1-7
(しまった……また俺は間違ったことを言ってしまったか?)
ミコトは目を泳がせ、きゅっと唇を噛んだ。
「――天原はサバゲーが好きなんじゃない? 軍事マニアっぽいしさ」
窓際の席に座っている、黒髪をセンター分けにした男子生徒がそう声を上げた。
(さばげー……?)
ミコトは言っている意味が分からず、困ったようにその生徒を見つめたが、彼は端正な顔立ちに笑みを浮かべ、続ける。
「たぶん天原は恋人できたら一緒にサバゲーやりたくて、一緒にやるならそういう人がいいなーって思って言ったんじゃないの? 言葉足らずなのは海外から来たばっかだし、しょうがないよ」
その言葉でクラスの空気も和らぎ始め、再び笑いが起きる。
「あははっ! 天原くん、面白いね! 確かにそうかも!」
「うんうん! なんか、ちょっと天然入ってる感じもあるけど、悪い人じゃなさそう」
「片瀬の言う通りだよ。天原、気にすんなって、少しずつ慣れてけばいいからさ」
片瀬という生徒の助け舟を皮切りに、他の生徒達も口々にフォローの言葉をかけ始める。
「……ありがとう」
ミコトはその光景を眺めながらそうつぶやいた。彼は少しだけ胸の奥に温かいものを感じていた。
(あの片瀬という男……凄い影響力を持っているな。俺のせいで冷え切った空気を一瞬で元に戻した。素晴らしいカリスマ性だ。軍に居れば、間違いなく指揮官になれる逸材だな)
ミコトがちらりと視線を向けると、片瀬と呼ばれた男子は周囲の生徒と笑いあっていた。
(ああいう男のようになれば、学校の潜入も容易になるのだろう。観察して、参考にさせてもらおう。コミュニケーション能力が、今回のミッションの要だ)
ミコトは片瀬から視線を外し、軽く拳を握って決意した。
すっかりクラスの空気が和やかなものとなり、ミコトの隣に立っている矢吹の表情もかなり柔らかいものになっていた。
「じゃあ、とりあえず質問はここまでで。他に気になる事があったら、休み時間になったら、また天原君に聞いたり、色々と教えてあげてね。じゃあ、天原君の席は……」
「矢吹ちゃん、俺の後ろの席が空いてるよ」
片瀬が後ろを親指で指しながら、言った。彼の後ろには机が二つ並んでいるだけで、誰もいない。
それを見て、矢吹は一瞬、悲しげな顔をした。
(…………?)
「……そうだったわね。じゃあ、片瀬君の後ろの席に座ってください。天原君」
「はい」
矢吹の様子が気がかりだったが、ミコトは素直に従って指定された席に着席した。
すると、生徒たちの中から「あっ、ずるい!」「私も近くがいい!」という声が上がる。
「へへ、悪いねみんな。早いもん勝ちだ」
先程の片瀬と呼ばれた生徒は、嬉しそうに笑みを浮かべながらミコトの方に顔を向けた。
「みんなお前のこと気になってる。ここ、東京だけど郊外だから……特になんもなくて、つまんないんだ。だからちょっと変わってるお前のこと、気になってるんだよ。もちろん、俺も」
飴色の瞳を細めて、片瀬は悪戯っぽく笑った。
「俺、
片瀬に握手を求められ、一瞬ミコトは戸惑った。
(……いや。この状況下で武器を仕込むなどというのは考えにくい。むしろ、ここで握手に応じない方が不自然だろう)
ミコトは素直に差し出された片瀬の手を握った。
「ああ、よろしく頼む、片瀬」
「うん。なんか困ったこととかあったら、いつでも相談してくれよな。俺、一応クラス委員だし」
「クラス委員?」
「あれ? 天原の前の学校にはなかった? なんていうか……クラス内で決めごとするとか、そういうときにまとめたりとか、あと、先生に頼まれた雑用とかも引き受けたりとかさ。まぁ、簡単に言えばまとめ役みたいなもんだけどさ」
「なるほど。呼称が違ったので、わからなかった」
ミコトはそう適当に誤魔化したが、片瀬は特に気にしていない風に微笑んでいた。
(……なるほど。では片瀬は矢吹先生の次にこのクラスで権力を持っているということか。さきほどの求心力も頷ける。人脈の多そうな男だし、何か遺跡についての情報も聞けるかもしれない)
ミコトが胸の内で呟いていると、いきなりばん!とミコトの机をたたく者がいた。
「天原!」
そちらを見やると、斜め前に座っている女子――最初、ミコトに質問を投げかけ、口論になりかけたツインテールの少女が眉を吊り上げミコトを睨んでいた。
「あたしは
所謂美少女に分類されるであろう可憐な容姿を持つ彼女は、その外見に似合わぬ乱暴な口調で言い放った。甘茶色のつり目をさらに吊り上げて、ミコトを凝視している。
「君はさっき、無駄な質問をしてきた女子か」
