19話 浄獄使バルギュルグ

「あっさり見つけてくれるじゃねぇかぁ。誰にもわからず悟られずぅ。ソイツ(ワルクト)を閉じ込めんのは苦労したってのによぉ」



 現れたのはレプリルを痛めつけた看守だった。上階に戻るハシゴの前に立ち、その巨躯でこちらを見下ろしている。


 完全に逃げ道を塞がれた。あれでは無理矢理ハシゴまで行っても、登ってる途中で攻撃されてしまう。殴られただけで潰されてしまいそうだ。



 「んん? お前がシュルーク様の言ってたレイダークかぁ? すんげぇ偉そうな顔してんなぁ。そんで、すんげぇ弱そうな顔してんなぁ。ゲヘヘヘ」



 看守はジロジロとレイダークを見ると下品に笑った。



 「シュルーク様から言われてんだぁ。姫は殺さなきゃよしぃ。レイダークを見つけたら殺してよしぃ。で、この部屋に入ったヤツは殺してよしぃ」



 何を想像しているのだろう。看守は恍惚な顔で息を荒くしていた。



 「てことはぁ。この部屋に入ったら殺していいんならぁ。そこの姫様も殺していんだろぉ? 俺さぁ。可愛い子を殺すのが夢で看守になったんだぁ。看守は囚人を殺してもいいからよぉ。可愛い子がここへやって来るのずっと待ってたんだぁ。しかもその可愛い子が姫様なんてぇ。どうにかなっちまうよぉ!」



 「最近の看守ってのはバカなのか? 吐きそうな間抜け面で臭い口を開き、知性の欠片も無い事を言ってくる」



 「ああ~やったぁ~。可愛い子殺れるぅ~。姫様殺れる~。感激だなぁ~」



 看守がゴソゴソと懐を探ると、そこから腕輪を取り出した。巨躯な看守でも問題なく装備できる腕輪で、馬車に取り付ける車輪くらいの大きさだ。暗がりの中で淡い黄金色に輝いている。



 「レイダーク。お前は弱そうだけどなぁ。俺は油断しねぇ。お前は殺さなきゃならなぇ。なら全力だぁ」



 その腕輪を看守は右手首に装備した。



 「この六十九番(トリリアブート)で殺して――」



 「そうか」



 レプリルとワルクトには何が起こったのかわからなかった。わかったのは結果だけだった。



 「はれぇ?」



 一瞬だった。


 レイダークが何か振るったと思ったら、看守の右手首が地面に転がっていた。



 「あれぇ? 俺の手首ぃ? あれれぇ?」



 看守は自分の右手首から先を見て首を傾げた。あまりに速かったせいないのか、それとも鈍感が過ぎるのか、痛みを感じている様子はない。他人事のようになくなった右手部分と、転がっている右手を交互に見ていた。



 「シュルークのヤツは一体いくつ神魔宝貴(ファウリス)を掘り起こしたんだ? 短期間でこんなに手に入れられるモノじゃないはずだが」



 いつからあったのか、レイダークの手に短刀が握られていた。短刀から血が滴っており、それが何を意味しているかすぐにわかる。



 「九十二番(デクレクティ)の不可解さも含め、何かありそうだな」



 レイダークはこの場にいる誰もが反応できない速さで手首を切断したのだ。



 獲物を追い詰めた狩人のように、レイダークは看守へゆっくりと歩いて行く。



 「さて、次は何処を跳ば(切断)されたい?」



 その気になれば首も跳ばせるとばかりに、短刀を看守の腹に押しつける。



 「お、お前ぇ……」



 看守の体はレイダークの何倍もあるのに、その体格差は何の脅威にもなっていなかった。


 動けばレイダークに殺される。この隠し部屋から逃げられないようにした看守だが、逆にその看守がレイダークから逃げられなくなっていた。



 「げひゃひゃひゃ。勝手に跳ば(切断)せよぉ。腕でもぉ足でもぉ首でもぉ。俺は困らないからなぁ」



 ただのハッタリにしか聞こえなかった。実力差は明確であり、看守はレイダークの速さに反応できない。一瞬で刻まれて死ぬ。なら、せめて強がるくらいはしてやろう。看守はそんな醜いプライドを見せているとしか思えなかった。



