第5話 大怪盗の神魔宝貴
「何者だ貴様!?」
ゲヴェイアが声を発すると、兵達が一斉にレイダークを取り囲んだ。同時に剣も引き抜かれレイダークに向けられる。当然逃げられる隙間は何処にもない。
「………………」
取り囲まれ、逃げ場のなくなったレイダークだが慌てている様子はない。それどころか警戒すらしていなかった。
その視線はゲヴェイアだけに向いている。
「ハッハッハッハ! 何しに来たんだお前は? 大道芸なら街中でやるべきだったな」
レイダークの出現は突然だったが問題ないと判断したのだろう。最初こそ動揺したものの、ゲヴェイアは兵士に取り囲まれたレイダークを、牢の鎖に繋がれた敵国の幹部でも見るようにあざ笑った。
「これからは三途の川で芸を披露するんだな。渡し賃にはちょうど良いんじゃないか?」
ゲヴェイアは手を掲げる。場に緊張が走り、兵士達はゲヴェイアの手が振り下ろされるのを待った。
「……そろそろだな」
黙ったままだったレイダークの口が開いた。その視線はさっきからずっとゲヴェイアに固定されている。
「なんだ? 時間稼ぎか? そんな真似、この一対多数の状況では何の意味も――」
その時だった。
突如、ゲヴェイアの身体がボウン! と、白い煙に包まれたのだ。その場からゲヴェイアがいなくなったと錯覚する程の煙量だった。
この煙に兵士達は狼狽えるが、それは僅かな時間だけだった。煙量は多いものの、蒸発するようにすぐ消えていったからだ。晴れるまで時間はかからず、すぐにゲヴェイアの姿を確認できるようになっていく。
ただし、その姿は幼女になっていたが。
「……なッ!?」
自身に起こった変化を素早く察知し、制服のポケットに入れてある手鏡で自分を確認したゲヴェイアは驚愕の声を上げた。
「なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
その声に大人特有の威圧や凄みはなかった。
小動物と見紛うような背丈、つぶらな瞳とあどけない顔に最適な可愛らしい声になっている。髪は肩程度まで綺麗に揃えられており、潤いのある唇と柔らかく滑らかな皮膚はさっきまでのゲヴェイアにはなかったモノだ。その姿は周囲へ愛くるしさを振りまいており、さっきまであった尊厳や畏怖は消え失せていた。
「バカな!? バカなバカなバカなバカなバカなッ!?」
幼女になった事実を信じられず、ゲヴェイアは自分の身体をまさぐるように何度も触る。
「フハハハハハハ! 時の流れとは残酷だなゲヴェイア。大人になるとその愛らしさが失われるとは。今の方がさっきまでの姿より異性にモテるんじゃないか?」
レイダークはゲヴェイアを見下しながら口を歪めた。
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゲヴェイアの外見は七歳児程度まで退行している。そのため、サイズの合わなくなった制服や下着が、その場で脱ぎ捨てられたように散らばっていた。今ゲヴェイアの身を包むモノは何もない。
「ううううううッ!」
ゲヴェイアは慌てて制服を掴んで前を隠すが、サイズの合わない服ではそれが精一杯だ。着られないので、ゲヴェイアは顔を真っ赤にしてその場に突っ伏した。恥辱で目に涙が浮かびそうなのをどうにか我慢し、射殺すような目をレイダークに向ける。
「答えろッ! お前はっ! お前は私に何をしたのだッ!?」
「見ての通りだ。お前の身体と心の時間を奪ったんだよ。ああ、安心してくれ。頭は子供になっていない。大人のままだよ、ククククク」
「な、なんだと!?」
ゲヴェイアはレイダークの言っている意味がわからなかった。だが、理解するしかない。事実、身体は幼女化しているのだ。結果だけがはっきりしているこの状況では何も異論を挟めなかった。
「お前は秩序警イールミリの警正統総でありながら、レシレイラ王国の治安を全く考えていない。自分以外の人間は出世のための材木としか思っておらず、国や民のために動いた事は一度もない。そんなお前が何の報い受けず、平気な顔で毎日を過ごしているのは気にくわん」
レイダークはゲヴェイアを指さす。
「よって、このレイダークがお前に罰を与えた」
レイダーク。
その名を聞いた時、玉座の間にいる全ての人間達がざわついた。
「れ、レイダークだと!?」
ゲヴェイアはその名をにわかには信じられなかった。
レイダークとはあらゆる奇跡を起こす神々の秘宝“神魔宝貴ファウリス”を全て盗んだ大怪盗の名だ。そのため、レイダークに盗めないモノは存在せず、世界中のあらゆる宝を手にしたと言われている。
だが、それらは全て昔話だ。レシレイラ王国の者なら誰もが知っている創作で、実在したと思っている者は誰もいない。そもそも、レイダークが生きていたのは千年前だ。元から信じられる話ではなかった。
「ふざけるな! レイダークなどいるわけがない!」
レイダークは昔話の人物。この世にいるワケがない。創作と現実を混同するな。
ゲヴェイアがそう思うのは簡単だったが、己の身に起こった事を考えると否定しきれなかった。人の身体を幼女にするなんて真似は、神魔宝貴ファウリスでも使わなければ不可能だからだ。そして、その神魔宝貴ファウリスはレイダークが全て手中に収めたと言われている。
ゲヴェイアの変化は、目の前の男がレイダークでなければ起こせない奇跡(悪夢)だった。
