第6話 お話する大怪盗
「レイダークさんは一体何をやったんですかッ!?」
ラデーズ山にある隠れ家に帰り、エクスティは興奮気味にレイダークへ質問した。
「相手を幼女にする二百十番(ダルパイパー)という神魔宝貴(ファウリス)を使った。鋼鉄車(ドルネイル)から顔を出している時にな。裁縫針の形をした神魔宝貴(ファウリス)だが、刺されても痛みはほとんどない。蚊に刺されたと思うのがせいぜいだろう。刺さった瞬間、二百十番(ダルパイパー)は一瞬で対象に溶け込む。ゲヴェイアはいつ何をされたかなど、絶対にわからん」
木製の細長い机を挟んでレイダークとエクスティは椅子に座っているが、お互いの視線は合わさっていない。エクスティは目を爛々と輝かせてレイダークを見ているが、レイダークはエクスティに目を向けていないからだ。会話をしてやってるだけマシとでも言うように、明後日の方向を見ている。
「神魔宝貴(ファウリス)って本当にあったんですね! すごいです!」
「オレは大怪盗レイダークだ。神魔宝貴(ファウリス)程度持っていて当然だ」
「すごいすごい! 婆様や父様が聞かせてくれた昔話の通りですッ!」
ファサッと髪を払うレイダークは完全に調子に乗っていたが、それをさらに調子づかせるようにエクスティは拍手する。
「でも、昔話の通りだとレイダークさんは何歳なんだとか、どうして生きてるんだとか色々な疑問が浮かんで来るのですが」
「それがどう疑問になるんだ? 何も気にする必要が無いな」
「ですよねー。さすがレイダークさんですー。オレ様主義もすごいですー。唯我独尊が半端ないですー」
聞いても答えてくれない以前の問題なので、エクスティはこれ以上ツッコむのをやめた。
「この隠れ家も九百十一番(ベルガル)という神魔宝貴(ファウリス)だ。持ち主が許可した者以外には見えず、許可外の者は別の場所に九百十一番(ベルガル)が建っていると錯覚する。偽の九百十一番(ベルガル)は侵入できるし、内部も全く同じ作りだから偽物とはわからん」
「あー、なるほど。だからだったんですね」
ゲヴェイアも兵士達も気づかず、全くの別方向へ砲撃していたのはこういう事だった。エクスティは本物の九百十一番(ベルガル)へ入ったから危機を免れたのだ。
「…………あれ?」
しかし、そうなるとエクスティは許可された人物になる。九百十一番(ベルガル)が神魔宝貴(ファウリス)な以上、レイダークが許可しなければならない。だが、レイダークとエクスティは初対面だ。何の面識もなければ、お互いに何も知らない。そもそもレイダーク(唯我独尊)がエクスティを気遣う理由がない。
「あのー、なんで私ってレイダークさんの九百十一番(ベルガル)に入れたんでしょうか?」
「さあな。勝手に入られて迷惑でたまらん」
「ええ? 入れた理由なんて私もわかりませんよ」
「何の脅威にもならん空気に等しい愚者は九百十一番(ベルガル)の効果が発動しないらしい。ダンゴムシのせいで短所がわかって腹が立つ」
「そこは問題点がわかって感謝していいところだと思いますッ! って、何か変なツッコミですけど!」
お門違いな怒りに物申すエクスティだったが、レイダークには何ら響いていない。相変わらずエクスティと視線を合わせず、呆れるような軽いため息をつくだけだった。
「しかし、お前は神魔宝貴(ファウリス)も知らないのか。とんでもない無知女だな。その辺の子供でも知っているぞ」
「知ってますよッ! ただ、昔話でしか知らないので驚いただけですッ!」
レイダークの神魔宝貴(ファウリス)は昔話で有名だ。むしろ、子供達はレイダークが神魔宝貴(ファウリス)を使って様々な活躍をするのが好きなので。レイダーク本人よりも神魔宝貴(ファウリス)の方が話題になる。子供達がレイダークごっこをする時は、自分で考えた神魔宝貴(ファウリス)で遊ぶくらいで、エクスティも小さい頃は城でよくやっていた。
