2-20
「これはコンプライアンス違反デスよ! 白華学園の生徒は素晴らしい人材ばかりだと聞いていたのニ、ガッカリデス! 日本の未来を担う若者を育てる場がこうでいいはずがありまセン!」
ラジャブの言葉に教師たちは狼狽し、ああでもないこうでもないと話し合い始めた。
「……ワカりマシた。このことはすべてマスコミ、およびネットを通して公表しマス。ワタシの愛するニッポンの高校でこのようなことが起きているというのニ、それを放置するわけにはいきマセン。これは大問題デスから」
ラジャブは大仰に語ると、壇上を去ろうとした。すると、教師の一人が慌てて声を上げる。
「し、しかし私たちはそのような事実は確認しておらず……そう、校内アンケートでも虐めの疑いがあるという回答はありませんでしたが」
反論されると、ラジャブは眉をひそめる。
「校内アンケート? それはどういうモノデスか? 正確にいじめの有無を判断できるモノなのデスか?」
「……校内アンケートは、集計方法が不明瞭で、信憑性に欠けるものです。それに、事実を答えれば虐めがより悪化すると判断して、黙秘している可能性もあります」
壇上の矢吹がそう言うと、先程反論した教師が目を剥いて怒り出した。
「き、君!それは憶測だろう!」
「以前、報道部の花崎マリナさんが校内新聞を発行した際、記事には虐められた生徒の実名が記載されていました。その中に御宅田くんの名前もあり、彼が実際にいじめられていたことは明白だと思います」
「彼女が発行した記事の内容に、裏付けられる証拠はなかったじゃないか。それに彼女は謝罪し、それが虚偽であったと認めたと……!」
禿げた頭に玉のような汗を浮かべながら、さきほどから反論している教師は言い募る。
「えぇ、確かに。ですが、彼女から話を聞いたところ、空き教室に呼び出され、数人の教師から「謝罪し、記事の内容が虚偽であると認めなければ退学にする」と言われたそうです。彼女の所属する報道部の部費も削られ、今後活動できなくなるかもしれないと脅され、やむなく謝罪したということです。卑劣ですわぁ。十代の子供の将来を盾に取るなんて。教育者が」
愉しげに笑いながら、尾蝶が続けて口をはさむ。
「あら?小田先生?なぜそんなに必死なのかしら。どうしても花崎さんが嘘をついていると決めつけたいみたいですわねぇ。――なぜ、彼女が真実を言っていたら、あなたは困るのかしら?」
魔女のような、底冷えするような笑みを浮かべて尾蝶が尋ねると、小田と呼ばれた男性教諭はぐっと言葉に詰まる。
「……彼女は授業態度も不真面目の上、反抗的な生徒ですが、そのような悪質な嘘を吐く生徒ではありません」
渋い顔で黙っていた東山がそう声を上げると、「赴任してきたばかりのくせに適当なことを言うな!」と苦し紛れに小田が反論した。
数人の教師たちもやれ「証拠がない」「推測に過ぎない」などと口々に言い始める。
「……すみません!」
矢吹がマイクを奪い、ラジャブを押しのけると、すうっと息を吸い込んだ。
「御宅田くんが苦しんでいるのに、教師として何故目を逸らすんですか!わたしたち教師が真実から逃げるのは、間違っています!」
矢吹は毅然とした表情で続ける。
「生徒の皆さんも、聞いてください。三原ミカさんというひとりの女生徒が自殺したときも、わたしたち教師は、彼女の自殺の原因を探ろうとしませんでした。それどころか、のちに発覚した虐められているという事実を隠し、見て見ぬ振りをしていたんです!」
「……」
講堂内が静まり返る。
ひとりの女生徒が命を絶った。事故でもなく、病気でもない、やむを得ない事情ではない――辛く苦しい現実から逃げるために、その道を選ばざるを得ないほど、追い詰められてしまったという事実は、この広い講堂から音を奪うには、十分過ぎた。
「あの事件から、教師としての在り方について考えさせられました。だから、今度こそ間違えません。どんな生徒にも向き合います。いじめは間違っていると、間違った事があれば責任を追及します。生徒を正しい道に導くのが教師の役目です!だから、わたしは……!」
大人げなく泣きじゃくりながら続けようとする矢吹の手首をすっとミコトが引っ張った。
「……矢吹先生、ありがとうございました。――みなさん。生徒会長であり、今この時は理事長の代理として、そして学校経営を任されている尾蝶家のひとりとして、わたくし、尾蝶レイカから皆さんにお伝えしたいことがあります」
尾蝶は、凛とした佇まいで話し始めた。
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