはり何もわかっていないなゲヴェイア」
取り囲む鋼鉄車(ドルネイル)と兵士達をザッと見渡した後、レイダークはやれやれと手を竦めた。
「城の時も似たような状況だったろう。また同じ過ちを繰り返すつもりか?」
「ぬかせッ! 今回は絶対に逃がさん!」
ゲヴェイアは包囲網を一気に狭めて捕まえようせず、ジリジリとレイダークに迫っていく。
これはゲヴェイアの対策だった。僅かでも隠れる隙が生まれると、城の時と同じようにレイダークに逃げられる可能性がある。あの時の再現が起こらないよう注意しながら、兵士達を指揮していた。
「ふっ、こんな鈍いだけの何でも無い包囲でオレを追い詰めたつもりなら十五番(ストレイズ)は簡単に――」
「ゲホッゴホッ。な、何があったんですか? 散々な目にあいましたゴホッゴホッ」
レイダーク包囲網の外で、鋼鉄車(ドルネイル)が作った瓦礫の山の中から、エクスティが咳き込みながら現れた。鋼鉄車(ドルネイル)が壊した家屋には、レイダークとエクスティが立ち寄った廃屋も含まれていたのだ。
「な、なにッ!?」
珍しくレイダークの顔に緊張が走った。不用意に姿を晒したエクスティを見て明らかに驚いている。
「姫? 姫だと!? な、何故こんな所に!?」
そして、それはゲヴェイアも同じだった。仕留めた(殺した)人物が瓦礫の中から現れたため、思わず二度見してしまう。
「……まさかお前か? お前が助けたのかレイダーク!」
ゲヴェイアはすぐに現状を理解し、レイダークへ視線を移す。
「どうやった知らんが、お前に姫を助ける慈しみがあるとはな。意外だったぞ」
ゲヴェイアは手を掲げると、鋼鉄車(ドルネイル)と兵士の目標をエクスティに変えた。レイダークの包囲網を崩し、エクスティのいる場所へと向かわせる。
「ゲヴェイアッ!」
「何故助けたのかはどうでもいい。ただ、お前は姫を助けた。つまり、姫はお前の弱みである可能性が高いよなぁッ!」
理由は不明だが、レイダークがエクスティを助けた以上、そこに情なり理由(ワケ)なりあるのは確実だ。その証拠にレイダークはエクスティが現れて驚いている。常に余裕の男が表情を崩しているのだ。これは異常事態と言っていい。
「絶対に姫を捕まえろ! 姫はレイダークの弱点だッ!」
「え? え? えっ?」
事態を飲み込めていないエクスティは狼狽えるばかりだ。迫る鋼鉄車(ドルネイル)と大勢の兵士に気圧され、その場から動けない。
「捕らえろッ!」
好奇とばかりにゲヴェイアは勝利確信の号令を上げる。例え今からエクスティが逃げようとしても、この物量からは逃れられない。姫ごときの体力で逃げ切れる程、ゲヴェイアの部下達(駒)は軟弱ではなかった。
「ちっ! あのダンゴムシが!」
レイダークは苦虫を噛み潰したような顔で、鋼鉄車(ドルネイル)と兵士に迫られるエクスティを見ているが、その場から動かない。エクスティの元へ向かおうとしなかった。
「心地いい! 心地いいぞレイダーク! そこで姫が我々に捕らわれる様を――」
カチッ!
突如、レイダークは懐から片手に収まる筒状の物を取り出すと、その先端についているボタンを押した。
「……はい?」
すると、ゴゴゴと地鳴りのような音が鳴り響き、エクスティの身体が宙に浮く。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
そしてその直後、エクスティは一秒もかからず遠くの山の向こうへカッ飛んで行った。一瞬の出来事だ。ゲヴェイアも兵士達も唖然とするしかなかった。
「な、なんなんだアレは……」
どうして人間が噴射したように空へと飛んでいったのか。ゲヴェイアも兵士達も野次馬達もワケが解らなかった。
「アイツはいきなり空へ連れて行かれるのを怖がっていたからな。できれば使いたくはなかった……」
レイダークは完全な棒読みでエクスティを飛ばした事を嘆いていた。
「お前ッ! 一体姫に何をしたッ!?」
「何を言っている。解ってるだろう? こんな芸当ができるのはアレだけだ」
神魔宝貴(ファウリス)を使ったとレイダークは言った。
「バカな! いくら神魔宝貴(ファウリス)だろうと、あんな逃げ方があってたまるかッ!」
「お前は自分に何をされたか忘れたのか? 神魔宝貴(ファウリス)はどんな奇跡も起こす素敵な力があるんだぞ?」
「ぐうううううううう!」
そう、ゲヴェイアは忘れてはならなかった。
レイダークという昔話に出てくる大怪盗は神魔宝貴(ファウリス)を使って様々な活躍をしている。レイダークを前にした状況で、簡単に事を片付けられる(エクスティの捕縛は簡単)と思ってはならないのだ。
「あんなッ! あんなッ! あんな反則技でッ!」
「それが神魔宝貴(ファウリス)だ。理解できたかゲヴェイアちゃん?」
「レイダークッ!」
部下を全部エクスティに向かわせたせいで、レイダーク包囲網は解かれている。そのせいで、今最もレイダークに近いのはゲヴェイアだった。
鋼鉄車(ドルネイル)で真っ直ぐに距離を縮め、ゲヴェイアはレイダークに向かって鞭を放つ。鞭はゲヴェイアが得意としている武器であり、幼女化した今もその腕は衰えていない。
「おっと」
鞭はレイダークを射程内に収めていたが、地面を叩く音だけが響き渡った。レイダークが突如消え失せてしまったのだ。ゲヴェイアは慌てて周囲を見渡すが、何処にもレイダークの姿はない。
「そうカッカするな。本気で遊ぶのは五日後だ。でもゲヴェイアちゃん、オレが城に侵入した事すら気づけないかもな? だって案山子を並べて威張ってるだけだし。アーッハッハッハッハッハッハッハッ!」
「ああああああああああああああああああッ!」
ゲヴェイアは鞭を何度も何度も何度も何度も何度も地面に叩きつけ、悔しさのあまり空に向かって叫んだ。
「絶対に捕まえる! 逮捕してやるぞレイダークッ!」
そんな啖呵を切るゲヴェイアだったが。
「おいしい~~しあわせ~~」
自宅に帰ってホットミルクに酔う姿には、レイダークに対する怒りや憎しみは全く感じられなかった。
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