でも、ここで本人に「レイダークさんより神魔宝貴(ファウリス)の方が大人気です」と言ったら、またヘソを曲げそうなので口にチャックする。
「そうか。ダンゴムシでもそれくらいは知っていたか」
「ダンゴムシじゃないですッ! 私は人間ですッ! お姫様ですッ!」
机の上でバタバタと手を動かして抗議するエクスティだが、もちろんレイダークは見ていない。
「でも、レイダークさんが生きてるのは信じられないです。昔話に出てくる本人なら、千年は生きてる事になりますし」
「神魔宝貴(ファウリス)を使って生きているとは思えないのか? 神魔宝貴(ファウリス)には人を幼女に変えられる道具なんてのがあるんだぞ? あり得ない事を起こせて当たり前だ」
「え? 年齢について話してくれるんですか? さっきのやり取りからして、てっきり流されたモノかと」
否定された話題だと思っていたので、エクスティは突然の返答に目を丸くしてしまう。
「別に話さなくてもいいが? 話すメリットは無い」
レイダークはあからさまにエクスティを嫌うように首を振った。
「う、嘘ですッ! ごめんなさい! 話してください! いやー、聞きたいなー。レイダークさんについて知りたいなー。教えて欲しいなー」
「やれやれ、そこまで言うなら仕方ないな」
「……レイダークさんってちょっと面倒くさい人だな」
「何か聞こえた事にしてやろうか?」
「す、すいませんッ! つい本音がッ!」
「ふん、オレは寛大だからな。ダンゴムシのうっかりくらい許してやろう」
やれやれとレイダークは呆れつつも、エクスティの方(視線は向いてない)へ顔を向けた。
エクスティは話を戻す。
「でも、たしかに神魔宝貴(ファウリス)には人知を超えた凄い力がありますよね。神魔宝貴(ファウリス)に不老不死になれるモノがあってもおかしくないです」
「そうだな。不老不死など人が生み出せる力ではない」
「そうですよねそうですよね」
少し考えれば納得だった。神魔宝貴(ファウリス)は奇跡(反則技)の塊だ。不老不死くらあって然るべきだろう。
「まあ、そんな神魔宝貴(ファウリス)など無いがな」
「今までの会話の流れは!?」
だが、即座に否定される。
「少なくとも、オレが手に入れた神魔宝貴(ファウリス)には不老不死になれるモノはなかったが、オレは不老不死になっている」
「どういう事ですか?」
「神魔宝貴(ファウリス)を持った代償だ。持ちすぎた代償というべきか」
レイダークは他人事のように澄ました顔で答えた。
「人知を超えた道具を所持するのはマズいという事だ。呪われるのさ。オレの場合、それが不老不死だった」
何処か昔を思い出すようにレイダークは遠くを見ている。
「神魔宝貴(ファウリス)を手に入れれば自身に何らかの変化が起こるのはわかっていた。噂だけは色々とあったからな。怪物になるかもしれない、別世界に連れて行かれるかもしれない、大地と融合してしまうかもしれない、幽霊となって彷徨うかもしれない、狂って死ぬかもしれない、身体が爆発するかもしれない。人の記憶や歴史から自分そのものが消えてしまうかもしれない。と、色々な。こんな噂が盛りだくさんだ」
フッ、とレイダークは呆れたようなため息をつく。
「だが、神魔宝貴(ファウリス)を探していた頃のオレは若かった。噂など信じていなかったし、そんな呪いの類いが襲ってきても跳ね飛ばしてやると、根拠無しに思っていた。事実、神魔宝貴(ファウリス)を手に入れても自身に何の変化も起こらなかったしな。神魔宝貴(ファウリス)を手に入れのをやめようとしなかった。夢中になって集めたよ」
レイダークは饒舌に語り続ける。
「だからすぐに気づけなかった。神魔宝貴(ファウリス)による変化はとっく起こっていたんだ」
きっと不老不死だと気づいたのは相当後だったのだろう。普通は時の流れなど気にしないし、レイダークは神魔宝貴(ファウリス)を探すために世界を渡り歩いていた。そのため、レイダークの異常に気づける他人はいなかった。己に流れるべき時が無いと自覚するのは難しかったのだ。
「だが、それはオレにとって好都合だった。一度の人生程度では全ての神魔宝貴(ファウリス)を手に入れる事はできない。不老不死の呪いを喜んだオレは、さらに夢中になって世界を回った。どんな危険にも立ち向かえる身体と、己にある無限の時間を喜んだ。そのおかげで全ての神魔宝貴(ファウリス)を手に入れ、オレは人生の絶頂を味わった。最高の気分だったよ。これ以上ない宝と名声が手に入ったんだからな。そしてオレは――」
そこでレイダークはハッとした顔になる。
「ふん、つまらん話をしすぎたな」
「そ、そんな事ないですよ! もっと聞きたいです!」
エクスティはそう言うものの、本人であるレイダークが打ち切ったのだ。話はここで終わりだろう。これ以上聞きたいなら、またレイダークの気まぐれを待たねばならない。
「玉座の間、王はいなかったな」
話題を切り替え、レイダークは城内侵入の事を話し始める。
「玉座の間に現れず避難したようだな。幼女になったゲヴァイアを王のヤツにも見せたかったが仕方ないか。オレがあの場に現れ、ゲヴェイアを幼女にするのは決定事項だったからな」
レイダークはふんと鼻を鳴らすが、やりたかった事は概ねうまくいったのだろう。その顔に不満は感じられなかった。
「決定事項?」
「ただ幼女になっただけでは混乱するだけだ。元凶であるオレがゲヴェイアの前に現れ幼女にするからこそ、永遠に刻まれる恥となる。オレがゲヴェイアの姿(尊厳)を奪ったと、本人にも周囲にも自覚させなければ何も面白くない」
「ひ、ひえぇぇぇぇ……」
「尊厳剥奪。レシレイラの秩序を戻そうとしなかったヤツにはふさわしい。変わってしまった周囲の目に耐えられず震えるヤツは最高だったな」
レイダークは「くっくっくっく」と不適な笑みを浮かべる。
「玉座の間でオレにしてやられた。これはとんでもない失態だ。あらゆる手でオレを殺そうとするだろう。秩序警(イールミリ)としてもゲヴェイア個人としてもな」
「きっと血眼になってレイダークさんを探しますよ。このラデーズ山も山狩りされると思います」
「ふん、なめるな。ヤツの手駒に見つけられる程、この九百十一番(ベルガル)は安くない。この中にいる限り見つかりはしない」
レイダークは悪意に満ちた顔でニヤリと笑った。
「だが、このオレがゲヴェイアとかいう小物に対して引きこもるのはプライドが許さん」
「ですよねー。レイダークさんはそんな人じゃないですもんねー」
当然だなと、エクスティはうんうんと頷いた。
「お前は飯を作っておけ」
レイダークはおもむろに立ち上がる。
「材料はここにあるモノを勝手に使っていい。ダンゴムシを卒業する気で調理しろ」
「え? レイダークさん何処かでかけるんですか?」
「ちょっとネタを拾いに行ってくるだけだ」
「ネタ?」
「お前が気にするような事じゃない」
そう言うと、レイダークは扉を開けた先に広がるラデーズ山の闇に消えた。
外はすっかり夜だ。闇の濃さからして、本来ならとっくに夕飯を済ませてる頃合いだろう。
「レイダークさんもお腹空くんだ。不老不死なのに」
不老不死だから食べなくとも平気と思っていたが、意外にもレイダークは空腹になるらしい。
エクスティは開いたままの扉を閉め「もしかして私の手料理が食べたかったのかな?」と考えてしまうが、すぐに首を振って料理の材料探しを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます