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レクチャーを一通り受けてから、日本へ到着まであと二、三時間となり、ミコトは愛銃の整備を熱心に行っていた。
「ああ、しまった……。制服の事を忘れていた……連絡を取っておく。ミコト、服のサイズは――日本のサイズなら、SかMにしておくか。お前も身長がまだ伸びるかもしれんしな」
己の額をぴしゃりとたたきながら、ゴロウが言った。それに対してミコトは手を止め、首を横に振る。
「いえ。すでに特注のものを受け取っています」
「特注?」
「はい。アズィーム氏から装備一式と共に制服も用意して頂きました」
言いながらミコトがラジャブ氏から受け取ったらしいアタッシュケースから取り出したのは、詰襟の黒い学ランであった。
それを見て、ゴロウは眉をひそめる。
「……何故学ランなんだ?」
「氏が日本の学校の制服と言えばこれだと仰られ——」
と。機体に備え付けられている端末が電子音を鳴らす。
『コニチワ! ミコトさん、ワタシが用意した学ランは着てくれましたか? やはりジャパンのスクールといえばコレでしょう!』
ミコトのスポンサー、ラジャブ氏の明るい声が機内に響き渡った。
相変わらずテンションの高い男である。そんな風に思いつつ、ゴロウは口を開く。
「あー……ミスター・アズィーム?何故学ランなのですか?白華学院の制服はブレザーのはずですが……」
『ハハハハ、ミスター・ゴロー。やはりニッポンの制服と言えば学ランでしょう。そのスタイリッシュかつエレガントなフォルム……まさに芸術品と呼ぶに相応しい。洗練されたデザイン、それでいて
偏った知識を披露してくるラジャブ氏。どうやら彼は相当に日本文化を愛しているらしい。
バンカラはサムライではない……という言葉がのどまで出てきたが、ゴロウは困ったように頭を掻き、ふたたび口を開く。
「し、しかしミスタ。白華学園指定の制服ではありません」
『ああ、それなら心配はいりません。ワタシから理事長にお願いしておきました。銃火器の持ち込みも許可して頂きましたし。
権力の
『それと、ワタシの方でも少しばかり手を加えておきマシタ。拳銃と銃弾を隠し持てるポケットも作ってあるので、いざという時にも安心デスよ。まあ、頑丈な特殊素材で作られているとは言え、いつも通り防弾ベストを着こんでおくことをおススメしますがネ』
「ミスタ。いつもありがとうございます」
ミコトは端末の向こうのラジャブに尊敬のまなざしを向けている。日本の学校に防弾ベストやら拳銃やらを携帯させることにゴロウはとてつもない違和感を覚えていたが、ミコトとラジャブの認識は違うらしい。
『いえいえ。スポンサーとして当然の事デスよ。せっかくの楽しいハイスクールライフなんですから、安全対策には万全を
「そうですね。いくら日本が平和ボケしているような国でも、敵はいつどこからやってくるかはわかりません。お心遣い、感謝します」
再びラジャブに感謝するミコトを見て、ゴロウは何とも言えない気持ちになった。
(……まあ、こいつの常識知らずは今に始まったことじゃない。この調子だと、また何かやらかしそうだが……)
ひとまずゴロウにできる事はやったつもりだ。一般常識らしい一般常識も叩き込んだつもりだし、高校生らしい振る舞いもなんとかレクチャーした。
後は、この軍人のような少年が、いっぱしの高校生に
『お気になさらず。これもスポンサーとしての仕事の一環デス。ニッポンのトレジャー、期待してますヨ?』
「はい、必ずやご満足いただけるものを提供させていただきます」
『フフ、楽しみにしてマース。では、グッドラック!』
通信が切れると、ゴロウは息をついて、苦笑を一つ。
「……相変わらず強烈な御仁だな。さすがは世界有数の大富豪と言ったところか」
「この学ランに加えて、アズィーム氏は様々な装備品を送ってくれました。感謝しています」
あまり表情は変わらないが、そういうミコトはこころなしか嬉しそうにゴロウには見えた。
「いやはや、彼には足を向けて寝られないな。念のため、頂いた制服を着てみろ。あの方のことだから抜かりはないと思うが、一応な」
ゴロウの言葉を聞くや、緩みかかったミコトの雰囲気がすっと切り替わる。
「了解」
オーストリア製の自動拳銃をしまいこむと、ミコトは無駄のない動作で席から起立し、
「サイズも問題ありません。防弾ベストも着用しました。いつでもいけます」
学ランを着たミコトの姿を見て、ゴロウは感慨深いものを感じていた。
(数年前はアサルトライフルを手に、血まみれになりながら息を潜ませていた少年が、日本で学生生活を送ることになるとは……。人生、分からないものだな……)
怯え切った小動物のような、虚無を抱えた瞳をしたミコトの姿はもうどこにもない。
体躯に似合わない戦闘服を身にまとい、銃を構えていたミコトの姿も今はどこにもない。
「ゴロウさん? 何か不備がありましたか」
こてん、と首をかしげてミコトが尋ねる。
(いかんいかん)
目じりが熱くなったゴロウは咳ばらいを一つすると、感慨をよそに追いやって、口を開いた。
「いいか、ミコト。今回のミッションは事前の情報がほぼゼロの状態からスタートする。もちろん、我々も情報は探っているが、まだ不確定要素が多い。遺跡にはどんな危険が待ち受けているかも分からん。だから、常に警戒を怠るな。絶対に油断をするんじゃないぞ」
「了解」
「学生に溶け込み、任務に支障を来さないためにも他の生徒や教師とコミュニケーションをとる必要も出てくるだろう。お前にとっては初めての経験で、何度も壁にぶち当たる事になるだろう」
「……どんなミッションもすべて完璧にこなしてきました。必ず今回のミッションも、完璧に
力強く答えるミコトに、ゴロウは頷いた。
「期待している。トレジャーハンターとして、一学生として――しっかりと任務も学生生活も両立させろ。お前ならできるはずだ」
「
ぴしっと両足をそろえ、お手本通りの敬礼を返すミコト。表情こそ無表情だったが、その声には強い意志が込められていた。
胸が熱くなり、感慨に浸っていたゴロウだったが、不意にミコトが口を開く。
「……ところで、ゴロウさん」
「ん? な、何だ?」
出かけていた涙を何とかぐっと堪え、ゴロウは慌てて返す。
「万が一、生徒や教師の中に俺を狙う刺客が居たら、その時はどう対処すればよろしいでしょうか。不特定多数の一般人がいる以上、派手な行動は控えるべきだと考えます。中庭があるようなので、
一息でそう言ったミコトの問いを聞いて、ゴロウは大きく嘆息した。
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