1-6
しばし呆気に取られていた矢吹だったが、はっとして声を上げた。
「山下君、大丈夫!? ケガはない!?」
ミコトにスマホを撃たれた生徒に矢吹は駆け寄るが、彼は鬱陶しそうにするだけで、特に怪我はないようだった。スマホは破壊されていたが。
「天原君! エアガンなんて持ち込んだら駄目じゃないですか!それに、人に向けて撃ったりしちゃいけません!」
混乱気味に、それでも教師としての役目を果たそうと矢吹はそうミコトに言って聞かせようとした。だがミコトは首を横に振り、
「矢吹先生。これは
そう淡々と答えた。
「ええと……つまり?」
「自分の行動に、問題はないかと」
平然と答えるミコトに、矢吹は躓いてもいないのにいきなりばたーん! と転んだ。
(何もない所で転ぶとは……なんと運動神経の悪い人なのだろうか。日常生活に問題がないか心配になるな)
ミコトは矢吹を哀れに思いながら手を貸してやり、彼女を助け起こした。
「大丈夫ですか、矢吹先生」
「だいじょ……ぶですけど! 危ないことをしちゃいけません! それに、学校に関係ないものを持ってくるのも禁止です!」
「問題ありません。理事長に許可は取ってあります」
真面目くさって言うミコトだったが、矢吹はいきなりはっとしたような顔をして、何か理解したとでも言いたげにため息をついた。
「……わかりました。そういうお年頃なんですね。……でも、ここは学校です。おもちゃなんか持ってきちゃダメですよ。ほら、そのエアガンは先生が預かっておきますから……」
「申し訳ありません。矢吹先生のような素人に渡すのは危険なので出来かねます」
必死に拳銃を取り上げようと手を伸ばしてくる矢吹を躱し、ミコトはさっさと拳銃を懐にしまい込んだ。
「天原君! 学校には学校のルールがあって――」
「矢吹先生」
矢吹が説教を続けようとしたが、ミコトは遮るように声を上げた。するどい眼光を矢吹に向けてきて、つい彼女はたじろぐ。
「理事長にご確認をお願いいたします」
「うう……ハイ……」
蛇に睨まれた蛙が、何かできるわけもなく。
「――問題ねえわけねえだろうが! お前、頭おかしいんじゃねえのか!」
と。そう叫んだのは、先ほどスマホをミコトに破壊された男子生徒――山下だ。
「む。弁償しろと言いたいのか? 君の住所と名前を教えてくれれば、すぐに新しいスマートフォンを届けさせよう」
平然とまた答えたミコトに山下は更に怒りを募らせる。
「そういうことじゃねんだよ! お前、マジで頭おかしいぞ! こんなもの持ち込んでいいと思ってんのか!」
「必要だからな」
ミコトが即答すると、山下はわなわなと肩を震わせてから、乱暴に着席し、舌打ちしてから黙り込んだ。
矢吹はまた呆然としかけたが、咳ばらいを一つし、再度口を開く。
「天原君、あとでお話があります。ホームルームが終わってから、先生と少しお話をしましょう……」
「はっ。矢吹先生がおっしゃるならば」
ミコトがきびきびとそう答えるが、矢吹はまたどっと疲れが増し、ため息をついた。
「え、ええと……改めて、新しくクラスに来た……転校生を紹介します。み、みんな、仲良くしてあげてくださいね……? さ、天原君、自己紹介して」
ミコトが口を開く瞬間を、クラスの全員が緊張した面持ちで見つめていた。
「自分は天原ミコトと申します。階級と所属は機密事項につきお答えできませんが、皆さんと同じ普通の高校生だと自負しております。何卒よろしくお願いしたします」
自分で普通だと言い切った異常者に、その場にいる本人以外が唖然とした。
(……そうだ。ゴロウさんから頂いたマニュアルに、笑顔が大事だと書かれていた……コミュニケーションを円滑に行うことができる秘訣だと……)
ミコトはそう思って、笑顔を浮かべて見せた。ぎこちなく口角を上げ、ひきつった笑みを浮かべるが、目は一切笑っていない。
クラスメイト達がさらにミコトを不審な目で見つめる結果となってしまった。
(……失敗したか……)
ミコトは居心地悪そうにつま先を見つめ、小さく息をついた。
それを見ていた矢吹ははっとし、慌てて両手をバタバタさせた。
「あ……天原君は海外で生活していたので、さきほどのように……日本の常識や文化には疎いところがあります。だからみんなでフォローしてあげてくださいね」
そんな言葉でフォローできるとは思えなかったが、矢吹は必死に生徒たちとミコトの間を取り持とうと思考を巡らせた。
「そ、そうだ! 天原君に何か質問がある人ー!」
矢吹が空気を変えようとそう提案すると、一人の女生徒が手を上げた。ツインテールを揺らし、席を立つと、ミコトを油断のない目つきで睨みつけていた。
