ハンター・イン・ザ・スクール

しノ

プロローグ

「三分でメロンパン買って来いよ」

「それはか?」

「あ? うんそうそう、メイレー」

「――了解」

 へらへらしている不良生徒にそう短く答えると、ブレザーを纏っている生徒たちの中で教室内で唯一の詰襟の生徒――天原あまはらミコトは教室の床を蹴った。

 小柄な体躯、大きな瞳のあどけない顔立ち、それに似合わぬ凛々しく吊り上がった眉毛と鋭い眼光。口を真一文字に引き結び、背筋をぴんと伸ばし、堂々としたたたずまいはどこか威圧感すら感じる。

 ミコトは廊下に飛び出すや否や、目的の場所の位置を窓からにらむように確認する。

(購買部のある向かいの校舎まで約一五メートル。風速、風向き共に良好。いけるな)

 胸の内で呟きつつ、ハンドガンのようなものをふところから取り出した。

 ミコトは廊下の窓枠に足をかけ、トリガーを引く。ハンドガンからは銃弾ではなく、アンカーの付いたワイヤーが飛び出した。放たれたワイヤーの先端に着いたアンカーは狙い通り窓を突き破り、まっすぐに向かいの校舎に飛んでいく。ミコトはその勢いのまま窓から飛び出した。

 向かいの校舎の窓枠にアンカーを引っかけたミコトは窓ガラスを突き破り、校舎の中へと侵入した。

 周囲の生徒たちが唖然として見守る中、ミコトは廊下を走り抜けていく。

(与えられた制限時間は残り一分三〇秒。まだ間に合うはずだ)

 購買部への最短ルートを頭の中で計算しながら走るミコトの前に突然人影が立ち塞がった。

「待たんかい! 廊下は走るんじゃない! というか今の音は何だ!?」

 体育教師の鬼岩おにいわが仁王立ちでミコトの目の前を阻害した。屈強で大柄な男が立ち塞がっているというのに、ミコトは意にかいさず、足を止める事はない。

「鬼岩教官、申し訳ありません。しかし今は緊急事態なので失礼します」

 ミコトはそう言うなり、スライディングで鬼岩の股下をくぐり抜けた。

「こらーッ!! 天原ーッ!」

 背後で鬼岩の声が聞こえたが、ミコトは気にせず走り続けた。

 購買部にたどり着くと、パンや弁当などを求めて生徒たちの行列ができている。

(行列をなんとかしなければ)

 防毒マスクを素早く装着し、懐から手榴弾型の催涙弾を取り出す。ピンを引き抜き、並んでいる生徒達に向けて投擲とうてきする。

 床に落ちた催涙弾が破裂し、催涙ガスが充満すると、生徒たちは悲鳴を上げてその場にうずくまった。

 ミコトは阿鼻叫喚の隙に列をかき分け目当てのパンを手に取ると、催涙ガスに苦しみそれどころではない購買の店員に代金を渡してそそくさとその場を離れた。

「おい、なんだ今の煙!?」

「なんだったんだよ一体……」

 騒ぎを聞きつけたのか、他の場所にいた生徒たちが集まってきているようだ。

(あと三〇秒) 

