1-3
二〇xx年五月九日、午後六時。日本。東京。羽田空港。
ラジャブ氏のプライベートジェットから降り立ったミコトは、入国審査を済ませると、ゴロウと共に空港の出口へと向かった。
「ここからは車で移動するぞ」
「車ですか? なら俺が運転します。白華学園までの道は把握しました」
上官に手間はかけさすまい、とばかりにミコトがそう言うが、それをゴロウは手で制した。
「いや。日本では高校二年生の年齢では運転が禁じられている。俺が運転するから気にするな」
「……では、お任せします」
二人は駐車場へ着くと、ミコトの荷物を積んだ後、ゴロウの愛車であるシボレー・コルベット・スティングレイに乗り込んだ。
ゴロウがエンジンをかけると、コルベットは低く轟きながら走り出す。
「初めてお前の母国に帰ってきた感想はどうだ?」
「そうですね……。正直、まだよくわかりません。中東、欧米、アフリカなどの国々を訪ねてきましたが、どこの国も大なり小なり問題を抱えていました」
「そうだな。だが、日本の場合、世界でも有数の治安の良さを誇る国として知られている。その点に関しては安心できるだろうな」
「確かに、それは感じますね。道行く人々の表情も明るく見えましたし、犯罪や事件とも無縁そうな気がします」
「ああ。日本で起きる事件はせいぜい万引きとか痴漢くらいのものだよ。他の事件がないわけでもないが、海外に比べれば少ない方だと思う」
「空港でも、平気で荷物を放置してその場を離れている日本人が居ました。アレは盗めと言わんばかりでしたが。恐ろしく平和ボケしている人間が多いんですね」
「……お前、どうした。なんだかぴりついていないか?」
ゴロウに尋ねられて、ミコトはぱちぱちと瞬きをしてから、口を開いた。
「いえ……なんだか、この国に来てから落ち着かないんです。そうですね、例えるなら……敵兵を前にしたときのような感覚でしょうか。高揚感や緊張感に似たものが、身体の中に渦巻いているような……身がすくみそうになりますが、それでも戦いたいと思う……」
「……ふむ。それは、単純に……学生生活への緊張と、これから自分が通う学校に対する期待感じゃないか」
「期待感……?」
「要するにお前は、初めての学校生活に緊張こそしているが、同時に楽しみでもあるということだろう」
ゴロウの言葉にいまいちミコトは釈然としなかったが、まあ、この人が言うならそうなのだろうと思って、納得することにした。
(……何かを楽しみに思える日が来るとは、あの頃は思いもしなかったな)
脳裏に
たくさんの銃弾が飛んで来る。崩れかけた建物の影に身を隠し、敵兵の頭に照準を合わせて引き金を引いた。
血と
戦場で生きることしか知らない。
標的を正確に撃ち抜く方法と、刺せばすぐ死ぬ箇所、罠の回避の仕方、相手に必要な情報を喋らせる方法、効率的に、迅速に敵を殲滅する方法、エトセトラエトセトラ……。
たくさんのことをミコトはその小さな体躯に叩き込まれた。
けれど、わからなかったことが、たったひとつだけあった。
「……………」
自分が子供だから殺すのを躊躇したらしい敵兵を、容赦なく撃ち殺したときのことだ。
「おれの息子と同じくらいなのに……」
最後に、涙を流しながらそう言った男は、もう何も言わない。
続けて言おうとした言葉も、ミコトには予測できない。息子と同じ年頃の子供の目の前で死んでいくことに、彼は何を思ったのか。
男の行動の理由も、涙を流した意味も、わからない。
(なにがいいたかったんだろう。息子と同じ年のおれにころされて、くつじょくだったのかな?)
幼いミコトは、こてん、と首を傾げた。
そのままきびすを返し、ミコトは振り返らずに、また繰り返す。
戦って、殺して、奪って、生きて来た。たくさん、命を奪い続けて、その上に、ミコトは平然と立っていた。
(ここに人間はもういない。いるのは、人の形をしたどうぐと、そのざんがいだけだ)
もちろん、自分を含めて。
結局男の言葉の真意も理解しないまま、ミコトはまた銃をとった。
(どうぐがしこうする必要はない)
それが自分の運命だと、幼いながらも理解していたからだ。
「ミコト?」
「いえ。問題ありません」
感情のこもらない声でそう小さく返したが、胸元で揺れるドッグタグがミコトにはやけに重たく感じた。
(過去を振り返るなど、俺らしくもない)
首都高の流れる景色を眺めつつ、ミコトはくだらない思考を隅に追いやった。
しばらく車を走らせると、首都高を抜け、車は一般道を走っていた。
都心を過ぎたあたりで、助手席に座っていたミコトは、相変わらず窓の外を流れる景色を眺めていた。
「さっきの景色とはかなり違って見えますね」
「東京とは言え、すべてが都会ってわけじゃないからな」
先ほど寄ったコンビニで購入したお茶を飲んでから、ゴロウは再度口を開く。
「偽造した書類には、お前はアメリカの片田舎の学校から編入してきたことになっている。だからそのように振る舞えよ。俺は日本支部に滞在することになるから、基本的に単独での任務になるが、何かあればすぐに報告する様に」
「はい」
「日本での滞在は学校近くのアパートを借りているからそこを使え。場所は後でメールしておくから、自分で調べて、必要なものを取り揃えるように。近隣住民に迷惑を掛けるんじゃないぞ。何かトラブルがあれば大家さんに相談しろ。いいな?……それから……」
ゴロウは言いかけて、一度口をつぐんだ。
「それと、最後に一つアドバイスをしてやる」
「はっ」
「友達を作るといい」
「友達……ですか」
初めて聞いた言葉のように、ミコトは返した。実際は、聞いた事もあるし、意味も分かるだろう。だがそれほど彼にとっては、なじみのない言葉だ。
「そうだ。トレジャーハンターにとって、宝というものは何も遺跡の奥にある財宝だけではない。信頼できる相棒や、気のおけない友人、一緒に酒を飲める相手など、その価値は非常に大きいものだ」
「……? はい」
首を傾げるミコトを横目で見て、ゴロウは思わず苦笑いをした。
「わかっていないのに、『はい』などと答えるのは感心せんな」
意地悪くゴロウが言うと、ミコトは居心地悪そうに視線を
「……つまり、一人で戦うよりも、誰かと一緒に戦った方が楽だということだ」
「……なるほど。理解しました」
一般的な考え方に至る経験値が足りていないミコトにも分かるように教えてやると、納得と安堵の空気がゴロウの隣から伝わってきた。
「気合を入れろ。今回のミッションは、今までとは一味違うぞ」
「……
ミコトがそう答えると、ゴロウは満足したようで、そのまま黙って運転を続けた。
(学校は、学業以外にも学ぶことがたくさんある、とマニュアルには書いてあった)
ミコトはカバンの中に入っている、ゴロウに貰った『楽しい学園マニュアル』の存在を思い出す。
(……あの男が言った言葉の意味や、涙の理由も――理解できるように、なるのだろうか)
益体もないことを考えて、ミコトはまた流れる風景を見つめた。
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