18話 バルギザブ大監獄の隠し部屋

「あ、あの……」



 レイダークとレプリルは監獄内の奥へ奥へと走っていき、周囲が随分と静かになった。囚人と分身の大乱闘が起こっている場所は遠くなり、もう誰の声も聞こえない。延々と続く薄暗い通路があるだけで、ただレプリルの走る足音だけが響いていた。



 「私がレプリルって……その、知ってたんですね」



 「当然だ。王女の名前や姿を知らない大怪盗が何処にいる」



 「あ、ありがとうございます……」



 「民衆達はわからなかったようだがな。まあ、姫が城下にいるなど思いもしないからだろうが」



 レイダークはレプリルと違って足音が無い。完全な忍び足だ。さすが怪盗というべき歩行だった。



 「こう言うの変ですけど……テラーズ山に行った時、レイダークさんが助けてくれるか不安だったんです」



 レイダークはレプリルに振り返らず話を聞いている。



 「エクスティ婆様は信じてましたけど、レイダークさんがどう思ってるかわからないですから。昔知り合いだった女の孫娘が突然やっかい事を抱えて頼ってくるって、普通に考えたら相手にしたくないですからね」



 レプリルは王女でありながら城で命を狙われるという異常な立場だ。これだけでレプリルと関ってはいけないと察せる。事実、レプリルを助けてしまえばシュルークとの敵対を意味してしまう。実質レシレイラの王であり、さらに複数の神魔宝貴(ファウリス)まで持っているシュルークを敵にすれば、命も立場も何もかも破滅が待っているのは必至だ。


 レプリルに手を貸してはならない。


 全てが判明した今なら子供でも容易に理解できるだろう。



 「だから……すごく嬉しかったです」



 なのにこの大怪盗は、初めて会ったあの時も、城下のゲヴェイアからも、地下室のシュルークからも、先程の囚人達からもレプリルを助けてくれた。


 エクスティとした約束を守っているのだ。



 「九百十一番(ベルガル)だって、レイダークさんが元々私を許可してくれてたんですよね? 普通に考えて私が家の中に入れるワケないですから」



 「ふん、どうだかな」



 「フフフ、ありがとうございます」



 そんなレイダークを思うとレプリルの胸の奥がほんのりと暖かくなった。


 レイダークは優しい。今、一緒に走っているのだってそうだ。以前から解っていたが、城育ちのお姫様と昔話に出てくるような大怪盗の走る速度が同じ速さなワケがないのだ。レイダークが合わせてくれなければレプリルはついて行けない。



 「笑うな。オレはゴキブリの笑顔を見る趣味はないんだ」



 「わかりました。笑いません。フフフ」



 「笑うなといっただろう」



 口は悪いし性格も悪いが、優しく義理深い恥ずかしがり屋。


 レプリルの知るレイダークはそんな大怪盗だった。



 「ここだな」



 ある一画でレイダークは立ち止まった。目の前に牢屋があるが、長い間使われてないのか中は酷く汚れていた。鉄格子も錆びが酷く、手入れ以前に、人が立ち寄っていないと即座にわかる。



 「……久しぶりだな」



 こんな状態でも鍵はかかっているはずだが、大怪盗の前では無駄だった。あっさりと解錠され、こじ開けた様子なんて微塵もない。自宅の扉だと言わんばかりに牢の戸が開き、レイダークは躊躇いなく牢屋の中へ入る。


 牢屋内を注意深く観察していたレイダークは、ある壁の一点をグッと押し込んだ。



 「あっ!?」



 すると床の一部が円形に開きハシゴが現れた。隠し部屋への入り口だ。レプリルには全くわからなかったが、レイダークはあっさりと牢屋内のスイッチに気づいていた。



 「レイダークさんあっさり見つけますね。さすが大怪盗です」



 「以前来た事がある。違和感に気づくのは容易い」



 「バルキザブ大監獄に来た事あるんですか? なるほど。大怪盗とはいえ、一度くらいは捕まっちゃうモノなんですね」



 「その貧相な想像を聞くとゴキブリに格下げしたくなるな」



 「え? や、やめてください! ゴキブリなんて嫌です! ……って、この言い訳おかしい! レイダークさんが勝手に言ってるだけで私はゴキブリじゃないしッ!」



 「お前はゴキブリだろ?」



 「本気で首を傾げないでくださいッ!」



 ハシゴを使って階下に向かう。レイダークが先に下り、それにレプリルが続いた。慎重にハシゴを下りて行くレプリルだったが。



 「……あ」



 うっかり踏み外してしまった。


 バランスを崩し、そのまま階下へ落ちてしまう。



 「うわわわっ!?」



 思わずレプリルは目を瞑って怪我をするのを覚悟したが、何故かその痛みはやってこなかった。



 「わわわわっ……あ、あれっ?」



 「ふん、満足にハシゴも降りられないのか」



 先に降りていたレイダークがレプリルを見事なお姫様抱っこでキャッチしたのだ。


 レイダークはエクスティをそっと地面に下ろすと、すぐに背を向ける。



 「あ、ありがとうございます。あ、あはは。恥ずかしいですねコレ」



 「――同じ顔してアイツと同じ真似をするな」



 「はい? アイツ?」



 レイダークは答えず、そっとレプリルを下ろす。


 その後、すぐに二人は隠し部屋内を調べようとしたが、その必要はなかった。



 「……誰だ? 誰かそこにいるのか?」



 目的の人物であるワルクト・バーティ・レシレイラの声がしたからだ。



 「お父様!」



 レプリルはすぐにワルクトの元へ駆け寄った。



 「お父様よくご無事で……よかった……生きてて本当によかった……」



 手入れされていない髭と、汚れきったボロボロの服を着たワルクトは見るからに不潔だったが、レプリルは一切気にせず抱きついた。涙を流して父親と会えた事を喜ぶ。



 「れ、レプリルなのか? 何故お前がここに?」



 「レイダークさんのおかげです。レイダークさんがお父様を見つけてくれたんです」



 「レイダーク?」



 ワルクトはすぐ傍に立つレイダークに目を向けた。



 「誰かは知らないが礼を言う。娘も世話になっているようだな」



 「気にする必要はない。オレはお前の母親としばらく過ごした不埒者だ」



 「……ああ、なるほど。今思い出したよ。君がそうなのか。母様からよく聞いていた」



 「お父様、レイダークさんの事を知ってるの?」



 「多少はな。だが、今この目で見るまでは信じていなかったよ」



 ずっと閉じ込められていたからだろう。ワルクト自身で立ち上がるのは難しく、レプリルの助けを借りなければ歩く事もままならない。苦悶の表情はないが身体の衰弱は激しく、満足に動けないようだった。



 「やはり無くなっているか――――――待て、動くな」



 「ど、どうしたんですか?」



 あとはこのバルキザブ大監獄を出るだけだったが、それをレイダークを制した。レプリルとワルクトを庇うように前へ出る。



 「レイダークさんもしかして……」



 「ああ、お前の思っている通りだ」



 それはズウンと、地鳴りが聞こえると同時だった。

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