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「此処、穴場なんだよね」

 片瀬に連れられてきた場所は、ミコトたちのクラスがある校舎とはちがう、木造の校舎の見える裏庭だった。

 この庭は昼休みだというのに、人影は全くない。

旧校舎あそこにはお化けが出るとか言われてて、あんまりみんな近寄りたがらないんだよ。ま、そもそも教室がある校舎からちょっと距離があるからね。わざわざこんなとこまでくる物好きな奴はそういないよ」

 片瀬は言いながら、花壇の縁に座って、ミコトに手招きした。ミコトも習って、枯れた雑草を背に、片瀬の隣に座った。

「おばちゃんがオマケであんパンくれたよ。よかったらって」

「オマケ。俺も武器商人から弾薬を購入した際『今後ともごひいきに』と言われ、手榴弾を渡された事があるが……。この学校にもそういったシステムがあるのか」

「天原の軍事マニアぶりは筋金すじがね入りだねえ……」

「ああ。一応、専門知識もある。銃火器の整備から、戦術論まで一通り学んでいる」

「本格的なんだな。俺にも今度教えてくれよ」

「構わないが……一般人には開示できない情報もあるため、そのあたりは理解しておいてほしい。君が命を狙われる危険性も……」

「ははっ。オーケー、オーケー」

(本当に分かっているのだろうか)

 ミコトは片瀬の軽い返事を聞いて、不安に思った。

「ま、とにかく食べよ。ほい、天原の分」

 パンを渡され、ミコトはしげしげとそれを見つめてから、開封した。

「パンに何故麺が挟まっている?俺の認識では、どちらも炭水化物に分類される食品であり、挟んで食べるのは一般的ではないと推測すいそくするが……」

「それは焼きそばパンって言うんだ。美味しいから騙されたと思って食ってみ」

 片瀬に言われるが、自分の概念をがいねん揺るがしてくる食べ物を前に、ミコトは動揺していた。

 恐る恐る口に運ぶと、濃いソースの風味と麺、柔らかいコッペパンの調和が絶妙な味わいを生み出していた。紅ショウガがアクセントになっており、くどさを感じさせないような工夫をミコトは感じた。

 素朴な味わいだが、小手先こてさきの業など必要ない。まさにシンプル・イズ・ベストという言葉がふさわしい食べ物であると、ミコトは強く思った。

「……人類の英知だ……! 素晴らしいぞ……!」

 目を輝かせながら言うミコトに、片瀬は口元をひきつらせた。

「う、うまいけどさ……そんな感動するようなもんでもないと思うんだけど……」

「何を言っている。おばちゃんを何故この学校に燻らせているのかが疑問でならない。これなら、おばちゃんは世界を股にかける大商人になることができるというのに」

「お……おう」

「今度、俺のスポンサーに推薦してみよう」

 続々とミコトの口から飛び出すすっとんきょうな言葉の数々に、片瀬は呆気に取られていたが、やがて小さく笑って、口を開いた。

「スポンサーって……ホント、天原って何者なんだろうな……ただの軍事マニアじゃない気もしてきたよ」

「機密事項だ」

「機密事項て……どっかのエージェントじゃあるまいし」

 苦笑交じりに言った片瀬の言葉に、ミコトは足元に視線をやって、黙り込むしかできなかった。

「……まあ、無理に聞こうってわけじゃないし、別に良いけどさ」

「感謝する」

 片瀬の気遣いに、ミコトは小さく息をついた。

「それにしても……なんか変なこと聞いて悪いな」

「気にすることはない。……しかし、俺は見ての通り他者とのコミュニケーションがあまり得意ではない。不快にさせていたら、申し訳ない」

 ミコトは無表情ではあったが、こころなしかどんよりとした空気を隣から感じて、片瀬は慌てて声を上げる。

「え! あ、いや、そんなことないよ! むしろ、もっと話してみたいと思ってたくらいだし――だからこうして、昼誘ったんだよ。天原はちょっと変わった奴だけどさ。でも、普通にしてれば仲良くなれそうな気がするんだよな」

(仲良くなれそう……!?)

 何とはなしに行ったであろう片瀬の言葉だったが、ミコトははっとした。

『友達を作るといい』

 ゴロウにされたアドバイスをミコトは思い出していた。

(片瀬は、とてもやさしく、俺に過度に干渉せず、しかし友好的だ。これは、友人関係を築くのに十分な条件を満たしていると言えるのではないか? ゴロウさんのあの口ぶり……今回の任務をこなすうえで、友人は必要になってくると言う事だろう……ならば、尻込みしている場合ではない)

「……片瀬」

 茶色い液体がミコトの拳に滴るのを片瀬はぎょっとした目で見る――ミコトは尋常じんじょうでないほど緊張しきった様子で、手に持っていた缶コーヒーを握り潰していた。

「な、なんだ? どうかしたのか、天原」

「実は、折り入って頼みがあるのだ」

 きびしい目つきで睨むように片瀬の眼を見て、重々しい口調で言うミコトに、片瀬は冷汗を流した。

「た、頼みだって!? お、俺がお前の願いを叶えられるかどうかなんて分からないぞ……」

「……友達に……なってくれないか」

「へっ?」

 ほうけたような表情を浮かべ、片瀬は気の抜けたような声を上げた。

「君に、になってほしいんだ」

 先ほどよりはっきりと、ミコト。そしてようやくミコトの言葉を理解したらしい片瀬は、「フッ……あはははははっ!」と、突然笑い出した。

「な、何故笑う。俺は真剣に頼んでいるのだが」

 至極真面目に言ったつもりだったミコトは、片瀬が笑う理由が分からず、困惑しきっている。

「ごめん、悪かったって! でも、いきなり缶コーヒー握りつぶしながら『友達になってくれ』って言うヤツいないよ!」

 「それにさ」と片瀬は笑いすぎて浮かんだ涙をぬぐいつつ、言葉を続けた。

「もう友達じゃないの? 俺はそう思ってた」

「……そうなのか?」

 不思議そうにするミコト。

 片瀬はまた吹き出しそうになったがなんとか堪えて、言葉を紡いだ。

「いいから、いいから。とにかく俺と天原は友達な? 決まりだ」

 微糖のコーヒーでべたべたになったミコトの手にハンカチを渡しながら、片瀬は目を細めてそう言った。

「……分かった。よろしく頼む」

 こうして、前途多難な学校生活の中でミコトには初めての友ができたのだった。

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