3-6
「結局あまり勉強せず、雑談だけで終わってしまったな」
「別にいいっしょ。楽しかったし」
「まあね、あそこのパンケーキ美味しかったっていう発見できただけでも、俺的には収穫かな」
「それはそうだ。信じられないほどの柔らかさ、口に入れた瞬間に溶けていくような食感。まろやかでしかししつこくない甘いホイップクリーム。あのような食べ物を俺は今まで食べたことがない」
「グルメリポーターか、あんたは」
結局。二時間程度カフェに滞在してから、学校近くの駅まで戻った三人は、そのまま帰路についていた。
夏に近づいているからか、まだ日は落ちておらず、空は赤く染まっている。
「じゃ。あたし、ちょっと寄って帰るから。ママ、今日遅いって言うから夕飯作んないとだし」
手を振りながら花崎は商店街の方へ向かって行った。夕飯時だからか、結構な人通りがあった。すぐに花崎の姿は見えなくなる。
「花崎、意外と家庭的だよね」
再び話しながら、二人は帰路につく。
「そうだな。意外だった。……君は? 料理はできるのか?」
「うん、一応ね。高校入ってから、一人暮らし始めたから」
「そうなのか。俺と同じだな」
「天原もか。一人暮らし、学校帰ってからいろいろやんないとなのは面倒だけど、自由でいいよね」
「雨風を凌げる家屋があるというだけで、やはり違うな」
「ははっ、天原はやっぱなんか、視点が面白いね」
面白そうに笑う片瀬に、ミコトは不可解そうに首を傾げた。
少しの間、会話もなくただ二人は並んで歩いた。
ちらり、とミコトは片瀬の表情を盗み見る――盗み見られたのにすぐに気づいた片瀬は、目を細めて「なに?」と柔らかくミコトに尋ねてきた。
表情も、様子も、態度も、何もかも。いつもどおりの片瀬だと、ミコトは思った。
(先日の屋上での様子と、先ほどの態度は、なんだったのだろう……)
垣間見え始めた、片瀬のゆらぎにミコトは疑問を抱いていた。
「勉強会、どうだった?」
高身長の片瀬はわずかに体を屈ませて、ミコトの顔を覗き込むように聞いてくる。
「学力向上という観点で言えば、あまり有意義とは言えない」
「でも?」
片瀬に促され、ミコトはしどろもどろになりながら続けた。
「……花崎の言う通り、意味がある事だけに価値がある、というわけではないという事だと感じた。意味はなくとも、有意義な時間だったと俺も思う。……言っている意味が、自分でもよく分からないが……」
自信なさげに言うミコトに、片瀬は「そっか」と満足そうに笑った。
歩みを止めずに、ミコトはまた口を開く。
「……片瀬は、英語が苦手と言っていたが、それほどでもなかった。なぜ、俺と花崎と勉強したかったわからなかった」
「ん~……学生の勉強会ってさ、どっちかっていうと、本気で勉強! っていうより、息抜きの意味合いが強いと思うんだよ」
「そうなのか」
「うん。それに、天原に学生っぽいことさせてあげたいなぁと思って。楽しい事、知ってもらいたかったから。……それにさ、お前、御宅田が立てこもってた時も、自分から危ない事に飛び込んでただろ」
「俺の能力であれば、あの程度の事態は問題なく回避できると……」
「そういうトコだよ」
「む」
「あんま危ない事しないで。心配するじゃん」
「……善処する」
「……なんか旧校舎とか、危ないトコ行こうとしてたし。……旧校舎に何があるんだよ。あそこ、ホントに危ないんだよ。崩れかけてて、いつ倒壊してもおかしくないし」
いっそのこと、と片瀬は続ける。
「……さっさと崩れちゃえばいいのにな」
かすれた声で言った片瀬の声音は、どこまでも昏かった。
「……片瀬?」
ミコトが不安げに眉を寄せると、片瀬はすぐに元の笑顔に戻った。
「誰かがけがとかしたら大変だから、いっそのこと、みたいな? あんなトコさっさと崩して、温水プールとか有意義な施設作ってよ、ってラジャブさんに頼んでみてよ、天原。ちょー豪華なスパリゾートみたいなカンジのやつ」
悪戯っぽく笑いながら、片瀬はミコトの肩を組んだ。
奥に潜む何かに、ふたをするように。
「君は……」
ミコトが口を開こうとした瞬間、片瀬が声を上げた。
「あ、そだ。明日、部活見学行ってみない?まだ天原、部活決めてないんだろ」
話題を切り替えるように、片瀬が明るい口調で言う。
「そうだな……。確かに、決めていない」
「じゃあさ、放課後、一緒に行こ。俺は陸上部に入ってるけど、他にも色んなとこあるし、回ってみるのもいいと思うよ」
片瀬は楽しげに続ける。
「たくさん、天原が学校の思い出を作れるように手伝いたいんだ。もっと楽しい事があるって知ってもらいたい」
そう言って、片瀬が微笑んだ。
「旧校舎とか、危ないこととかもう、関わらなくたって楽しいことあるんだって、わかってほしい」
完璧な笑顔と、思いやりある言葉、誠実な声音。
いつも通りの彼の筈なのに、ミコトは目の前の人物が自分の友人であるのかわからなくなるような錯覚に陥りかけていた。
(親しくなればなるほど、君の事がわからなくなる)
そう胸の内でうめきながら、ミコトは「ありがとう」と小さく返した。
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