 「お前レイダークだろぉ? なのにの真の使い方を知らないのかよぉ。だせえなぁ」



 だから、看守の手首が戻ってくるなど思いもしなかった。


 そして、その手首にある六十九番(トリリアブート)が看守の身体にめり込むように沈んでいく。



 「――神魔一体(バーゼーガー)だと!?」



 危険を感じたのだろう。レイダークは看守からすぐに距離を取った。



 「その神魔一体(バーゼーガー)だぞぉぉぉぉぉぉぉッ!」



 バグンッ! と、看守の心臓部分が爆発したように跳ねたかと思うと、その変化は始まった。



 「な、何が起こってるんですかッ!?」



 看守の全身が膨れ上がり、爛れた風船とも言うべき身体が形成されていった。


 足はなくなり、腕と頭だけが球体から生えたような姿に変化していく。口はただ陥没しているようにしか見えないが、常にそこからは自身(看守)の肉(汚泥)が垂れ流されていた。さらに全身の皮膚からは時折、間欠泉のように体液が噴き出し、強烈な匂いが鼻を突く。



 「アヒャヒャヒャヒャ! 力があふれてくるぅ!」



 看守の全身は生理的嫌悪の塊だ。元が巨躯なのもそれに拍車を駆けている。常人ならあの身体に触れてはならないと、本能が警告を鳴らすだろう。



 「シュルーク様ぁ! これでレイダークをグチャグチャに殺せますぅ! レプリルをグチャグチャに犯せますぅ!」



 人であった形跡が消え去った。


 今の看守は化け物と呼ぶに相応しい存在になっていた。



 「カス(シユルーク)が神魔一体(バーゼーガー)を許すとはな……」



 「な、何なんですか神魔一体(バーゼーガー)って?」



 「聞いた事があるぞ……」



 答えたのはワルクトだった。



 「それ自体が奇跡の力を持つ神魔宝貴(ファウリス)だが、その神魔宝貴(ファウリス)を所持者が取り込んだ時、その奇跡は際限の無い力に変化する。それは神魔一体(バーゼーガー)と言われていると」



 「そうだ。よく知ってるじゃないか坊ちゃん」



 関心するようにレイダークは頷いた。



 「それぞれの神魔宝貴(ファウリス)が持つ力は決まっている。だから、一つ手に入れたら何でもできるってワケじゃない。炎を操る力が欲しいヤツが、水を操る力を手に入れても意味がないからな。だが、神魔宝貴(ファウリス)を取り込めば何でもござれだ。取り込んだ神魔宝貴(ファウリス)が炎を操る力がだろうと、水を操る力がだろうと関係無い。神魔宝貴(ファウリス)は使用者の想像そのままの力となる。ただ、取り込んだ神魔宝貴(ファウリス)は無くなるし、姿形は一生アレで、精神は己の欲望一直線になるがな」



 レイダークは看守を指差した。



 「アギャハハハハ! まだまだ力が溢れていくぞぉ!」



 看守は化け物になった自分を一切気にしていないようだった。神魔一体(バーゼーガー)による力に酔いしれており、自身の姿を顧みようとしていない。



 「しかしわからんな。どうしてカス(シユルーク)は神魔一体(バーゼーガー)をさせたんだ?」



 「レイダークさんを確実に殺す為じゃないんですか? あの看守がレイダークさんとまともに戦って勝てるとは思えませんし」



 「オレを殺すため看守に神魔宝貴(ファウリス)を使わせるのはまだ理解できるが、神魔一体(バーゼーガー)をすればその神魔宝貴(ファウリス)は消滅する。それを使い捨てるとは考えにくい。神魔宝貴(ファウリス)は人間の一生をかけても手に入らないと言われている秘宝なんだ」



 「たしかにそうですね……」



 シュルークは神魔宝貴(ファウリス)というモノがあったから今があるのだ。事実、神魔宝貴(ファウリス)を使ってワルクトの偽物を作り好き放題している。だからゲヴェイアはシュルークの手の平で動かされたし、レプリルは城から逃げ出さねばならなかった。レイダークと戦った時も神魔宝貴(ファウリス)が無ければ勝てなかったはずだ。


