26話 世界が救われた日
「レイダークさん!」
着地し、レプリルはレイダークへと駆け寄る。
「この死にたがりッ!」
レプリルの手が振り上げられる。ゲヴェイアが言ったように、レプリルはレイダークへビンタする気満々のようだった。
「はっ。そんなビンタがこのオレに当たるわけ――――」
通じるワケがないと、レイダークは振り上げられたレプリルの腕を掴む。
なので、頭突きは防げなかった。
「なっ!?」
ビンタは気を逸らすおとりであり、レプリルの本命は頭突きだった。レプリルを完全にナメていたレイダークは思い切り頭突きをくらってしまい、額に痛みが走る。
「あだだだだだだ! 痛いッ! レイダークさん硬すぎます! 岩石みたいですッ!」
だが、レプリルの痛みはそれ以上だった。痛みに呻いたレイダークと違って、レプリルは額を押さえながらピョンピョン跳ねている。額は真っ赤で、しばらく痛みは引きそうになかった。
「ふん、当然だ。大怪盗はお前達みたいにひ弱じゃない――」
「そう! それですよッ!」
額を摩りながらズイッとレプリルが迫る。
「レイダークさんは大怪盗なんです! とんでもなく強いんです! 私達とは違うんですよ! なのにさっきのは何なんですか!」
レプリルは弾丸のように話を続けていく。
「鋼鉄車(ドルネイル)に囲まれても平気なんでしょ! 相手がどんな大群だろうと余裕なんでしょ! どんな強敵でも楽勝でしょ! 本気を出すなんてあり得ないんでしょ! 一人で何もかも解決できるんでしょ! この世の全てを下に見てるでしょ! 天上天下唯我独尊してるのがレイダークさんでしょ! 負けるなんてあり得ないんでしょ! あと、あと……ええと……あとはッ! ええ、まだまだいっぱいあります! いっぱいありますよッ! 言いたい事はいっぱいあります!」
言い疲れたのか、レプリルはぜぇぜぇと息切れしながらも捲し立てる。
「あります……あるんですよ……あるに決まってます。だってレイダークさんは私の大好きなエクスティ婆様が大好きだった人なんです。婆様に聞いたままの人だったんです。絶対に自ら死ぬような人じゃないんです」
レプリルはレイダークに抱きついた。涙を流し、止まりそうになる言葉を懸命に続ける。
「なんで死んじゃおうとするんですか。不老不死じゃなくなったからって、どうしてすぐに意味もなく死に場所を決めてるんですか」
レプリルはレイダークの衣服に擦りつけるようにして涙を拭く。
「私レイダークさんに会えて嬉しかった。短い間だったけどレイダークさんと過ごして楽しかった。婆様もこんな風に過ごしてたのかなって思った。婆様はレイダークさんと色々な所に行って楽しかったろうなって思った。婆様がレイダークさんを好きになったのも……少しだけわかった」
レプリルはレイダークに顔を埋めたままで、決して上げようとしない。今上げればみっともない顔をレイダークに見せてしまうからだ。
「不老不死じゃなくなったなら普通に生きましょうよ。しわくちゃのお爺ちゃんになってくださいよ。普通に生きて普通に死んで……そうして婆様の所にいってくださいよ」
好きな人に泣きじゃくる顔は見せられない。
「死なないで……レイダークさん死なないでよぉ……うわーん!」
好きな人が自分より早く死ぬと思うと、涙が止まらないのだ。
「やだよぉ……レイダークさんあえなくなるなんていやだよぉ……もっとレイダークさんといたいよぉ……」
レプリルは子供のようにレイダークの胸で泣き続けた。
「ひっく……ひっく……」
「……ちっ」
レイダークはそっとレプリルの頭を撫でる。
「……レイダークさん?」
レプリルの顔は泣きはらしたままだ。なので顔を上げる事はできなかった。頭を撫でるレイダークがどんな顔をしているのか確認できない。
「……もう二度としないと誓ったのにな。くそっ、孫にまで同じ顔をさせてしまった」
