最強大怪盗レイダークはこうして世界を救う

三浦サイラス

第1話 大監獄での大怪盗

バルキザブ大監獄は王国全土で最も堅牢で鉄壁で盤石と言われている建造物だ。


 ただの一人も脱獄を許さず、ただの一人も刑期を終える囚人はいないと言われており、夢も空想も妄想もここでは抱けない。入獄すれば、その者の人生は奴隷か狂人か私刑リンチの三択となるからだ。その三択は人が持つあらゆる権利を剥奪し、やがて人間性すらも奪う過酷を強いていく。


 レシレイラ王国の東に位置し、荒れ狂う荒野を支配するように建つ、この囚人の墓場に近づく者はいない。バルキザブ大監獄は周囲をウロつく者にも容赦がなく、即座に捕縛し入獄させるからだ。バルキザブ大監獄は近づく事は、それだけで重罪なのである。



 「全ての牢屋が開きました! これで監獄内は囚人達の大暴れでパニックです!」



 「ほう、多少はオレの真似ができるようになったか」



 そんな誰もが絶対に投獄されたくないバルキザブ大監獄だが。



 「えへへへー。ありがとうございます」



 「ふん、このくらいの解錠魔法(リブラル)で図に乗るな」



 ある二人の侵入者のせいで全囚人達が自由になるという、大事件が起こっていた。


 まさかの事態に囚人達は大喜びで暴れ回っており、刑務官達が総出で対処している。しかし、全囚人達が相手では人数差が歴然で装備も足りない。応援はとっくに要請しているが、すぐにはやって来れない。しばらく十倍以上の戦力差をどうにか耐えなければならなかった。


 そのため、刑務官側にこの事態を起こした二人を見つける暇や捕まえる暇はなく、放置せざるを得なかった。



 「全てはオレの持つ神魔宝貴ファウリスがあったからこそ。だから、お前の未熟な魔法で全牢屋の解錠なんて真似ができたワケだ」



 威圧的な雰囲気を纏わせ、油断のない目つきで周囲を警戒している三十代前後の男が皮肉交じりにそう言った。



 「えー、ダークさんの意地悪ー。少しは良い気分にさせてくださいよー」



 のほほんと親しみやすい顔をしつつも、前を走る男にしっかりついて行く十代の少女は抗議するように頬を膨らませる。



 「ふん、ならばカメムシ程度に認めやろう」



 彼の名はレイダーク。



 「え、嘘!? ダークさんいつからそんなに優しくなったんですか!? 普段ならノミにも劣る下等生物くらいは言ってくるのに!」



 彼女の名はエクスティ。



 「オレは最初から優しいぞ」



 「カメムシって言うくらいで優しい判定になるレイダークさん。なんて凄いんでしょうかッ!」



 囚人服を着ているこの二人に気づいている者は誰もいない。レイダークとエクスティは暴れ回る囚人達に紛れて目的の場所を目指していた。



 「ここだな」



 レイダークは奥まで見通せない程無数に並んでいる牢屋から一つを選び、その誰も居ない牢屋内に入ると床に手を置いた。



 「…………この真下だな。破壊しろエクスティ」



 「はいっ!」



 エクスティはレイダークに指定された床に右手を向け、静かに目を閉じて言い放つ。



 「爆破魔法(ブラスト!」



 瞬間、床が爆発し、一人が飛び込むにはちょうど良い円形の穴が開いた。



 「ふっふっふ、どうですかダークさん。得意魔法だと魔法のキレ味がひと味もふた味も違いますよ。ホールケーキ職人もビックリ仰天な綺麗な穴です」



 「そうだな。お前の言う通りだ」



 「……え? そ、そんなバカな……ま、また私を褒めるなんて絶対におかしい……あ! わかりました! 新しい呪いにかかったんですね! 考えてみると最近のダークさん何処か変ですもん。我ながら名推理です」



 「……そうかもな」



 自信満々に答えるエクスティを横目に、レイダークはボソリと呟きながら穴に飛び込んだ。続いてエクスティも飛び込むが、バランスを崩し頭から落ちてしまう。



 「うわわわっ!」



 思わずエクスティは目を瞑って、頭から地面に突っ込み鼻血を垂れ流すのを覚悟した。しかし、何故かその痛みはやってこなかった。



 「ふえっ?」



 「一度くらいはまともに着地してみろ」



 先に降りていたレイダークがエクスティを見事なお姫様抱っこでキャッチしたのだ。 レイダークはエクスティをそっと地面に下ろすと、すぐに背を向ける。



 「あ、ありがとうございます……お、お姫様抱っこされちゃった……」



 「本物の姫が何を言っている」



 顔を染めて礼を言うエクスティに見向きもせず、レイダークは降り立った部屋を見渡した。


 牢屋より多少広い程度の部屋で、壁に四方を囲まれている。完全な隠し部屋だ。レイダークが見つけなければ、バルキザブ大監獄が崩壊でもしない限り誰の目にも触れなかっただろう。



 「あれか」



 レイダークは隠し部屋中央の床が淡く光っているのを確認すると、懐から単行本程度ある大きさの本を取り出した。


 傍目からでもページが焼けているのが解る本で、表紙の所々も削れている。落とせば、それだけでバラバラになりそうな古い本だった。


 レイダークはその本を光る床に置くと、本は床に飲み込まれるように沈んでいく。



 「これで二つめですね」



 エクスティはそれを確認するとレイダークの顔を見て微笑んだ。



 「そうだな」



 「これからも頑張ってくださいね。私、応援してますから!」



 「監獄混乱を厭わない姫に応援されるのはどうもな」



 「いいんです。全てはダークさんのためなんですから。えへへ」



 エクスティは弾けるような笑顔をレイダークに向ける。



 「…………何か願いを言ってみろ」



 「え?」



 牢屋に戻ろうとしたエクスティは、キョトンとした顔で背後にいるレイダークへ振り向いた。



 「お前とはこれで最後だからな。一回くらいは、この大怪盗がお前のために動いてやる」



 「ほ、本当にどうしちゃったたんですか!? ドSが通常定期普通運行のダークさんがそんな事を言うなんて、ものすごくらしくないような……」



 「無いならいいぞ。これでさよならだ。じゃあな」



 レイダークは前にいるエクスティを素早く抜き去り、さっさと牢屋へ戻ってしまう。



 「な、無いなんて言ってません! ありますよッ! あと、私を置いてかないでくださいッ!」



 すぐにエクスティも続いて牢屋に戻り、二人は外の様子を伺った。


 今も牢屋付近には誰もいない。刑務官と囚人の争いが遠くから聞こえるだけだ。二人が気づかれないための陽動はまだ機能しているようだった。


 刑務官が要請した応援が来るまで、まだ時間の余裕はある。これならバルキザブ大監獄からの脱出は容易にできそうだった。



 「あの、バカにしないで聞いて欲しいんですけど……」



 エクスティは願いを口にした。


 レイダークは黙ってその願いを聞いた。

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