27話 大罪を犯した者

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」



 レシレイラ城から僅かに離れた場所で、見苦しく地面を這う者がいた。



 「く、くそっ! なんなんだアイツの強さはッ! 怪盗なんだろ! だったら盗むだけやってろよッ!」



 シュルークだった。負傷こそないものの、全ての力を使い果たしてしまった為、立ってもすぐに倒れてしまう。三、四歩程度進むのが限界なのだ。そのため前に進むなら這った方が速く、できるだけこの場から遠くに行こうと足掻いていた。


 ここはさっきの場所(レシレイラ城跡地)からあまり離れていない。もしゲヴェイアが早急に秩序警(イールミリ)を立て直しでもしたら、すぐに見つかってしまうだろう。燃え尽きたと思われているはずだが、そのまま放置というのは考えにくい。少なくともゲヴェイアは神魔宝貴(ファウリス)の捜索はするはずだ。その場合、居場所を探られると同義になる。十五番(ストレイズ)は神魔一体(バーゼーガー)で失ったが、八十八番(シンクレア)なら今も持っているのだ。



 「これはボクのものだ……捨ててたまるか」



 逃げて身を隠したいなら神魔宝貴(ファウリス)は捨てるべきだ。神魔宝貴(ファウリス)は人知を超えた力がある為、持っていれば必ずこの力を使ってしまうだろう。


 神魔宝貴(ファウリス)を使用すれば痕跡が残る。完全に隠しきれない。そこを探られた時、シュルークの生存がバレるのは必至だった。



 「いつか返り咲く為にもこの力は必要なんだ。ボクは絶対に諦めないぞ……」



 シュルークは諦めていない。たしかに神魔宝貴(ファウリス)を使えば生存を知られ(バレる)る可能性が高いが、そうなっても問題ない状態を作っておけばいいのだ。また国を乗っ取るでも何でもいい。大きな力を手にいれ、簡単に出だしできなくすればいい。神魔宝貴(ファウリス)はそういった事を可能とする力だ。


 そうなればまた神魔宝貴(ファウリス)を作れる。そして、こんな目に合わせたヤツに逆襲を――――



 「諦めろ。お前はここで終わりだ」



 絶望の声がした。



 「レ、レイダーク!? 何故ここにッ!?」



 シュルークの目の前にレイダークが立っていた。完全に居場所を把握されているとしか思えない現れ方だ。


 抵抗は不可能。這うシュルークはレイダークを見上げるしかできなかった。



 「お前の使った神魔宝貴(ファウリス)はクソな劣化品(ダミー)だが神魔一体(バーゼーガー)ができる。なら、お前はそのリスクを知っているはずだ。使う前にそういった事を言ってたしな」



 神魔一体(バーゼーガー)すれば元の姿には戻れない。欲望の抑制ができなくなり、ただ本能のまま暴れ回るだけの獣になってしまう。その上、使用した神魔宝貴(ファウリス)が消えてしまう為、とてもリスクに見合った行為ではなかった。


 そう、たしかに神魔一体(バーゼーガー)は爆発的な力を得るがそれだけだ。その際のリスクと比べると全く見合ってない。


 看守(バルギユグ)等で実験していたシュルークがそれを知らないワケがなかった。



 「なのにお前は神魔一体(バーゼーガー)した。なら、神魔一体(バーゼーガー)のリスクを激減か無効、もしくは元の姿に戻れる術があると考えるべきだ。巨人のままでは神魔宝貴(ファウリス)を作れないだろうからな」



 「ぐっ……」



 「あの最後の突進。演技にしか見えなかったぞ。オレがわざわざ目の前で爆破魔法(ブラスト)した理由はそれだ。見かけ倒しの自爆でもして逃げるだろうお前を見逃さない為に、あんな面倒な事をしたんだ。手間かかせやがって」



 「ほぼゼロ距離での爆破魔法(ブラスト)だったはずだぞ。お前が無傷なのはどういう事だ……」



 「言わなければわからないか?」



 大怪盗レイダークだから。


 シュルークは拳を力無く地面に叩き付ける。



 「さ、どうするんだ?」



 レイダークはシュルークの行動を読んでいた。死んだと思われているはずなのに、レイダークにはバレている。追跡までされている。


 もうシュルークに逃げ場はなかった。



 「ううう……」



 「オレは獲物を前に舌なめずりが好きでね」



 このままでは殺される。死体を残そうともしないだろう。レイダークはシュルークを文字通り滅するはずだ。



 「最後に何か言う事があれば聞いてやろう。見苦しいのを期待したいんだがな」



 何か手はないか。倒せないとしても、この場のレイダークをどうにかしなければシュルークに未来はない。何としても切り抜けなければ、返り咲く事も、レシレイラを襲う事も、レイダークに復讐する事もできない。



