3-9

「!」

 第一家庭科室を後にしようと扉を開いた丁度その時、何者かとぶつかりそうになって、ミコトはさっと身を翻した。

「うお!?」

 ミコトが避けたためにその人物は倒れ込みそうになったが、間一髪で踏みとどまる。

「……鶴木じゃないか」

 特徴的なリーゼントを撫でつけながら、ミコトの姿を視認すると鶴木はぎょっとした顔で声を上げた。

「!? なんじゃ、宿敵やないか! こんな所で何をやっとる!」

「鶴木か。君こそどうした」

「おう……旧校舎で警備員とやりあった罰で、生徒会から裏庭の草取りをやらされとってな」

「そうではなく、何故ここに?」

 ミコトがさらに尋ねると鶴木は息を整えてから、「あー……」などと意味のない声を漏らし、何度か躊躇して、ようやく口を開いた。

「わしは手芸部の部長やけん、……なんじゃ、わしが手芸部じゃと何か問題あるんかい」

 居心地が悪そうに鶴木がぼそぼそと言うと、ミコトは首を横に振った。

「いや。君が部長だったのか。作品を見せてもらった。あのドレスは君の作だろう? 素晴らしい出来だった。服飾については詳しくないが、あれがとても素晴らしいもので、時間も相当かかったものだろうということは俺にもわかる」

 ミコトが感心ぎみにそう言うと、鶴木は面食らったような顔をしてから、

「お……おう。あれはうちの妹が喜ぶと思って作ったモンや。なかなかプリピュアの玩具なんぞ買ってやれんから、せめて手作りでって思ってな」

 照れくさそうに鼻の下をこすった。

「素晴らしい事だ。また君の技術をぜひ見せてくれ」

「……おう。まあ、気が向いたらな……!」

 ぶっきらぼうな声ではあったが、鶴木はまんざらでもなさそうに――嬉しげに、ミコトに手を挙げて答えた。


 手芸部の部室を後にしてからも、二人は文化系の部活を幾つか回った。

「俺には無縁の部活動が多いな……美術、吹奏楽、演劇……よく、わからなかった」

こめかみを抑えながら、ミコトは先ほど見学してきた部活動の様子を思い出しつつ、唸る。

 試しに筆を握らされて、真白の紙の前で一〇分弱固まったままだった美術部、『きらきら星』の音符を「新手の暗号か……」と方法もない解読をし続けた吹奏楽部、そして演劇部ではいきなりステージに立たされ、台本を読むたびに宝塚歌劇団に居そうな女生徒に叱責され続けた。

「絵画や彫像など、現物は幾つか見たことがあるが、それを見ても特に何かを感じると言う事は無いし、物語も楽しみ方がよくわからない……演劇などもってのほかだ。なぜ書いてあることを読み上げただけで、罵声を浴びせられなければならないんだ……」

芸術的感性が絶望的に無いミコトには文化系の部活には関心が持てなかったようで、そうぼやいていた。

「まあ、天原って芸術肌って感じじゃないもんね」

 片瀬は笑いながら言って、そういえば、となにか思い出した風に声を上げた。

「鶴木が手芸部の部長なんて、意外だよな。人は見かけによらないって言うか……」

第一家庭科室から此処は離れてはいたが、片瀬は声を潜めてそう言った。

「どういうことだ?」

「えっ。いや、ほら。……だって、もっとこう、不良とかそういう感じの奴だと思っていたから」

 ミコトの返答が予想外だったのか、片瀬は取り繕うように返した。

「確かに、初対面の相手に殴り掛かるのは感心できないとは思っていたが、彼に初めて会った際も悪人のようには俺には思えなかった。裏表のない、実直な男だ」

 ざあざあと窓をたたく雨音を鬱陶しく思いながら、ミコトは続ける。

「……大抵、悪意のある人間というのは、甘言を弄して、相手の信頼を得、油断した隙を突くものだからな」

胸元に張り付いたドッグタグに苛立ちを覚えつつ、ミコトはぼそりと答えた。

「……裏表がなければ、良い人ってこと?」

 いつもより、幾分かかすれた声で片瀬が尋ねてきた。

「……いや、一概にそうとは言えないかもしれないが。俺の経験則で言えば、そう言った人間は――信用してはいけない、と」

 パンフレットを見ながら、ミコトは声音が変わった事を不思議に思って、横目で片瀬の表情を盗み見ようとした。

「……そうだよね。俺もそう思うよ。そんな奴、信用できないよね。俺もそんな奴、きらいだしさ。何考えてるか分かんないし、気持ち悪いよな」

 片瀬の顔には、いつも通りの微笑が張り付いているだけだったが。

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