17話 大怪盗は遅れて現れる

「いつみても暴力で弱者を痛めつける光景は見苦しい。さすが囚人。こんな行為は頭の中身が汚物に塗れてなければできんな」



 レプリルの知っている声が聞こえた。



 「不思議なんだが、何をどう思えば私刑(リンチ)なんて思いつけるんだ? 暴力なんかより、屈辱と恥で塗れさせた方が気分はスッとするぞ。この間、調子にのってる女を子供に変えたんだが最高だった。プライドをズタズタにした以外に、イジり続ける楽しみも増えたしな」



 随分と久しぶりに聞いた気がした。いなくなって数日も経っていないのに、涙が出そうになる。



 「低俗な仕返し(暴力)で満足できるとは理解できん。ああ、そうか。お前達人間じゃないのか。食って糞して寝るだけの獣なら納得だ。獣には本能しかないからな」



 唯我独尊で、偉そうで、常に上からで、自分勝手で、性格悪くて、相手をイジるのが大好きで、虫の名でしか呼ばないで、少し抜けてる所があって、エクスティが愛した人物で。


 どうしようもなかった時に助けてくれた人で。



 「……もう、何処に行ってたんですか」



 その怪盗の名をレプリルは叫んだ。



 「レイダークさん!」



 レイダークはレプリルを一瞥すると、呆れたような目線を向けた。



 「ふん、そんなヤツを庇うとはな。お前は自分が何をされたのかわかってないらしい」



 「アハハ。そうかもですね」



 レプリルは立っているレイダークを見上げると、怪盗姿が傷だらけな事に気づく。泥汚れも多い。葉や雑草なんかも絡みついている。


 ――きっと、ここへやって来るのを最優先にして走ってきたのだろう。


 レイダークの外見から、大急ぎでバルキザブ大監獄に来た事が窺えた。



 「だが、理不尽な暴力に根を上げずオレの玩具を庇った事は褒めてやる。その根性に免じて毛虫に昇格だ」



 「ありがとうございます……って、全然嬉しくありません!」



 「ゴキブリを飛び級したんだぞ?」



 「本気で首を傾げないでくださいッ!」



 その幾度とやったやり取りに、レイダークは「フッ」と安心したような息を吐いた。



 「おいおい、兄ちゃん。どうも俺達への口の利き方を知らない――あん?」



 囚人の余裕はすぐに消えた。踏んでいるレイダークの足を払おうとしているのにできないからだ。レイダークに踏みつけられている足を全く動かせない。まるで地に縫い付けられているかのようだった。



 「くっ! なんだぁ!? くそがぁぁぁっ!」



 囚人はレイダークを押しのけようとしたが無駄だった。まるで大木を相手にしているかのようで、レイダークは微動だにしない。顔を真っ赤にして力を入れている囚人と、それを全く問題にしていないレイダークの様子は完全に対比になっていた。


 レイダークは焦る囚人を睨み付ける。



 「お前はこの足で」



 「ぐ、がぁっ!?」



 レイダークは暴れている囚人の足を掴んで振り上げると、そのまま力任せに廊下へ叩き付けた。



 「この足でレプリルを傷つけたのかぁッ!」



 破砕音が鳴り響く。


 叩き付けられた衝撃で廊下に囚人の身体がめり込み、足だけが滑稽な彫刻のように醜く飛び出していた。本人は気絶したようでピクリとも動かない。


 囚人達が一斉に視線をレイダークへ向ける。



 「てめぇ! やりやがったな!」



 「やっちまえ!」



 「生きて出られると思うなよ!」



 それが合図とばかりに、囚人達はレイダークに襲いかかった。叩きつけらた囚人を見て臆している者はいない。圧倒的に数で勝る囚人達はまるで津波のようだった。


 向かってくる大量の囚人達を見てレイダークはため息をつく。



 「舐められたものだな」



 一見しただけでも、一対数百という無謀な構図だ。どんなにレイダークが強くてもそれは個人の力であり、圧倒的多数で襲いかかってくる囚人に立ち向かうのは無謀すぎる。数の差がここまであると、個人がどんなに強くとも集団に勝つ事はできない。


 先頭の数人がレイダークに攻撃してくる。叩き付けた囚人よりも屈強な囚人達ばかりだ。一度でも殴られれば骨が粉砕されるのは確実だった。



 「オレは大怪盗レイダークだぞッ!」



 それをレイダークは蚊でも払うようにあっさりと倒した。マントが翻り、レイダークが拳を放ったと思った時には終わっていた。一瞬だった。


 レイダークの前にはさっき襲った囚人達が白目を剥いて伸びている。



 「ほざけぇぇぇぇぇぇぇ!」



 「くそがぁぁぁぁぁぁ!」



 「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」



 大乱闘は続く。大勢の囚人がレイダークというたった一人を狙って襲いかかるが、レイダークはそのことごとくを撃退し、次々に囚人達を伸していった。


 囚人達は数で押してくるが無駄だ。レイダークとまともに戦えていない。攻撃は躱されるばかりで、その隙に反撃を叩き込まれている。囚人は地に伏して身体を痙攣させ二度と動けなくなってしまい、レイダークはたった一撃で囚人達を次々と再起不能にしていった。



