01.前途多難のスクール・デイズ

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「ギザの大ピラミッドはどうだった、ミコト?」

「エメラルド・タブレットでも見つかるかと思ったんですが、あれはやはり眉唾まゆつばですね。あったのは石板と古代の王の棺だけでした。未開の空間は未だいくつかあるようですが、依然として調査は難航中です」

 問われて、小柄な少年は外見のあどけなさからは感じられないほど無感情に淡々と答えた。

 中学生か、高校生くらいの年齢の黒髪黒眼の東洋人の少年だ。

 名前は天原ミコト。身長一五〇センチ、体重五〇キロ。年齢は一七歳。小柄で童顔な上にアジア人なので舐められることも多いが、彼は戦闘のプロフェッショナルでもあり、そう言った人間はことごとく実力で黙らせてきた。

「まあ、あんなものが見つかったら世界中大騒ぎだろうしな。錬金術なんてオカルトがそもそも実在するかどうかも疑問だしな」

 上司の荒島あらじまゴロウがそう言って肩をすくめる。

 一七○センチほどの筋肉質な中年の男だ。顎の無精ひげを撫でながら、無表情なミコトを顔を見て苦笑した。

 彼らは世界中のトレジャーハンターを統括する組織、F.H.A.T(Future hunter another trigger)トレジャーハンター兼エージェントとして活動しており、仕事柄世界を転々としてきた。日本語、英語、アラビア語を始め十ヶ国語以上を習得している。

 二〇xx年五月八日、午後一一時。エジプト、カイロ上空。

 ミコトは今、中東の小国であるエジプトの空を飛んでいた。F.H.A.Tからの任務を受け、移動中である。

「そういえば、ミコト。日本に行く前にドバイに寄らないといけないんじゃなかったか?スポンサーのアズィーム氏から連絡があったぞ」

「アズィーム氏本人がカイロまでご足労くださったので問題ありません。薫陶くんとうと新品の装備一式を頂きました」

 ミコトは機体に備え付けられたディスプレイを操作しながら答える。

 ラジャブ ・アズィーム氏。油田の開発によって巨万の富を得たアラブ系の一族に生まれ、自身も石油関連のビジネスに手を伸ばして成功した人物だという。

 年齢は三十代くらい。柔和そうだがかなりのやり手らしく、アラブ圏でも有数の資産を持ち、裏社会にも通じているという噂まであった。

 ラジャブ氏の趣味でオカルトやオーパーツに関心が有り、トレジャーハンターであるミコトのスポンサーで、彼への支援を惜しまない。代わりにミコトが発掘した幾つかのオーパーツはラジャブ氏が優先的に買い上げていた。

「あの方は本当にお前を気に入っているんだな。こうしてわざわざ自分のプライベートジェットを貸して下さるなんて普通じゃ考えられないことだぞ。流石はF.H.A.Tきっての最年少ハンターといったところかな」

「自分はまだまだ未熟です。ゴロウさんの足元にも及びません」

「謙遜するなって。アステカの遺跡のモリオン・スカルを一人で発掘したのは誰だよ。しかも未発見だった古代文明時代の文字を読み解いて解読してみせたっていうじゃないか」

 モリオン・スカルは黒水晶で造られた人間の頭蓋骨型模型のオーパーツだ。アステカの王族が呪術や儀式の際に利用していたものらしい。

 世界でもいくつか発見されているクリスタル・スカルでも黒水晶で造られたものは非常に珍しく、大英博物館をはじめとした各国の博物館やコレクターたちがこぞってF.H.A.Tに取引を申し出てきた。