 「ないのか? 残念だな。なら、せめて恐怖に歪む顔を見せて死んでくれ」



 何かないか。何かないのか。


 神魔宝貴(ファウリス)は手元にあるのだ。


 八十八番(シンクレア)をシュルークは持っている。だが、これを使って攻撃してもレイダークに通じるとは思えない。神魔一体(バーゼーガー)する体力や気力は残っていない。



 「命乞いも無しか。つまらないが仕方ない。では死ね」



 攻撃してもレイダークには――――



 「レイダークさん」



 レイダークの動きが止まった。



 「もう二度と会えないと思ってました。奇跡って起こるモノなんですね」



 この場には場違いな明るい声が聞こえた。


 レイダークは即座に背後を振り返り、その声の主を見る。



 「エヘヘ、レイダークさん。私の事覚えてますか?」



 ソレを見たレイダークはどんな顔をしたのか。


 シュルークはレイダークの背中しか見えない。


 表情は確認できなかった。



 「レイダークさん変わってませんね。私と一緒に旅をしてくれた時のまま。懐かしいです」



 現れたのはレプリルそっくりの魔法杖を持った少女だった。少し子供っぽさがあり、所作も髪型も違う為区別できる。そもそも本物は魔法杖を持っていない。似ているだけの別人だ。


 現れた少女はレプリルでない。


 レイダークに眩しい笑顔を向けるその少女が何者なのかシュルークにはわからない。


 だが、それで全く問題なかった。


 レイダークの注意が完全に少女に向いている。それが最も大事なのだ。



 「死ねぇッ! レイダークッ!」



 あまりにも明確な隙だった。少女を見ているレイダークは、シュルークに何の注意も向けていない。シュルークが立ち上がりナイフを取り出しても、ずっと少女を見ていた。


 レイダークの背中にナイフが突き刺さる。



 「フハハ――――アハハハハハ!」



 一度突き刺して終わるワケがない。レイダークの強さを知っているシュルークはすぐにナイフを引き抜くと、また別の部位を突き刺した。


 少ない力を振り絞り、何度も何度もレイダークの背中にナイフを突き立てる。



 「まさかこうもうまく行くとはなッ! 八十八番(シンクレア)の作った分身がそんなに気になるのかコソドロッ!」



 現れた少女はシュルークが八十八番(シンクレア)で作った分身だった。ただし、その分身はシュルークの知っている人物ではない。


 レイダークの知っている人物。


 八十八番(シンクレア)を使ってレイダークの知る人物の分身を作ったのだ。 だから、あの少女が誰なのかシュルークは知らないのである。


 だが、あの少女がレイダークにとってどんな人物なのかは解っている。


 何故なら、八十八番(シンクレア)で作った分身はレイダークの最も大切な人だからだ。


 好意のある人物と言ってもいい。だから、レイダークはこんなにも隙を晒してしまっている――――!



 「死ねッ! 死ねッ! 死ねよレイダークッ!」



 シュルークは八十八番(シンクレア)の分身とナイフで切り抜けようとしたが、まさかレイダークにここまでダメージが与えられるとは思わなかった。レイダークの背中はズタズタに刺されており、至る所が抉れ血が吹き出ている。どうみても助からない。致命傷だ。心臓や頭といった急所は刺せていないが、助からないのは確実だった。



 「ハァッ! ハァッ! やったぞクソがッ! アハハハハ! ざまぁないなレイダーク!」



 シュルークは息を切らせながらレイダークに寄りかかった。もう立つのも刺すのも限界なのだ。本当は地面に倒れたかったが、そんな余裕は今のシュルークになかった。



 「死んだッ! ボクはレイダークを殺したんだ! アハハハハ! ハハハハハ! ハハハハ…………あ?」



 シュルークはレイダークに致命傷を負わせた。絶対に助からない大怪我を負わせた。とてもその場に立っているなんてできなくなる程のダメージを与えた。



 「なん……で?」



 そう、致命傷を負った人間が立つなんてできるワケがない。


 なのに、どうしてレイダークは立っている?



 「うぐっ!?」



 ドンッ、とシュルークはレイダークに突き飛ばされた。


 もう力が残ってないシュルークはくらうがまま、地面へ倒れ込む。



 「シュルーク。お前は」



 レイダークがシュルークの方を向く。



 倒れたシュルークは、そこで初めてレイダークの表情を見た。





 「絶対にやってはならない事をした」




 それはどんな表情だったのか。


 見た者(シユルーク)はこの世から消え失せた。

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