「無駄って何よ! 一番有益な使い方じゃない! やれ好きな食べ物だ、好きなタイプだ……そんなくだらない質問してる暇があったら、もっと他に聞くべきことがあるでしょう!? 絶対あんたはフツーの高校生じゃない! 絶対に化けの皮剥いでみせるわよ!」
「そうか。がんばってくれ」
「なっ……なんですってぇ~!!」
ミコトは淡々と言い返すが、それが彼女の怒りを煽ってしまったらしく、ツインテールを振り乱しながら、また怒鳴られた。
(感情の起伏が激しい女だ……)
「まあまあ花崎、落ち着こうよ。天原も悪気はないと思うしさ」
「うるさい! じゃあ片瀬が面白いゴシップネタでも提供してくれるっていうの! アンタが実はどっかの国の諜報員だったとか! ほら言ってみなさいよ!」
「えー……近所の猫が出産したとか、かな」
「小学生レベルのしょうもない話しかできないなら黙りなさいよ! 片瀬のバカ!」
「あはは……」
片瀬は苦笑いしながら頬を掻く。
「何故そんなに怒っている? 俺はただの一般人だ。それ以上でもそれ以下でもない。君たちと同じだ。そうだろう?」
「どこがよ! 銃ぶっぱなして、毒物混入が見抜けなくなると困るから甘口が好きだとか、どう考えても普通じゃないわよ!」
「……君、普通というものを真に理解して言っているのか?」
「えっ、……そ、そりゃモチロン……」
「では、普通とは何だ?定義を述べてみてくれないか」
「それは……えっと……」
ミコトの問いに、花崎はしどろもどろになる。哲学的な質問をぶつけられるとは思っていなかったらしい。ミコトは、畳みかけるように続けた。
「まず、君と俺では親もちがう。生まれた国も違うかもしれない。育った環境が違うかもしれない。だから、価値観も当然変わってくるわけだ。だから君の言う『フツーの高校生』は俺にとって『フツーの高校生』ではないかもしれない。俺にとっては君の考える『フツー』は『フツー』ではなく、君の考える『フツー』は俺の考える『フツー』とは違う。つまり、お互いが認識している『フツー』とは、全く違うものだと考えられる。定義が異なる以上、同じものは存在しない。よって、普通という概念は存在し得ないという結論に至る」
「アンタ……自分が何言ってるかわかって言ってんの?」
「……無論だ」
そう言ったものの、ミコトもいまいち何を言いたいのか、自分でよく分からなくなっていた。だが、あくまで表情を変えず、仏頂面を維持している。
「つまり天原はさ、みんな違ってみんないいって言いたいって事?」
「ああ。そういうことだ。片瀬、話が早いな。個性は大事だ。尊重されるべきものだ」
やはり無表情だったが、ミコトの顔はこころなしか嬉しそうだった。
「もういいわ……でも、アンタの正体暴くのは諦めてないんだからね」
ミコトとの会話に疲れ果てたマリナが、そう吐き捨てるように言ったところでチャイムが鳴った。
「じゃあ、ホームルームを始めまーす」
矢吹が教壇に立ち、連絡事項を話し始める。
「矢吹ちゃんって、いまいち頼りないのよねえ……」
花崎が頬杖を突きながら、そうぼやいたのをミコトは聞き逃さなかった。
「む。花崎、先生の命令は絶対だ。逆らうと、袋に詰められて棒で殴られる可能性もある」
「そんなわけないでしょーが! ……たく、アンタは知らないから教えといたげるけど、アンタの隣の席、誰もいないでしょ?」
「ああ」
「その子、いじめられて自殺したのよ。……不登校になるまで、あたしや片瀬が声かけてたりしたけど、だめだった。矢吹ちゃんなんか、なーんもできなかった。甘ちゃんだから。注意したって全く怖くないしさ。虐めたやつの保護者に逆ギレされる始末だったみたいよ」
花崎は鼻を鳴らして続ける。
「生徒がヤバいって時に頼りにならないセンセーなの。矢吹ちゃんはね。だから、あんまり期待しない方がいいわよ」
「花崎、そう言う事言うのよくないよ」
「何よ。事実じゃない。片瀬もそう思うでしょ。だって、クラスみんな、あたしや片瀬にはまあまあ言う事聞くけど、矢吹ちゃんの言う事は聞かないじゃない」
「そうだけどさ……」
「だから天原、なんかあったらあたしか片瀬に言いなさいよ」
ミコトはひとまず花崎の言葉にうなずいてから、自分の隣の机を見つめた。
そこには、確かに机が一つだけぽつんとあるだけだ。机には、刃物か何かで『死ね』とか『消えろ』とか削られていた。
(銃を使わずとも、ナイフを使わずとも――人は簡単に、殺せる、というわけか)
会った事もない隣の机の主に、ミコトはかすかな感傷を覚えた。
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