何かを思いだしているのだろう。そう言うレイダークの声に嫌みはない。優しさと不器用さに溢れた、レイダークらしい言葉だった。
レイダークは抱きついているレプリルをそっと放す。
「負けるなんてあり得ない、か。たしかにゴキブリの言う通りだ」
「わ、私はゴキブリじゃありません!」
「お前はゴキブリだろ?」
「本気で首を傾げないでくださ――――」
その時だった。
レイダークとレプリルの上から鋼鉄車(ドルネイル)が降ってきた。
ゲヴェイアとルフロウの乗っていた鋼鉄車(ドルネイル)だ。
「レプリル!」
レイダークはレプリルを弾き飛ばす。落下してくる鋼鉄車(ドルネイル)から庇ったのは一目瞭然だった。
鋼鉄車(ドルネイル)が地面に激突する。落下した鋼鉄車(ドルネイル)は爆発し、レイダークとレプリルのいた場所を大きく削った。
「く、くそっ! シュルークめ! 一体なら倒せたモノをッ!」
「ゲヴェイア様! 今すぐお逃げください! ここは私が命に代えてもッ!」
ゲヴェイア達は鋼鉄車(ドルネイル)から脱出したようだ。ゲヴェイアが悪態をつく姿が見え、レプリルはホッとする。
「なまいきなゲヴェイアぁぁぁ。いらないなぁぁぁ」
「かんちがいぃぃ。かんちがいぃぃ。かんちが、いぃぃぃぃぃ!」
「はー、むだなどりょくぅ。ごくろぉさぁんんんんん」
「どうするぅ? こいつらぁ、こいつらぁ。どうするぅ?」
ゲヴェイアは巨人(シユルーク)と互角以上の戦いを繰り広げていた。おそらく倒せていただろう。時間はかかるだろうが、確実にダメージを与えていたのだ。
だが、巨人(シユルーク)は一体ではない。時間が経ち冷静さを取り戻したのだろう。残り三体の巨人(シユルーク)が動き出しゲヴェイアに襲ってきたのだ。合計四体が一斉に襲いかかってくれば、どんな技術や腕があろうと鋼鉄車(ドルネイル)一台ではどうしようもない。
「ああぁ、ゲヴェイアもぉ。そのルフロウぅ? レプリルもぉ? ころすのかくていだけどぉ?」
巨人(シユルーク)はギロリと鋼鉄車(ドルネイル)の落ちた場所を睨み付ける。
「しんでるわけねぇよなぁぁぁぁぁ! コソドロさんさぁぁぁぁぁ! さっさとでてきたらどうだぁぁぁ? でてこねぇならぁ。いますぐコイツらブチ殺しちゃうからぁぁ!!」
ゲラゲラと四体の巨人(シユルーク)が笑う。まだレイダークを殺せてはいなくとも、圧倒はしているのだ。いくら煽ろうが余裕ぶろうが、レイダークは巨人(シユルーク)に致命打を与えられていない。それどころかダメージらしいダメージもくらわせていないのだ。
巨人(シユルーク)がレイダークに負ける理由は何処にも無い。
「でてこいぃ! でてこいぃ! そしたらすぐにぶっころ――」
「うるさいぞ」
ドンッ! と地面が破裂した。
鋼鉄車(ドルネイル)の落下した場所だ。そこからレイダークが現れた。
「その臭い口を今すぐ閉じろ。そのデカい口で息を吐かれると森が枯れる」
マントに乗ったレイダークが現れ、巨人(シユルーク)の顔の高さまで浮遊する。
「とぶぅ? コソドロくぅん。まだそんな怪盗道具(ポンコツ)をもってたのかぃぃぃ?」
「はー、だからなんだってのぉ。とぶだけでボクにかてるわけない――」
一瞬、だった。
四体いる巨人(シユルーク)の一体が爆散したのだ。キィィィン、と甲高い爆発音と共に肉片も全て燃え尽きる。何も地面に落ちてこない。まるで空間が抉れたように巨人(シユルーク)の身体が爆発と同時に消えてしまった。
「えっ? な、何が起こったんですか!?」
「あれは……魔法か?」
「そのようですね。ただし、途轍もない使い手の放った魔法です」
巨人(シユルーク)もレプリルもゲヴェイアもルフロウも目を疑った。
城よりも大きい巨人(シユルーク)が即死した。