「別に信じなくともいい。ああ、これだけは言っておく」
レイダークが笑いを堪えるようにゲヴェイアを見る。
「今からそれがお前の姿だ。可愛い幼女のゲヴェイアちゃん。フハハハハハハハハハハ!」
「やれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
ゲヴェイアがレイダークを殺せと言わんばかりに手を振り下ろした。幼女の姿になったとはいえ、ゲヴェイアの命令に逆らう者はいない。全兵士は一斉にレイダークへと斬りかかった。
だが、その全ての剣は空を斬る。何人もの兵士がレイダークを斬りつけたが手応えはなく、幻のようにレイダークの身体は掻き消えていた。
そのせいで斬りにいった兵士達はバランスを崩し、積み重なるように倒れてしまう。剣や鎧がぶつかりあい、完全な事故が起こっていた。
斬りにいかなかった兵士達は周囲を探すが、レイダークの姿は何処にもない。完全に逃げられていた。
「お、おのれぇぇぇぇぇぇぇ! レイダークぅぅぅぅぅ!」
ゲヴェイアはレイダークへの憎悪を全身から迸らせる。大勢がいるこの場で幼女の姿に変えられ、さらに逃げられるなど、これまでの人生でブッチギリの恥辱だった。
「八つ裂きにしてやる! 絶対に八つ裂きにしてやるぞレイダーク!」
ゲヴェイアは秩序警イールミリの全権限を使ってでもレイダークを殺すと決めた。それは出世よりも優先されると、ゲヴェイアの精神に強く刻まれる。
「やあ、ゲヴェイア。怪盗にそんな姿にさせられて大変だね」
「シュ、シュルーク!?」
震えるゲヴェイアの元に現れたのはシュルークだった。貧民の出でありながら、実力だけで成り上がった珍しい人物で、ゲヴェイアが気にくわない者の一人だ。所謂、由緒正しい家柄ではない為、そんな人物が自身と同等の地位にいる事が許せないのである。ゲヴェイアはいつも「どうしてこんなヤツが……」と不満を露わにしていた。
「うん、とてもいい。とても可愛いよゲヴェイア」
雨に濡れる子猫に見つけた時のような優しい(気色悪い)声でゲヴェイアに話しかけた。
「随分と魅力的になったよゲヴェイア。今までとは比較にならない。そのたまらない姿と声、ボクの目と耳が離れてくれないよ」
「き、貴様ッ!」
そのせいか、その言葉は本気か挑発かよくわからない。だが、今のゲヴェイアにとって、その言葉はバカにしているとしか思えなかった。
「以前の君は醜く、こんなゴミは燃やすべきと常に思っていたけどね。あ、今は違うよ? 是非、そのまま第二の人生を過ごしてほしいな。なんならボクの元に来てよ。歓迎するから」
「黙れ! この変態がッ!」
「うん、そうだね。その通りだよ。その衣服がはだけたままの君を、ずっと見たいと思っているんだからね。ああ、最高だよゲヴェイア」
「~~~~~~~~ッ!」
石でもあれば全力でシュルークにぶつけたかったが、投げられる物は落ちていない。睨み付けるのが精一杯の反抗だった。
「二度と私に顔を見せるなド変態ッ!」
「はいはいわかったよ。そろそろこの場も収めないといけないからね」
去って行くシュルークを見て、ゲヴェイアは怒りで身体を震わせた。それがわかっているのかいないのか、シュルークは背中を向けたまま軽く腕を上げ手を振っている。
「くそッ! シュルークに! シュルークにこんな屈辱的な姿をッ!」
「お、お怪我はありませんか……その、ゲヴェイア様……」
地面に拳を打ち付けるゲヴェイアの元へ兵士がやってきた。ゲヴェイアの視線に合わせるように、腰を落として膝をつく。普段ならありえない姿勢だった。
「問題ない。ああ、タオルでもなんでもいい。何か身に纏えるモノを持ってこい」
「は、はい! 持ってまいります!」
この兵士の返事でゲヴェイアは気がついた。
「……ッ!?」
ゲヴェイアは兵士に声をかけられるまで周囲に注意していなかった。シュルークは知った人間だったため、幼女になった自分を見るその他の者達の変化をわかっていなかったのだ。
それは、これまでずっと出世だけを求め、そのために全てを利用し犠牲にし、あらゆる結果を出し、警正総統として畏怖されてきたゲヴェイアにはあり得ない事態であり光景だった。
「や、やめろ……」
さっきゲヴェイアに声をかけた兵士はゲヴェイアに魅入っていた。裸体を制服で隠そうと顔を真っ赤にしている幼女を見て可愛らしいと思っている。
そんな目でゲヴェイアを見ていたのだ。
「やめろッ……」
もちろんさっきの兵士やシュルークだけではない。
他の兵士も、国の重鎮達も、この場にいるほとんどの者達が警正総統ゲヴェイアでなく、幼女ゲヴェイアを見る目になっている。
可愛い、愛らしい、愛くるしい、あざとい、あどけない、愛嬌に溢れているといった視線に溢れており、中には性的に見る者ロリコンまでいた。
「そんな目で私を見るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゲヴァイアは涙を流して蹲り、周囲を見ないようにした。多くの視線にとても耐えられず、必死に現実逃避を試みる。
蹲る幼女の滑らかな背中が玉座の間の中央で震えていた。
恥と恐怖が綯い交ぜになったゴチャゴチャの闇が脳内を支配し、ゲヴェイアに氷のような冷たい恐怖を与えていた。
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