 ミコトは急いで自分の教室のある校舎に向かって再びワイヤーガンを放った。

「うわっ!?」

 廊下を歩いていた男子生徒の足元にアンカーが突き刺さり、驚いた生徒が尻餅をつく。

「すまない」と短く謝罪し、生徒を立たせてやると、ミコトは自分の教室へ急いだ。

 廊下で談笑したり歩いている生徒や教師たちの間を通り抜け、ミコトは教室へ勢いよく飛び込んだ。

 ぎょっとした顔で教室にいた生徒たちがミコトの方を見ていたが、彼は意にもかいさず真っすぐに歩いて行く。

 ぽかんと口を開けた、三分前にミコトにパンを買いに行けと命じた不良とその友人たちがたむろしている机の上に、買ってきたパンをおもむろに置くと、ミコトは口を開いた。

「残り五秒ではあったが、これで任務は完了だ」

 淡々と言うミコトとパンを見比べて、不良は目を見開いた。

「ま、マジで三分で戻ってきやがった……」

「? 時間を提示したのは君だ」

「い、いやそうなんだけど……」

「任務は迅速に遂行するのが基本だ」

 困惑しきった顔をしている不良に、言ってからミコトが自分の席に戻ろうとしたそのとき、再び教室に勢いよく誰かが飛び込んできた。

「こらあああ! 天原ァ!」

 先ほどミコトの道を阻害した鬼岩だ。鬼の形相で顔を真っ赤にし、ずかずかと教室に入るとミコトに詰め寄ってくる。

「鬼岩教官。先ほどは失礼しました」

 あくまで冷静な態度を崩さないミコトに鬼岩はより苛立ちを募らせた。

「お前がこの学校に来て窓ガラスを割った回数は既に五回を超えているぞ!」

「申し訳ありません。今回の任務には必要な事でしたので。弁償であれば自分のスポンサーが負担してくださるのでご心配なく」

「そういう問題じゃない!」

「……すぐに修復が必要であれば、今すぐ業者を呼びます」

ミコトはスマホを取り出し、電話を掛けはじめた。

「……俺だ。窓ガラスの修理を頼む。……場所は日本の白華学園だ。一時間以内に来ないと貴様の家族を殺すと業者を脅せ。もちろん家族の現在地の座標も送っておけ。……何? 無理だと言われた? ならその男の娘の小学校に爆発物でも送ってやると言え。……ああ、それでいい。ずさんな修復であれば一族郎党皆殺しにすると付け加えろ。もちろん小学生の娘からな。……では頼んだ」

 通話を切り、スマホをポケットに入れる。

「窓ガラスくらいで人の人生を左右するなよ……」

 近くにいた生徒がつぶやいたのを、ミコトはじろりと睨みつけた。

「家族を人質にするのは基本中の基本だろう」

「それがもし通用しなかったらどうするの?」

 興味深そうに、弁当を食べていた女生徒が箸をかじりながらミコトに尋ねる。

「本人の耳元で銃を撃ってやればいい。それで言う事を聞かない一般人はあまりいない。命の危機を感じれば大抵が従順になるはずだ」

 平然と答えるミコトに周囲は呆然としていた。

「というかどうやって校舎間を移動したんだ、普通に連絡通路を使えば三分以上かかるはずだ!」

 少しして、鬼岩は汗だくになって怒鳴り散らした。ミコトは感心した。ワイヤーガンも使わず、三分弱で校舎間を移動してきた鬼岩の足はなかなかのものだと。

「ワイヤーガンを使い、購買部のある校舎に飛び移りました」

「そんな危険なものを学校に持ってくんじゃない! 没収する!」

「問題ありません。理事長の許可は得ています」

 平然と答え続けるミコトに鬼岩は頭を掻きむしった。

「購買部で起きた催涙ガスのようなものもお前の仕業だろう!」

「はい。任務の為に使用しました。しかし死に至る事はありませんのでご心配なく」

「そういう問題じゃない! 校内での危険行為は厳禁だ!」

 猛り続ける鬼岩にミコトはきびしい表情で必死に考え込み始めた。

「……しかし三分以内に購買部でパンを購入し、それを自分の教室まで運ぶのが自分に課せられた任務でしたので、危険行為と言われましても、自分にはそれ以外に選択肢がありませんでした」

 少したってから、ミコトはそう呻くように言った。その表情を見て、鬼岩は後ろの方で顔を青ざめさせている不良をするどく睨みつけた。

「お前が天原に三分以内にパンを買って来いと命令したのか? 何故よりにもよって天原なんだ! 他の生徒ならまだしも、コイツだけはダメだ! 歩く起爆装置みたいなものだぞ!」

「す、すいません……」

 そもそもパシリ行為自体が間違っているのだが、鬼岩はもはやそれを指摘する気力さえ失われていた。

「天原もパンを購入するくらいでやれ催涙ガスやらワイヤーガンやらを使うんじゃない! わかったか!?」

「……了解イエッサー

 ミコトが敬礼すると、鬼岩はため息をついて続ける。

「そもそもお前はそんなものを持っていたり、一人だけ学ランの着用を理事長に許可されていたり……本当にお前は一体何者だ?」

「それは……」

 ミコトは真面目くさった顔をして、続けた。


「機密事項です」

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