レイダークの右腕をへし折り、鋼鉄車(ドルネイル)隊や、ゲヴェイアとルフロウが操る鋼鉄車(ドルネイル)を倒した、まぎれもない強敵なのに。起こった事が信じられないのは当たり前だった。
「タイミング良すぎだろうが…………ああ、わかっている。死ねるようになったから死ぬ。それなら巨人(シユルーク)と共に……たしかにそんなの認められないな。そんなのであの世に行ったら、またお前に泣かれる」
レイダークの手には杖が握られていた。
「あんな涙は二度とごめんだ」
その杖は折れた魔法杖だった。
先端にある紫色の宝玉は割れていない。なので、魔法は撃てるがそれだけだ。魔法杖はその形状全てに魔法を撃つ際に必要な要素が含まれており、宝玉だけあれば良いというワケではない。そのため折れた魔法杖で撃った魔法は本来よりも効果が激減する。ロクに使えたモノではない。
レイダークの持っている魔法杖は欠陥品(ゴミ)だった。
「そうか。レイダークさんのいる場所の真下には宝物庫がある。だからあの杖を……」
レイダークの持っている魔法杖は何なのか。何故レイダークは魔法杖を持っているのか。どうしてわざわざ魔法杖を使っているのか。
どうしてレイダークは泣かれるなんて言ったのか。
「なんだレイダークさん……婆様大好きじゃないですか」
第二撃が巨人(シユルーク)を襲う。
二体目も一体目と同じく欠片も残らなかった。
「ど、どういうことだぁ!? ボクはなにをされているんだぁ!?」
完全に巨人(シユルーク)は混乱していた。さっきまで圧倒していたのに、何故か逆転されている。何が起こっているのか理解できていなかった。
「オレは魔法杖を持っている。なら、魔法(ブラスト)を撃たれたに決まってるだろ」
「ぶ、爆破魔法(ブラスト)だとぉ!? 下級魔法だぞぉ!」
意味がわからないとと巨人(シユルーク)は喚く。
「そんな魔法でボクが即死するかぁ! た、例えお前が上級魔法を撃ったとしてもだぁ! ボクは城よりも大きいんだぞぉ! お前みたいな豆粒が撃った魔法で即死するワケがなぁいぃ! しかも折れた魔法杖でぇ! あり得ないぃ!」
「あり得ない? お前、誰を相手にしているか忘れたのか?」
種を植えて水をあげれば芽が出るとでも説明するようにレイダークは言った。
「オレは大怪盗レイダークだ」
三撃目。
三体目の巨人(シユルーク)が消え失せた。
「う、うわああああああああああ!」
最後に残った巨人(シユルーク)がレイダークに向かってくる。無策の突進だ。逃げる事も戦う事もできなくなった者がする最後の行動だった。
「ふん、ワザとらしい」
突っ込んで来る巨人(シユルーク)の目の前にレイダークは移動する。
「消えろカス(シユルーク)ッ!」
魔法杖から放たれた爆破魔法(ブラスト)が巨人(シユルーク)とレイダークを包んだ。
先程と同じく、巨人(シユルーク)は欠片も残らず消え失せた。爆破魔法(ブラスト)はすぐに収まったが、そこに勝者の姿はなかった。
「あのバカがっ! 何故巨人(シユルーク)の目の前で爆破魔法(ブラスト)をッ!」
「レイダークさん!」
すぐにレプリルはレイダークのいた場所へ走った。もちろん、そこにレイダークの姿は無い。だが、行かずにはいられなかった。
「レイダークさん……」
当然レイダークの姿はなかったが、そこには折れた魔法杖が落ちていた。
レイダークがレプリルにくれたエスティの形見だ。
「ありがとうございますレイダークさん……」
レプリルはその魔法杖をギュッと抱きしめる。
「本当に……ありがとうございました」
私を助けてくれてありがとう。この国を救ってくれてありがとう。婆様を好きでいてくれてありがとう、と。
レプリルはしばらくその場で魔法杖を抱きしめたまま、いなくなったレイダークに感謝し続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます