3-7

 翌日、放課後。

 片瀬に連れられて、ミコトは校内を歩いていた。窓から覗く空は梅雨らしくうすら黒い雲に覆われている。

 ミコトの心も未だ、晴れてはいない。今の天候のように、雨が降るわけでもなく、しかしけして、青空を見せる事もなく。

 隣を歩く少年が見せたあの冷めきった表情と、彼の真意が見えない――それだけでミコトの心を曇らせるには十分だった。

「……どうしたの、天原? なんかあった?」

 立ち止まって、片瀬は不思議そうな顔でそうミコトに尋ねてきた。

「いや。何でもない。……何かあったように、見えただろうか」

 ミコトはそれだけ返して、もう一度窓に目をやった。ガラスには、いつも通りの無表情が映っているようにしか見えない。

「なんとなく、顔色悪いっていうか。……調子悪いなら、別の日にしようか、部活見学」

 心配げに言う片瀬に、ミコトは再び首を振って返す。

「問題ない。気にしないでくれ。定期報告のために就床時刻が遅れてしまい、睡眠時間を十分に確保できなかっただけだ」

 そうミコトは誤魔化して見せた。事実、嘘ではない。片瀬ゆうじんの不審な言動をゴロウに報告するべきか深夜まで考え込んで、端末と睨み合っていたからだ。

「……なら早く帰って寝たほうがイイんじゃないか?」

「問題ない。敵地に潜伏していた時は三日三晩不眠不休で動く事もざらにあった。朧げな意識の中で、かすむ視界でスコープを覗き込み、標的を射殺するという、過酷な任務も乗り越えてきた。この程度、何の問題もない」

 ミコトは生徒会が作成している『部活動紹介パンフレット』に目をやってそう口早に答えた。

 なんとなく、片瀬とは目を合わせたくなかったのだ。すべてを見透かされそうで、こちらの心配が、彼を縛り付けてしまいそうな気がして――。

(心配? ――確かに、友達としてそれは適切な感情だろう。だが……近頃の俺は、それが過剰すぎる。先日の御宅田が立てこもった際も、殆どが俺の個人的な感情によるものだった。尾蝶会長を誤魔化すだけなら、あそこまでのリスクを犯す必要はなかっただろうに)

 意味もなく、パンフレットのページをめくる。眼に笑顔で映る生徒たちの写真が流れていく。説明文も、まるで頭に入らない。

(俺は一体、何に動揺している。――任務中は、常に冷静に、適切な対応をしろと教官にも教わったはずだ。少しの油断が命を落とすきっかけになる。――何度同じ目に遭えば、学習するというのか)

 ミコトは湿気で張り付くシャツと、胸元のドッグタグが擦れる感覚がやけに不快に感じた。

「ここから近いのは、手芸部が活動を行っている第一家庭科室だな。ひとまず、そこへ行ってみるとしよう」

 そう言って、再び歩き出した。ミコトのその足取りの重さに気づいているのかいないのか、片瀬は何か言いたげな顔をしていたが、口をつぐんでそれに続く。

(俺は白華学園の生徒である以前に、F.H.A.T所属のトレジャーハンター。――日本での生活が、俺を平和ボケさせているのかもしれない。この学園での暮らしが、ぬるま湯に浸かっているような気分にさせているのかもしれない)

 廊下を行きかう生徒たちの楽しげな声、掃除の行き届いた清潔な空間、当たり前に教育を享受できる、恵まれた環境。

 そのすべては、ミコトの本来場所ではないのだ。

 ――自分が生きるべき場所は、もっと。

(……俺にとって、此処は、毒だ。――じわじわと、内側から腐らせるように蝕んでいく。……だから、早く)

 この、心地のいい毒沼から出なくてはならない。そうでないといつか自分は、此処から動けなくなってしまう。

 ――だから、早く。

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