3-8

 歩いているうちに、目的の場所についた。扉の上の室内札に第一家庭科室の文字がある。

「ここが手芸部の部室。ちなみに第二家庭科室では調理部が活動してるよ。女子が多いから、ちょっと肩身が狭いかもしれないけど」

 言いながら、片瀬が静かに扉を開けた。

 ミシンの音や部員たちの談笑する声が聞こえてくる。片瀬の言う通り、ほとんどが女子部員だが、ちらほらと男子の姿も見える。

「片瀬君と……そっちは、転校生の天原君だよね? もしかして部活見学?」

 片瀬と顔見知りらしい眼鏡の女生徒がそう気さくに声をかけてきた。

「そ。天原、まだ部活決めてないみたいだからさ。色々、見て回ったらどうかなって」

「そうなんだ~。全然、自由に見て回ってもらっていいからね。うちは最近やっと同好会から部活動として認められたから、人少ないし、部員随時募集中だよー」

 促され、ミコトは室内をぐるりと見渡した。刺繍、パッチワーク、ビーズアクセサリーなど、各々が作品作りに精を出している。

「様々な種類のものがあるな」

「裁縫以外にもレジンとかビーズアートとか、色々ハンドメイド作品作ったりしてる子とかもいるからさ。初心者大歓迎だよ! ちなみに、天原君は裁縫得意?」

「戦闘服のボタンを直したり、多少の破れであれば自分で補修することはあった」

「せ……戦闘服?」

「ああ。戦闘服も支給品ではあったが、無闇やたらと買い替えるわけにも行かないからな。とはいえ、戦場に立つ以上……」

「あー……天原はサバゲーが趣味なんだ。そのことだよ」

 段々と不可解そうな表情に変わっていく女生徒に、横から口を挟んだ片瀬がさらりとフォローを入れた。

「あ~、そう言う系か! なんかモデルガンとか持ち込んでるとか聞いたよー? 天原君面白いねえ」

「? ありがとう」

 ミコトにはよくわからなかったが、微笑まし気に言われたのでひとまず礼を言っておくことにした。

 ぐるりと見回っていると、子供用くらいのマネキンに着せられた可愛らしい服に目が留まった。

「服飾は専門外だが……見事だな、これは」

「凄いねこれ。誰の作品?」

「ああ、これは部長の作品だよ。妹さんにせがまれて、プリピュアってアニメのキャラが着てるドレスを作ってるんだって。これでもまだ未完成らしいよ、もう完成ジャン! って感じだよね! 部長は手芸部の星だよ星」

 我が事のように得意げに語る女生徒の話を聞きながら、ミコトはドレスに再度目をやった。

 フリルやレースなどがあしらわれた愛らしいロリータ風のドレスだ。ハートや何かのマークがピンクの生地に精巧に刺繍されている。

「その部長は?」

「部長、ちょっと遅れてくるって言ってたなー。ちょっとやらかしちゃったらしくて、毎日バツで裏庭の雑草取りしてるんだって」

「そうなのか。ぜひ会ってみたかったのだが」

「……ん? ……裏庭の、雑草取り?」

 片瀬が訊き返すと、女生徒は目をぱちくりさせてから「うん。生徒会から直々に命令されて」と答えた。

「……どうした? 片瀬」

「いや……ヒトって見かけによらないな、っていうか……」

 何とも言えないような顔をしている片瀬にミコトは首を傾げた。


 それから部員たちの作業を見学したり、ビーズアートの体験を慣れない手つきでさせられたり、見学と体験をミコトがひととおり行った頃、部員たちの表情がどこかぎこちないものになっていた。

 ミコトは気にせずビーズをテグスに通すことに熱中していたが。

「んー……じゃ、そろそろ次行こうか、天原」

 片瀬がミコトの肩を軽く叩いて、そう促す。瞬間、部員たちの空気はどこかほっとしたようなものに変わった。

「?ああ、そうだな。邪魔をした」

 空気の変化に眉をひそめつつ、ミコトは案内をしてくれた女生徒に軽く頭を下げる。

「ううん。全然! 手芸部はいつでも入部歓迎、見学歓迎だから、いつでも来てね!」

 部員たちに見送られつつ、ミコトと片瀬は第一家庭科室を後にする事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る