 なのにシュルークは、その虎の子とも言える神魔宝貴(ファウリス)の一つを看守に渡している。そんな大事なモノを渡すのは、相当な信頼がある者でも難しいはずだ。



 看守が神魔宝貴(ファウリス)を持っているのは違和感しかない。



 「なんかゴチャゴチャうるせぇなぁ」



 化け物(看守)の目がギョロリとレイダークに向けられた。



 「うるせぇヤツはぁ。このオレぇ。浄獄使バルギュルグが浄化してやるうぅ!」



 その目は本能的嫌悪を抱かせ、視線だけで相手を汚せてしまえそうだ。レプリルやワルクトではバルギュグの目を見続けるのは耐えられないだろう。


 バルギュグの腕が振り上げられる。



 「浄化だレイダークぅぅぅ!」



 バルギュグの腕は吹き出す体液に塗れているため、そのまま防御するワケにはいかない。あの体液は神魔一体(バーゼーガー)によって生まれたモノだからだ。十中八九、人体に悪影響だ。触れた瞬間溶けてしまう可能性だってある。攻撃にせよ防御にせよ、レイダークはバルギュグに身体を触れず戦わなくてはならない。



 「レイダークさん!」



 「騒ぐな」



 レイダークは難なくバルギュグの攻撃を避けると、そのまま短刀を額に刺しに行った。



 「こんなノロマにオレが負けるか」



 完全にバルギュグの攻撃を読んでいる動きだ。レイダークは確実な隙をついており、バルギュグはまともに攻撃をくらうしかなかった。


 レイダークの短刀がバルギュグの額に突き刺さる。直撃だ。しかし、苦い顔をしたのはレイダークだった。



 「ちっ、面倒だな」



 短刀を刺したままレイダークはバルギュグから離れる。直後、短刀はズブズブとバルギュグの額に飲み込まれていった。当然、ダメージは無い。



 「エゲヘヘ。そんなもんがぁ。俺に通じるわけねぇなぁ」



 バルギュグはレイダークを馬鹿にするように笑った。



 「剣だろうとぉ槍だろうとぉ斧だろうとぉ鞭だろうとぉ鋼鉄車(ドルネイル)の砲撃だろうとよぉ。俺には通じねぇ。触れた瞬間よぉ。俺の体がぁ。武器をあっという間に腐らせて飲んじまうからなぁ」



 バルギュグの言う通りだ。さっきの短刀を見る限り、どんな武器で攻撃しても結果は同じだろう。バルギュグの身体に触れた瞬間武器の切っ先が腐って攻撃が止まり、そのまま飲み込まれる。


 この場にバルギュグにダメージを与えられる武器はなかった。



 「ふん、その程度で何故勝ち誇れるんだ?」



 レイダークは懐から赤い小石を取り出すと、それを指で挟んでバルギュグに向けた。



 「オレは面倒と言っただけだ。打つ手が無いとは言っていない」



 瞬間、その小石から炎が吹き出しバルギュグを包んだ。



 「ぎゃああああああああああああ!」



 「神魔一体(バーゼーガー)はお前が望む力をそのままくれるんだぞ? 想像に具体性が足りないんじゃないのか? これが三百番(ブレジオン)の炎とはいえ、燃やされているようではな」



 バルギュグの全身を燃やす炎は消える様子がなかった。いくら払っても意味がない。勢いが衰える様子はなく、対象をこの世から消そうとする意志すら感じる炎だ。マグマがもたれかかったようにも見えるその炎は、ある種の怨念に見えてしまう。


 地獄の炎。そんなモノがあるなら、バルギュグを燃やしているこの三百番(ブレジオン)がその炎だった。



 「どうした? 神魔一体(バーゼーガー)をしたクセにもう終わりか?」



 そんな炎なのに周囲に燃え移る様子が全くない。きっと三桁(レーゼン)だからだろう。派手な見た目に対して、熱もほとんど伝わらない。この炎は対象だけを燃やし尽くすようだった。



 「れ、レイダークぅぅぅぅぅ!? ゆ、ゆざないぃぃぃぃぃ! ぎいいいいいい!」



 「おーおー、調子に乗っていた弱者が吠えている姿は楽しいな。どうだ、勝ちを確信して舐めた相手に負ける気分ってのは? 最低の気分だろ? こっちは最高だがな。フハハハハハ!」



 レイダークはバルギュグに見せつけるように大笑いした。完全に勝ちを確信している。楽しくてしょうがないという顔だ。相手に屈辱を与えるのが好きなレイダークにとって、獲物を前に舌なめずりするのは最高に気持ち良いのだろう。これからもどんな時も続けるに違いない。