 「つ、強すぎますねレイダークさん……」



 レイダークはたった一人なのに全く苦戦していない。しかも素手だ。本当に人間なのかと思ってしまう。端からみているレプリルには、レイダークと囚人の乱闘に現実感がわかない。誰かの創作物でも見せられているようだった。



 「おい、何ボケッとしている。いくぞ」



 「え? あれっ!? レイダークさん!?」



 レプリルは圧倒的なレイダークの強さに目を奪われていたが、その本人が目の前に現れた。



 「な、なんでここに? 囚人達が戦っているのは?」



 「ヤツらが相手にしているのは七百十番(リールズ)。使用者の分身を一体だけ作れる怪盗道具だ。城侵入に使った七百番(リールズビー)の下位互換だな。分身の強さは使用者の十分の一になるが、囚人達の相手なら問題ない」



 「あ、あれでレイダークさんの十分の一なんですか……ハハハ」



 レイダークと話している間も分身は囚人達に無双している。しかも分身は本気で戦っているように見えない。あれで本人の十分の一なら、レイダーク本人はどれだけ強いんだと思ってしまう。



 「ワルクト王を救出に行く。ついてこい」



 レイダークに肩を触れられるとレプリルの傷が癒えた。全快にはほど遠いが、走る分には問題ない身体になっている。レプリルは思わず自身の身体をペタペタと触ってしまう。



 「は、はい! あ、でも……」



 「その身体は八百九十番(リフリレイト)で治した。対象がどんな状態でも走れる程度まで回復してくれる。お前の身体が治ってるのはそれが理由だ」



 「そ、そうじゃなくて! いや、それもなんですけど、その……」



 「ああ、オレがここにいる理由か? 九十二番(デクレクティ)は対象を指定された世界の何処かに強制転移させる神魔宝貴(ファウリス)でな。それで来るのに手間取った。マグマの中にでも転移されたと思ったんだが、急げばすぐにレシレイラに戻れる場所だった。ツイていたと済ませていいのかわからないが」



 「違います違います! もちろんそれも凄く気になってましたけど、、そうじゃなくて……」



 レプリルは抱えているゲヴェイアを見る。



 「ぐっ……れ、レイダーク……」



 ゲヴェイアはレイダークを睨んでいるがその目に力はない。体格差のせいだろう。ゲヴェイアのダメージはレプリルより深く、立ち上がるのも難しいようだった。



 「ソイツはここに置いて問題ない」



 見ろとばかりにレイダークが指差す。レプリルがその方向を見ると、秩序警(イールミリ)の姿が見えた。「ゲヴェイア様! ルフロウです! ルフロウが参りました!」と叫んでいる。



 「シュルークがゲヴェイアに会う許可を出すワケがない。ふん、主人思いの部下を持っているじゃないか」



 ゲヴェイア救出の為にやって来たのは間違い無かった。その証拠に、秩序警(イールミリ)はゲヴェイアを見つけると、慌てふためきながらこちらへ向かって来ている。「どけっ! 邪魔だっ! ゲヴェイア様! すぐにそちらへ!」と、分身と囚人達の大乱闘を掻き分けながら走っていた。



 「レイダーク! 私は絶対に諦めんからな! 必ずぐっ……た、逮捕してやるッ!」



 「ああ、やってみろ。その日が来るのを楽しみにしている。じゃあなゲヴェイアちゃん。フハハハハハ!」



 「ま、待ってくださいレイダークさん!」



 高笑いと共にレイダークは去って行き、その後にレプリルも続く。



 「ゲヴェイア様! なんて身体に――すぐに手当を!」



 「わ、私の事などどうでもいい! ぐっ……す、すぐレイダークを捕まえろ! この先にいるっ!」



 「まずはゲヴェイア様の手当が先です! 放っておけば命に関わります!」



 「私はレイダークを逮捕できれば命などいらんッ!」



 「申し訳ありません! どんなお叱りを受けようと、私はゲヴェイア様の命が大切です!」



 「ぬぐぐぐぐ……」



 ゲヴェイアはずっと後ろで無念な声を上げながら部下(ルフロウ)の治療を受けている。傷の深さからして、このバルキザブ大監獄内でレイダークを追ってくるのは無理だろう。


 レイダークとレプリルはワルクト王の救出の為、監獄内を突き進んで行った。

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