 現在はというと、ラジャブ氏の屋敷にある豪奢な玄関で来客を出迎えているが。

「恐縮です。軍に所属している際、敵軍の暗号を解析する機会がありまして。その経験が生きただけにすぎません」

「……だが、今度の仕事はそう簡単にいかんかもしれんな。特に、お前にとっては」

「いかなる任務も迅速かつ完璧に遂行して見せます」

 無表情を崩さず、淡々とミコトが答えるのにゴロウはため息をついた。

「その顔が問題なんだ、ミコト。……次の任務の詳細を覚えているか?」

「はい。日本の白華しろはな学園に一生徒として潜入し、学院にある地下遺跡の調査、発掘。それが今回のミッションの概要ですね」

「ああ。だが、任務を遂行するにあたって問題がある。お前は学生らしいとは程遠い。その仏頂面、軍人のような喋り方、そして決定的なのは……ミコト、お前の趣味は何だ」

「射撃訓練、銃器の整備、戦闘技術の研究と実戦」

「……では特技は」

「狙撃です。また、拳銃を使った近接戦も得意としており、接近戦での戦闘経験も豊富にあります」

「……好きなタイプは」

「タイプ? ……ハンドガンはリボルバーよりもオートマチックの方が好ましいと思います」

「…………」

 淡々と答えていくミコトの回答を聞いて、ゴロウは再び深いため息をついて頭を抱えた。

「確かにお前は優秀だが、あまりも普通の高校生とは逸脱している。学院で他の生徒に不審がられれば怪しまれて身動きが取れなくなるだろう」

「ゴロウさん、普通の高校生と言うものは一体どのようなものでしょうか」

「そうだな……学業にいそしみ、部活動に情熱を燃やしたり……そして友達を作ったり、放課後遊びに行ったりと、後は恋とか愛だとか、青春を謳歌おうかするものだと思うぞ」

「……青春とはなんですか?」

「……」

 ミコトの問いにゴロウは頭を掻いた。

「自分は人生の半分を戦場に身を置いていたため、日本の学生生活というものがよく分かりません。今回の任務……本当に自分が適性なのでしょうか」

「しかし組織に所属しているのは若くとも二十代のハンターばかりだ。十代はお前しかいない。それだけでも適性としては十分だろう」

「しかし……」

「それにいい機会だ。お前もそろそろ年相応の学生生活を満喫すべきだと思ってたんだよ。だから、今回はちょうど良い」

「自分はトレジャーハンターとして活動するうえで、日本の学生生活が必要なものは思えません」

「世界をせばめる必要はない。世界中を飛び回るトレジャーハンターだからこそ、視野を広げるために様々な文化に触れるべきだ。これは上司命令でもある」

「……了解イエッサー

 あいかわらずの仏頂面だったが、どこかミコトの眼は不安げに揺れていた。

 その様子を見て、ゴロウはため息をついて、机の下から一冊の本を取り出した。

「とはいえお前にいきなり学生生活をしろ、と言うのは何も知らん子供に銃を持たせていきなり紛争地域に放り出すに等しい」

「……? 自分は五歳の頃にライフルを持たされ、三日ほどで撃ち方をマスターしましたが」

「そういうことを言っているんじゃない。まあ聞け。この本には学生生活のノウハウが書かれている。これを読めばお前も少しは普通の生活が分かるようになるはずだ」

 ミコトは差し出された『楽しい学園マニュアル』というタイトルの本を受け取ってパラリとページをめくった。

「……『友達の作り方。爽やかな笑顔とあいさつから友情は生まれる』……『授業中は先生の話をよく聞き、しっかり学ぼう』……なるほど。このマニュアル通りに行動すれば学生らしく振る舞える、ということですね」

「ああ。だが、どんなマニュアルにも言えることだが、すべて鵜呑みにするな。きちんと自分の頭で考え、行動することも必ず必要になってくる。あくまで参考程度に留めておけよ」

「了解」

 熱心にマニュアルを読みながらゴロウの言葉にうなずき、ミコトはそう答えた。

(……不安が尽きんが……まあ、こいつも年頃だ。きっと学校に行けば、まともな常識を覚えて、それなりに一般人に溶け込めるようになるだろう。そうすれば……)

