3-12

「到着ー。陸上部の本拠地、第二グラウンドにようこそ」

 第二グラウンドは第一グラウンドと比べるとかなり広かった。六レーンのトラックが敷かれ、走り高跳びのピットや、投擲場などの他の陸上競技の施設も充実している。

 トラックの内側にはサッカーコートが敷いてあり、サッカー部員たちがストレッチを行っていた。

「詳しくは無いので仔細はわからないが、様々な設備があるのだな」

 ハードルを跳んでいる部員を眺めつつ、ミコトは感心ぎみに言った。

「ま、設備が充実してるだけに、会長や監督からのプレッシャーもかなりのものだけどね」

 片瀬の癖なのだろうか、自分に間接的に関わる事であると一度は否定するような言い回しをする。それを自分で悪癖だと理解しているのか、すぐに。

「まあ、その甲斐あってうちの部、結構強いよ。幾つかの競技が去年のインハイ出場して、ベストエイトに入ってる」

「いんはい?」

「高校の運動部の全国大会のこと。陸上の大会もあってさ、各地区大会で上位だとその大会の出場枠が得られるんだよ」

「成程。日本全国から精鋭が集うわけだな」

「ま、そんなかんじかな。――ええと、あいつとかすごいよ」

 短距離の選手らしい男子生徒を指さして、片瀬は続けた。

「中学の時からずっと県のトップクラスにいたやつで、スカウトされたんだって」

「ほう」

 男子生徒がクラウチングスタートの体制を取ると、傍らにいた女子部員が小型の拳銃のようなものを取り出し、空に向けた瞬間、ミコトは吃驚し、その場から駆け出しかけた――のを、これまた驚いた片瀬が制止した。

「なに!? どうしたの急に!?」

「彼女は空に向けて発砲しようとしている……!落下して来る銃弾は確かに減速はするが、空気抵抗を軽減構造になっている為、ライフル程ではないとはいえ落下すればかなり危険だ、銃にもよるが、人が死ぬぞ! 止めてくれるな片瀬、俺は彼女を無力化せねばならないっ!」

 ミコトが散々暴れるのに苦戦しながら、片瀬は必死に「大丈夫だから見てて!」とミコトに説得を続けた。

 彼女が引き金を引き、乾いた音が鳴り響くと共に男子生徒は走り出す。

 彼は俊足という言葉が相応しい見事な走りで、一〇〇メートルを一気に駆け抜けていった。ミコトは絶望的な面持ちになっていたが。

「片瀬、早急に皆を避難させなければ――」

 動揺したミコトは周囲の安全を確認するためか、周りを不審に見まわしていた。

 片瀬はため息を吐くと、不思議そうな顔をした女子部員から件の拳銃を借り、慌てきったミコトに手渡した。

「天原の知ってる銃と比べて、どう?」

「……撃鉄が無い? この形は見たことがない。それにマガジンはどうやって交換するんだ」

 いぶかしみながら、ミコトは拳銃を観察し続けていた。

「それね、スターターピストルって言って、音鳴らしてスタートの合図するためのものなんだ。だから銃弾は入ってないんだよ」

「なんだと、こんなものが……祝砲や威嚇射撃をすべてこれで行えば、流れ弾による事故も少なくなるな……!」

 スターターピストルを眺めながら感嘆の声を上げるミコトを片瀬は苦笑いをひとつ。

「おっ、噂の転校生? 陸上部のエース殿がサボって案内する程逸材って感じ?」

 先ほどまで走っていた生徒が悪戯っぽく笑いながらそう声をかけてきた。

「いやいや、俺はクラス委員だから案内してるだけだよ」

「それなら片瀬くん高飛び見せてあげたらいいじゃん。知ってる?片瀬くんって一年の頃から全国行ってて、めっちゃ良い記録残してんだよ」

 ミコトの手からさりげなくスターターピストルを取り上げて、女子生徒はウィンクして見せた。

「そんな大したもんじゃないって、それより他の――」

「いや、俺は君の跳躍を見てみたい。ぜひ俺に見せてくれないか?」

 片瀬の言葉にかぶせる形でミコトがそう頼むと、片瀬は困ったように頭を掻いた。

「けど俺、今制服だしさ」

「では君が着替え終わるのを待とう」

 そう言うと、長期戦だとばかりにミコトはコンクリートのへりに腰を下ろしてしまった。

「……わかったよ。着替えるのも面倒だし、このまま一回だけね」

 困り笑いのまま片瀬が言うと、ミコトは満足げにうなずいた。

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