 「アレだけ見たら悪とか敵にしか思えませんね……」



 「現状だけを目視して判断してはならないという良い例かもしれんな……」



 レプリルとワルクトは笑っているレイダークを見て素直にそう思った。



 「神魔一体(バーゼーガー)したら最強になる。それしか考えなかったんだろ? 想像には具体性がいる。自分の望む力というモノは自分の考えで作り上げられるからだ。だから、無意識下にある恐怖や劣等感なんてのが神魔一体(バーゼーガー)にはモロに出る。お前が燃やされているのは、お前自身が火を恐怖しているからだ。虐待でもされてたのかお前?」



 レイダークは全く同情していない目をバルギュグに向ける。



 「お前がどうして火に弱いかのかなんてどうでもいい。どんな人生、どんな過去、そんな事にはこれっぽっちも全ッ然興味はない」



 レイダークの手からビー玉のようなモノが転げ落ちる。そのビー玉は壁にコツンとぶつかると小さな音を立てて爆発した。煙が巻き上がり、すぐにその煙が晴れると壁に穴が空いていた。



 「お前はそこの二人の敵になった。つまりオレの敵になった。それだけだ」



 外だ。穴の向こうは晴れた空と荒野が広がっている。



 「し、死ねぇぇぇ! レイダークぅぅぅぅぅ!」



 燃えた身体のままバルギュグがレイダークに向かってきた。何も考えてない突進だ。このまま死んでたまるかと、レイダークに一矢報いるつもりのようだ。体格差だけはバルギュグが圧倒的に有利のため、捕まえればバルギュグが勝てる。バルギュグの巨体に捕まれば、いかにレイダークでも耐えられない。あっさりと全身が粉砕されるだろう。



 「ふん」



 レイダークは両腕を引くと、バルギュグの接近に合わせて大きく突き出した。



 「失せろッ!」



 瞬間、バルギュグの身体が穴の向こうに吹き飛んだ。その勢いは凄まじく、あっという間にバルギュグの姿が見えなくなってしまう。叫び声すら聞こえなかった。


 バルギュグは彼方へと消え、穴から流れてくる風が結果を告げていた。



 「い、今の何ですかレイダークさん?」



 「ん? ああ、なんで穴が空いたのか不思議なのか? オレ手製の小破爆弾(コスモス)を使ったんだ。壁一枚くらいなら問題ない。このビー玉みたいな外見が特徴で、量産が難しいのが難点だ」



 レイダークは「これは怪盗道具だが三桁(レーゼン)ではない」と付け加える。



 「いや、それもですけどその、吹き飛ばした事の方が気になるなーと。あの巨体を一瞬で地平線の向こうまで吹き飛ばしましたし……」



 「あれくらい大怪盗ならできて当たり前だろ?」



 「ですよねー。大怪盗ならできて当たり前ー」



 いつものごとくレプリルは頷いた。



 「お前達は上から出ろ。今の状況ならゲヴェイアはお前達を保護するはずだ」 



 「上から出ろって、レイダークさんは?」



 レイダークは小破爆弾(コスモス)で開けた穴に足をかけた。



 「オレはここから出て行く。ゲヴェイアはオレを捕まえたくてたまらんだろうからな」



 フッとレイダークは笑った。



 「坊ちゃん(ワルクト)がここにいるのも、お前(レプリル)を追い詰めたのも、ゲヴェイアを手の平で操っていたのも、全部あのカス(シユルーク)だ。あのカス(シユルーク)がレシレイラ王国を変えてしまった。ヤツが自分勝手にやったせいで今の状況になっている」



 レイダークは壁の穴から下を覗き込み、思った通りとでも言うように頷いた。外の風景を見る限りここはかなりの高所のはずだが、レイダークにとって問題無い高さのようだった。



 「あのカス(シユルーク)は必ず片付ける。オレの不始末(十五番を取られた件)も関係あるしな」



 レイダークはマントを外しその上に足を乗せると、マントは魔法の絨毯のように浮遊した。



 「エクスティに会えたらお前達の事を伝えておく。デキの悪い息子と孫だが、ほんの僅かだけ見所があったと。まあ、オレは地獄行きだろうがな」



 「……え?」



 壁の穴から差し込まれる太陽光はレイダークの顔を隠している。目を細めるくらいの光が牢屋内に差し込んでおり、レプリルはレイダークの表情を確認できなかった。



 「レプリル。お前なら絶対にこの国を導ける王女になれる。ゲヴェイアを庇うなんて、相当な器が無ければできない。自信を持て。お前は凄いヤツだよ。エクスティもそう思っているはずだ」