「はい。天原君はどうしてこの学校に転校してきたんですか?」
「両親の仕事の都合で日本に」
「天原君の両親って、何をしている人ですか? ……理事長に許可を取ってまで、実銃を日本でも持たせるような職業?」
彼女の質問で、ぴりついた空気がクラス中を支配し始めた。だがミコトはあくまで表情を変えない。
「機密事項だ」
「機密事項って……それじゃあ答えになってないわ」
「プライバシーの侵害だ。君には知る資格も、俺が君に教える義務もない」
「な……!?」
ミコトがさらりと答えると、女子生徒は顔を真っ赤にした。非常に短気らしい。
「今朝の騒ぎの火元もアンタなんじゃないの!?」
「知らない。俺は騒ぎなど起こしていない。君の方が、よっぽど騒がしい」
「な――なんですってぇえ!?」
「ま、まあまあ、落ち着いてください、花崎さん! 天原くんもそんな言い方したらダメですよ」
矢吹に言われて、花崎という女生徒は苛立たし気にどかっと席に座った。
「はっ。矢吹先生のご命令であれば、無論従いましょう」
対するミコトはすぐに敬礼をして見せた。その姿を見た生徒達は空気を一変させ、笑い始める。
「ぷっ。あの人、面白いね。喋り方とか軍人っぽいし、エアガン持ってくるし……
「うん。なんか、ヤバい人かなって思ったけど……ちょっと面白いかも」
「それによく見るとちょっと可愛くない!? 背が小っちゃくて顔も可愛い系だし」
「わかる、小動物っぽいよね」
女子生徒を中心にミコトを受け入れるような空気が徐々に広がり始める。無論、未だ不審な目を向けている生徒もいたが、確実な変化が起きていた。
よくわからなかったミコトは首を傾げ、その光景を見つめていたが。
「はい!私からも質問!天原くんの好きな食べ物を教えてくれるかな?」
一人の女子生徒がそう尋ねると、クラス全員の注目が彼に集まる。
(最善の解答を導き出さねば。日本の高校生らしい解答……)
ミコトは顎に手を当てながら考え込んだ後、おもむろに答えた。
「……カレーライスだ。一般的に言う、甘口だな」
「へー。甘いのが好きなんだ」
「ああ。辛いものだと、舌が痺れ、毒物の混入が容易に判別できないからな。なるべく控えている」
「そ、そうなんだ……。結構こだわりあるんだね」
想定外の解答に女子生徒は戸惑っていたが、ミコトは気にする風もない。
「趣味はありますか?」
「趣味か。読書と音楽鑑賞だな」
「本って何をよく読むの?」
「世界の情勢を知るために各国の雑誌や情報誌を読む。あとは軍事関係の資料が多い。アメリカの軍事専門誌を定期購読している」
「……えっと、音楽はどんなジャンルを聞くの?」
続いて問われた問いに、ミコトの眼が光る。
「SuccessZoneの『Dance in the Night』と水川あきよしの『あきよしのズンチャカ節』をよく聞く」
ミコトが早口でまくし立てるように言うと、質問した男子生徒はぎょっとしていた。
「ひ、広いジャンル聞くんだね……」
「ああ。高校生らしいだろう?」
「そ、そうだね……」
(よし……! ゴロウさんのレクチャーを受けたお陰だ……!)
不審そうな生徒を尻目に、ミコトは満足げな表情を浮かべている。
「はい! 好きなタイプとかありますか!?」
その質問が飛び出ると、クラス中が突然大盛り上がりを見せた。ミコトにはその盛り上がりの理由がさっぱり理解できなかったが、ゴロウとのレクチャーを思い返す。
『いいか、ミコト。好きなタイプと尋ねられたら、それはお前が好ましいと思う拳銃の種類を問われているわけではない。お前が恋人にするとしたら、どんな人物がいいかというのを問われているんだ。実際に作る気がなくとも良い』
『しかし……恋人というのは、一体どのような人間を選べば……』
『そうだな……お前が思う、傍においても良いと思える人物像を想像するんだ』
(傍においてもいいと思える人物……)
ミコトは想像することが小さいころから苦手だった。敵兵への対処へのシュミレーション程度はするが、それ以外はほとんどない。
現実に反映されることもないし、したところで何の意味があるのかミコトにはいまいちわからなかったからだ。
「……足手まといにならず、俺の指示通りに動く人間だ。優秀な狙撃手だと尚良いな。あとは、爆弾処理の技能を持った者だと助かる。スパイとして潜入した際に上手く溶け込める程度に人心掌握術にたけており、自分の身くらい自分で守れる程度の戦闘力があれば文句なしだ。できれば、出自はしっかりしている方がいい」
必死に頭を働かせて出した答えだったが、クラスは完全に静まり返った。
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