3-11

「あ、片瀬先輩だ♡片瀬せんぱ~い!!」

 陸上部が活動している第二グラウンドへ向かう際、二人が女子テニス部の練習中のコートの前を通ると、数人の女子生徒がフェンス越しに駆け寄って来た。

「前の大会、応援に来てくれてありがとう。違う部活なのにわざわざ来てもらってごめんな」

 駆け寄ってきた女子たちにそう片瀬が声をかけると、きゃあっと嬉し気に声を上げた。

「いいんですっ、私たち、片瀬先輩の高飛び姿見るの大好きですからぁ」

「今度は差し入れ持って行きますね!」

「そっちの人は片瀬先輩の友だちですか?」

 片瀬の事しか目に入っていない様子だった女子生徒たちの視線がようやくミコトに向けられた。

「うん。クラスメイトでさ、部活見学回ってるから案内してる。天原ミコトっていう奴なんだよ。面白くていいヤツなんだ」

「そうだったんですね! 先輩、ちっちゃくてリスみたいでカワイイ~♡」

「俺は人間だが……」

 ミコトがボソッと言うが、聞こえなかったのか、聞いていなかったのか。キャピキャピした声が返ってきただけだ。

「カワイイ先輩とカッコイイ片瀬先輩のコンビ、絵になるぅ~」

「うちの部も見学に来てください!」

「いや、俺は男だから君たちの女子テニス部には入部できないと」

「マネージャーでも大歓迎ですよぉ」

 一方的に言い募られて、ミコトは当惑しきって黙り込んだ。

(彼女たちは、特に俺に興味がなさそうに見えるが、何故歓迎などという言葉を使うんだ?)

 彼女たちが興味がありそうなのは、視線の先にいる、非の打ち所のない物語の王子のような、ミコトの友人だろう。

「将を得ずんばまず馬を射よ、って良く言った言葉よねー」

 皮肉めいた言葉とシャッター音が聞こえてきて、ミコトが振り返るとそこにはカメラを構えた花崎がいた。

「えー……感じ悪ーい……」

「そういうつもりじゃないんですけど……」

 女子テニス部員たちはトーンを低くして愚痴をこぼしながらコートの方へ戻って行く。

 鼻を鳴らして彼女たちを一瞥すると、花崎は不満げな顔をして、ずかずかと片瀬の前に歩み寄ってきた。

「片瀬アンタ、友達ダシにされてなんか言う事ないわけ?」

「ダシって……」

「そうでしょ。あの子ら、アンタに近づこーと天原の事利用しようとしてたじゃない。なあにがリスみたいでカワイイーよ。ホントはキャーキャー言ってる私カワイイ~とか思ってんでしょ」

「……花崎、ちょっと考え過ぎじゃないかな」

 眉をハの字にして、片瀬は困ったような顔でそう返した。すると花崎は眉を吊り上げより怒りを募らせた様子だった。

「……アンタ、マジで薄情な奴ね。友達馬鹿にされてヘラヘラ笑ってさ。自分に好意向けられてりゃそれで良いの?」

「花崎、彼が薄情な人間でない事くらい、君も知っているだろう。なぜそのようなことを言う」

 どこまでも攻撃的な花崎の発言に、ミコトは口をはさんだ。

 俯いている片瀬の表情は見えない。

「……コイツとは一年の時から同クラだったけどさ。いつもニコニコしてて、どんな時も優しくていっつも誰かの味方で、んで――誰の敵でもなくて。そういうとこ、ホントに嫌いだわ」

 吐き捨てるように言って、花崎は片瀬を睨みつけた。

「……なんか……ごめん」

「……そういうとこもウザい」

「ごめん」

 二回目の謝罪の言葉に、花崎は唇を噛んでわなわなと震えはじめた。ばんっと片瀬の胸を押して、

「あんた、ホントにさ……なんで……もういい! ずっとそのままで居ればいいじゃん!」

 花崎はそう怒声をあげてから、その場から去って行ってしまった。

「はは……どっかムシの居所でも悪かったのかな、花崎」

 乾いた笑いと、ため息を漏らして片瀬はつぶやいた。花崎が去って行った方を見てから、視線を下に落とす。

「でも、まあ、俺って広く浅くって感じの友だちづきあいだし、花崎の言ってる事、あながち間違いじゃないかもね」

 下を向いた片瀬の表情は見えない。

(……こういうとき、なんという言葉をかければいいのか)

 困り切っていると、片瀬はすっと顔を上げた。いつもの笑顔を貼り付けて。

「全くもう。花崎ってそういう意地悪なとこあるよな? あ~あ、アイスでも奢って、ご機嫌とりでもしとこっか。あ、こんなこと言ったの内緒ね。天原にも口止め料でアイス奢ってやるからさ」

 寸分も変わらぬ明るい声で、片瀬は目を細めてミコトの肩を親し気に叩いた。

「……気を取り直して、いこっか。なんか気まずくさせてごめんな、天原」

 細めた目は、笑顔というより泣き出しそうな目に、ミコトには映った。

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