 カイロの夜空を眺めつつ、ゴロウが考えていると、いきなりミコトが顔を上げた。

「……ゴロウさん」

「?どうした」

「マニュアルによると、友人を作るにはまず共通の話題を見つけることが重要だと書かれています」

「そうだな。趣味や嗜好などを知っていれば自然と親しくなれるかもしれん」

「ではその相手を見つけ次第、共に射撃訓練をしたいと思います」

「……なぜそうなる!?」

 吃驚するゴロウを尻目に、ミコトは続ける。

「射撃訓練をすることにより、相手と切磋琢磨し、そしてアドバイスをし合うことで、より親密になれるはず。それに加えて自分とその友人の射撃の腕も磨かれます」

「日本の法律では、基本的に銃器の類を所持してはいけないんだ! まして発砲なんてできるわけないだろう!」

「しかし、コミュニケーションのためには……」

「……お前には学生生活のノウハウ以前に一般教養も叩き込む必要があったようだな……」

 ゴロウは嘆息しつつ、首をかしげるミコトを小突いた。

「残り一二時間ほど……日本に到着するまでにはたっぷり時間がある、その間にお前に一般教養も叩き込むことにする。いいな!」

「了解」

 軍隊仕込みの敬礼を返すミコトに、ゴロウはまた深いため息をつくのだった。


 数時間、ゴロウは一般教養や高校生が好むものを徹底的にミコトに叩き込んだ。

「……では復習をする。お前の好きなアーティストは誰だ?」

「……好きなアーティストはSWAPです。特に『Love is A Message』という曲が好きです」

「違う! それは大嵐の曲だろう!」

「…………では大嵐の『Fly High』は爽やかな曲調とサビの歌詞が気に入っています」

「……解散したばかりの大嵐のファンたちは今過敏になっている。現在、好きなアーティストとして答えるにはあまり適性ではない。大嵐のファンに深く突っ込まれ、答えられず、にわかだと批判される可能性もある」

「……了解。ではGods& Angelsの『silent night』はどうでしょうか」

「それはシングルのカップリング曲だぞ! マイナーな部類に入るだろう。もっとメジャーなものを……」

「……くっ……ゴロウさん、俺には無理です。100曲以上聞きましたが、すべて同じようにしか聞こえません……! 日本のアイドルと言うものは……音楽業界全体において、これほどまでに細分化されているのですか……? こんなもの……とても覚えられる気がしない……!」

 膝から崩れ落ちながら、ミコトは絶望的な声で続ける。

「本当に日本の高校生はこれらをすべて暗記しているのですかっ!? これならばまだ、霧で視界制限された山の中で、丸腰の状態で敵兵に追われている方がマシだ……!」

 致命傷でも受けたような苦し気なうめき声を上げながら、ミコトは脂汗を流していた。

「諦めるな! お前はプロのトレジャーハンターだろう! この程度の事を乗り越えられずして、プロフェッショナルを名乗るつもりか!」

 ゴロウの発破にミコトははっとした。

(そうだ……この程度の事を覚えられずして何がプロフェッショナルだ……! 俺は今までたくさんの死線を潜り抜けて来た……! そして、俺の上官であるゴロウさんの顔に泥を塗るわけには行かん!)

 ミコトは立ち上がってカッと目を見開き、食いかかる勢いで口を開いた。

「――ならば……Success Zoneの『Dance in the Night』はどうですか!? あれはSucess Zoneのメンバーである仲嶋健司が主演したドラマの主題歌でもある名曲で、一か月前に最終回を迎え、さらにドラマはSNSでトレンドワード一位になったほどの人気作です! これならば好きなアーティストと答えるのに適性があります!」

 そう一息で叫んだ。それを聞いてゴロウはにやりと笑った。

「……知名度、話題性、共に問題ない。そして劇場版制作も決定したドラマ主題歌を歌ったアーティストなら、話題性も高いし、不審には思われないだろう。よし、それでいくぞ。ドラマの内容を言及された時の場合を考え、簡潔な感想も言えるようにあらすじやネタバレサイトなどを読んで、人気のあるシーンを把握しておけ。今から一〇話も見ている時間はないからな」

「……了解!」

 ミコトは力強くうなずき、その後もゴロウのレクチャーを熱心に受けた。

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