第4話 大怪盗はどうしてここへ?

「勝手に落ちると思ったが、なかなか根性があるじゃないかダンゴムシ」



 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……あ、ありがとうございます。って、全然嬉しくないです!」



 「嬉しくないなら、カメムシになれるよう頑張るんだな」



 「それも全然嬉しくないですッ!」



 「何故だ?」



 「本気で首を傾げないでくださいッ!」



 レシレイラ城の高所にいくつもある窓の一つにレイダークとエクスティは降りたっていた。もちろん地面まで相当な高さがある。バランスを崩せば滑り台よろしく、その後ミンチ決定だ。



 「空の上は朝の鶏くらい喚いたくせに、ここではビビらないんだな」



 「アレはいきなりでびっくりしたんですッ!」



 コホンと小さい咳払いをしてエクスティは続ける。



 「小さい頃はお城の色んな所で遊んでましたから。屋根にも出てよく走り回ってました。父様にむちゃくちゃ怒られてましたけど」



 「かなりのお転婆姫だな」



 「ハハハ、そうですね。でも婆様は褒めてくれました。それも姫の嗜みだって」



 「ふん、なかなか頭がスッとんでるババアだな」



 「否定はできませんね。「姫の嗜みだから」って、色んな事をいっぱい教えてくれたのが婆様でしたから」



 笑うエクスティだったが、そこにあるのは複雑な表情だった。声も僅かに暗い。以前と今を比べて沈んでいるのは一目瞭然だった。



 「……大好きだった婆様が死んで父様は変わってしまいました。いつでも国や民の事を一番に考えていて、慕われる優しい父様だったのに……王になってから、民衆の誰もが父様の死を願っている……」



 「ダンゴムシの頭で考えすぎると、頭が破裂するぞ」



 「私はダンゴムシじゃないです! レシレイラ王国の姫です! 王女ですッ!」



 「そうか。姫がダンゴムシでレシレイラは大変だな」



 「私は人間です! って、その言い方だと私がダンゴムシそのものになっちゃうじゃないですか!」



 「そのもの以外の意味があるのか?」



 「本気で首を傾げないでくださいッ!」



 エクスティが「キィー!」と両手を挙げてプリプリ怒っていると、それをレイダークが手で制した。


 レイダークの視線は窓の奥、その先にある玉座の間を見ている。



 「来たぞ」



 レシレイラ城の玉座の間は広い。天涯のかかった玉座以外は最低限の飾り付けしかない簡素な作りだが、何百人も収容できる広さがある。兵士達が玉座へ続く道を作るようにズラリと立ち並び、国の重鎮達も部屋内に勢揃いしているのに、まだかなりの余裕があった。



 「見ろ。ゲヴェイアだ」



 その兵士の間をゲヴェイアが鼻息荒く自信満々の顔で歩いていた。余裕に満ちており、どけと言わんばかりに胸を張っている。



 兵士達は何でもない顔だが、国の高官達がゲヴェイアを見る目は様々だ。表情から察するにあまり好意的な話ではないだろう。それだけゲヴァイアがレシレイラ王国でスピード出世している証拠だった。



 王はまだ現れていない。



 「ゲヴェイアと同程度の地位であるシュルークが何の嫌みも言いに行かない……もうレシレイラの二番手はゲヴェイアになったと認めていますね……」



 「シュルーク?」



 「玉座の傍に立っている男です」



 エクスティが指した先に、中肉中背で特に特徴のない男が立っている。ヤツがシュルークだとエクスティは言った。



 「ゲヴェイアと国の派閥を争っている者です。政務担当で……癒着の噂が絶えません。ヤツの通した決め事は賄賂の金額が大きい者の意見と言われている程です」



 「なるほど。ヤツもお前が許せない国のガンというワケだ」



 「ゲヴェイアとシュルーク……何故あの二人をお父様は放置して……」



 シュルークはゲヴェイアを無表情で見つめているが、その内は苛立ちで染まっているだろう。表情だけとはいえ、ゲヴェイアが「お前より私が上だ」とシュルークを煽っているからだ。シュルークがゲヴェイアの煽りを必死に受け流そうとしているように見える。



 「……ゲヴェイアが受けた私の処理は王命でした。この功績でゲヴェイアは王の右腕になるでしょう。これからはレシレイラの治安(武力)だけでなく政務にも関わってくるはずです」



 エクスティはギリッを口を噛む。



 「ゲヴェイアは民を苦しめている秩序警イールミリの警正総統……なんであんなヤツが政務にまで……レシレイラ王国の治安をめちゃくちゃにしたのはゲヴェイアなのに……」



 民衆を虐げた者が国の中枢に関わる。何百人もの罪無き人々を投獄する。己はどんな罪を犯そうと許される。人の命を指先一つで決める事に何の感慨も抱きはしない。


 エクスティには全く意味がわからなかった。何故そんなヤツが国の中枢を担うのだろう。こんなヤツが民や国に何の幸せをもたらせるというのか。


 ゲヴェイアは自分の利益しか考えてないのだ。当然、今この時も同じはずで、その矛先は玉座に向かっている。


 出世の執着点は最高の支配者。つまり、ゲヴェイアは王になる事ばかり考えているはずだ。


 そのために利用できるモノは利用しつくし、あらゆるモノを使い捨てる。それに民が含まれているのは間違い無く、国の中枢を担うゲヴェイアはその行動を更に加速させていくだろう。ゲヴェイアは己の利益だけを求めて生きる悪魔なのだ。


 ゲヴェイアの出世は阻止せねばならない。だが、エクスティではどうする事もできなかった。



 「あ、あれ? レイダークさん?」



 いつの間にか隣にいたレイダークがいなくなっている。何処に行ったのか周囲を見渡すが、レイダークの姿は何処にもなかった。



 「……そういえば」



 そもそも何故こんな所にいるのかエクスティは思い出す。


 レイダークはゲヴェイアに「然るべき報いを与える」と言っていた。理由は話してくれなかったが、それを実行する為にここへやって来たのだ。



 「……ん? ええ!?」



 ふと、エクスティが窓の向こうを見ると、そこに信じられない光景があった。



 「れ、レイダークさん!?」



 レイダークの姿があったのだ。どうやったのかわからないが、レイダークは玉座の間に侵入しており、その場にいる者達を騒然とさせている。


 エクスティが見つけたレイダークは、ドミノマスクをつけて玉座の間の中央に降り立っており、ゲヴェイアの前に立ち塞がっていた。

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