 「ちょ、ちょっと待ってください! それってどういう意味ですか!?」



 「エクスティのような立派な王女になれ。そして死ぬ時はしわくちゃのババアになって笑って死ね。わかったな」



 「だ、だから意味がわかりませ――」



 レイダークはレプリルの疑問に答えてくれなかった。



 「うわっ!?」



 盛大に埃を巻き上げてマント(三桁)に乗ったレイダークは行ってしまった。慌てて外を見ると、レイダークの姿は随分と小さくなっていた。かなり遠くに行っている。あんなに離れてはレプリルの声は届かない。いや、届いたとしてもレイダークは振り返ろうとしないだろう。



 「……まさかレイダークさん」



 方向からして行き先はレイシレイラ城だ。


 レイダークはレプリルに言った通り、シュルークと決着をつけに行ったのだ。



 「いけない。レイダークさん死ぬ気だ」



 「死ぬ? 彼は不死身と聞いているが……ぐっ」



 ワルクトが膝をついた。かなり苦しそうだ。さっきまでは色々とあって気丈にしていたのだろう。長い間こんな所に閉じ込められていた無理は隠しきれないようだった。



 「ふええ~怖いよルフロウママぁ~。早くレイダークの所に連れて行ってよぉ~」



 「大丈夫ですよゲヴェイアちゃん。きっとこの先にレイダークがいますからね~。逮捕して気持ちよくなりましょうね~。ママも気持ちよくなるよ~」



 何やら上から声が聞こえ、この隠し部屋に二人の人物がやってくる。



 「ママ――――ッ!? ゴホンゴホンゴホゴホ。おい、ルフロウ。お前は私を過剰に心配しすぎだ。私は一人で立てる」



 「はっ、失礼致しました」



 ゲヴェイアとその部下のルフロウだ。ゲヴェイアは最低限の手当はされたようだ。問題なく立てる程度には回復している。さっきまで何故かルフロウに抱きかかえられていたようだが、レプリルにとってどうでもいい事だった。



 「ゲヴェイア。父をお願いします」



 「……こんどは本物のようだな」



 ゲヴェイアは警戒するようにワルクトを見ていたが、すぐにルフロウに指示をした。



 「ルフロウ。すぐに王を保護できるな?」



 「はっ、このバルキザブ大監獄には私の手の者がおります。お任せを」



 言われてルフロウはすぐに隠し部屋から出て行った。ワルクトを保護するための手配に向かったのだ。素早い行動だった。



 「王は秩序警(イールミリ)警正長官である、このゲヴェイア・ダンデライ・シュトラルガが責任を持って保護します。ご安心を」



 「頼もしいですね。少し前まで私の命を狙っていた人とは思えません」



 「私は王(ワルクト)に仕えています。シュルークに従う意味も義務も義理もありません……ヤツに仕えた恥はできてしまいましたが」



 ゲヴェイアが「ぐぐぐ」と、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。シュルークの手のひらで踊らされた過去ができたのは相当嫌なようだった。



 「ここは公の場ではありません。無理な話し方をする必要はありませんよ。私も気持ち悪いですし」



 「わかりま……いや、わかった。では、改まった態度はやめておこう」



 ゲヴェイアは隠し部屋を見渡す。



 「レイダークの姿がないな。ヤツは何処にいった?」



 「……あの人はレシレイラ城に行きました。シュルークと決着をつけるために」



 「何!? ちっ、すぐに追わなければ――」



 「ゲヴェイア。私も連れて行きなさい」



 レプリルは凜とした姿勢で言った。



 「あの人は死ぬ気です。私はそれを許すワケにはいかない」



 「死ぬ? あのクソ怪盗が? ヤツは不老不死じゃないのか?」



 首を傾げるゲヴェイアにレプリルは首を振った。



 「おそらく、あの人は全神魔宝貴(ファウリス)の返却が終わっています。もう不死身じゃない」



 詳しい事は後で話すと、レプリルはゲヴェイアを急かした。



 「早く! あなたもレイダークの所へ行きたいんでしょう! 逮捕したいのでしょう! 私も連れて行きなさい!」



 「わ、わかった……」



 レプリルの圧に押されてゲヴェイアは頷いた。



 「レイダークさん……」



 もう空と荒野の向こうにレイダークの姿はない。


 レプリルは拳を握りしめ、レイダークが去っていた方角を見ていた。


 この光景が夕日に染まる前――――きっと全ての決着が着く。

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