3-10
金属バットの軽快な音が響き、夏の大会を控えた野球部員たちの雄々しい掛け声がグラウンド内に広がっている。
そんな掛け声の勢いの良さに雲が晴らされたかのように、雨もいつの間にか止んでいた。
部員たちは泥だらけになるのも顧みず、おそらく雨の中でも練習に打ち込んでいたようだったが。
「――片瀬のクラスに転校生来てたって聞いてたけど、こいつかあ。野球、興味あんの?」
文化系がダメなら運動部はどうかと片瀬に連れられて野球部の練習風景を見に来たミコトは、野球部とソフトボール部が利用している第一グラウンドに来ていた。
片瀬の知り合いらしい野球部員の男子生徒が、怪訝そうにミコトをじろじろと不躾な視線をぶつけてきたので、少しばかりミコトは眉をひそめた。
「天原、結構運動神経いいんだよ」
隣にいる片瀬が言うが、苦笑を返すだけで、反応は芳しくない。
ミコトは小柄で一見は特にスポーツもやりそうにない寡黙な少年で、そして問題をよく引き起こすと評判の転校生だ。あまり関わり合いになりたくないというのが正直なところだろう。
「でも近々練習試合あるからあんまり体験とかできねえかも――」
やんわりと断られそうになったその時。
「うわッ、先輩スミマセンっ、そっちボール―――」
悲鳴じみた声が飛んできた方向から、バットで打たれたらしいボールがミコトの方へ跳んできていた。
強烈な勢いで飛んできたボールをミコトは咄嵯に身を翻し、懐から拳銃を取り出した。
(角度、速度、風向き、空気抵抗……)
半本能的に弾道を予測し、条件をもとに演算が脳裏に浮かびあがり、即座に算出するーーー。
パン、と乾いた音と共にミコトの放った弾丸によって弾かれたボールは軌道を変えて、地面に落下していった。
「銃……で撃った?今……」
「いや、まさか……。映画じゃねえんだし……」
「や、でも明らかに軌道変わったし球速も……」
部員たちがざわつく中、ミコトは我に返って拳銃を懐にしまい込んだ。
(しまった……危険を感じて、つい……)
ダイヤモンドの中心でミコトは冷汗をかいた。ざわつく部員たちの視線がするどく刺さる。
「あ、天原……つ、次いこっか。じゃ、じゃあお騒がせしました――」
ミコトの腕を引いてその場を立ち去ろうとする片瀬だったが。
「待ちなさい」
そこに鋭い制止の声がかけられた。
騒いでいる部員たちをかき分けて、ユニフォームを着た顧問らしき男が近づいてきたのだ。
「す、すみません星野先生……あ、天原も悪気が合ったわけじゃないんです!」
慌てる片瀬をよそに、サングラスをかけた男――星野は無言のままじっと見つめてくる。
サングラスの下の鋭い眼光に、ミコトもついたじろいだ。
「――類まれなる反射神経、弾丸の軌道を瞬時に判断する動体視力、そしてあのスピードで動く標的を正確に撃ち抜くという自信と技術」
淡々と告げる星野の視線が、ミコトの手元に注がれる。
「長年の努力と経験があってのものだろう。……素晴らしい、キミ、野球部に入ってみないか」
「……え?」
その場にいた星野とミコト以外の者たちは、呆けた顔をしてそんな間抜けな声を上げた。
「せ、先生!でもコイツやばいっすよ!銃!持ってる!」
「それが何だというんだ。甲子園出場のためなら、銃刀法など些事。逸材をみすみす逃す方が愚かだ」
「些事……!? 些事なのか……!?」
「法律ごときで狼狽えるな!甲子園がそんなに甘いものだと本気で思っているのか!?」
あまりの暴論ぶりだったが、とてつもない剣幕だからなのか、部員たちは「す、すみません!」などと声を上げ、姿勢を正した。
「そんなメンタルでは勝ち上がっていけないぞ!外周行って来い!」
どこまでもきびしい星野の怒声に、部員たちは威勢よくはい!と返事を返すと、ぞろぞろと第一グラウンドから出て行きはじめた。
「……天原、いまのうちにこっそり行こ」
ひそひそと片瀬に耳打ちされて、ミコトは頷くと部員たちに紛れてその場を立ち去った。
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