3-14
校門を出て、二人で並んで歩く。
日は完全に沈み、街灯の光がぽつぽつと点き始めている。
「部活見学、どうだった」
コンビニに寄った際に購入したメロンオレをちびちびとミコトが歩きながら飲んでいると、隣を歩いている片瀬がそう尋ねてきた。彼もまた、買っていたアイスカフェラテを飲みながら。
「気になった部活はあった?」
「どの部活も俺の経験にはない体験ができ、新鮮だった」
「……その返答って事は、まあ別に入りたいなとは思わなかったって感じ?」
「…………!」
図星を突かれたミコトはぢゅっ、と勢いよくメロンオレを吸い上げ、軽くむせた。甘ったるいジュースがのどに張り付いて不快感を覚える。
「……君の洞察力は、軍人のそれか、それ以上だな」
「そーいうんじゃないけどさ、なんとなく天原、無口だけど顔が雄弁に語るというか……」
感情は表に出さないように努めていたつもりだったが、片瀬には丸わかりだったことにミコトは内心驚愕していた。再度表情を引き締めたが、やはり片瀬は分かったような風に、苦笑していた。
「部活やって、有利な事も多いよ。進学とか、就職とかの時だって面接で自己PRできるみたいだし」
「……そうなのか」
「天原なら、特に運動部ならどこに行っても活躍できると思うんだけどな」
「……うむ……」
そう片瀬の説得じみた会話に生返事を続けるミコト。気づかわし気に見つめてくる友人の、ここ最近の言動についてまた考え込んでいたが、それすらも伝わっているかもしれない、というふうにまで悩み始めてしまった。
「……何か不安なことあった? 大体こたえられると思うし、なんでも質問してよ」
言われて、ミコトは顔を上げて片瀬の方を見た。じっと不躾にみられた片瀬は、どこか居心地悪そうな顔をしている。
(直接探るに限るな。別段、尋ねて可笑しい事でもないはずだ。花崎もそうしていた。……
思い立ったがなんとやら、とばかりにミコトはすぐさま口を開いた。
「片瀬、君の家族構成を教えてくれないか」
「え」
「君が何でも質問していいと言ったから」
「まあ、たしかに……」
そうきたか、と自分の額を軽く叩いてから片瀬は苦笑をまたして、続けた。
「……俺の家は両親と兄貴がひとり。普通の家だよ」
「なるほど、では、両親がどんな仕事をしているのか教えてほしい」
「俺ん家は……父親が神主で、母親は専業主婦」
「片瀬の家は神社なのか」
「うん、大したとこじゃないよ。東京じゃなくて、田舎の方にあるけど」
尋問ばりに堅苦しい調子で尋ねるミコトに動揺する事もなく、片瀬は淡々と答えつづけた。
「そうか。では兄がいると聞いていたが、どういう人なんだ」
それを聞いた途端、片瀬の目が細くなった。纏う空気も、なんとなく変わったようにミコトは肌で感じていた。
「……変わった人だよ。とにかくマイペースで、何考えてるかわからないっていうかさ」
「片瀬の兄だから、きっと真面目で穏やかな人なのかと思った」
「……全然俺とは似てない。それに、真面目とは言い難いよ。何かに打ち込んだりとか必死に勉強するとか、そういうのはないかな。どっちかっていうと、自分の好きな事だけやるって感じだ」
唐突に、片瀬は足を止めた。閑静な住宅街で、コンクリートのフェンスに囲まれ、頼りなげな防犯灯が二人をわずかに照らしている。
「でも。何しても周りから許される。……何もしなくても、ひとに好かれる」
プラスチックのカップを軽く意味もなくへこませながら、片瀬は続ける。
「昔から、ずっとそうなんだよ。あいつがちょっと何か言えば、皆が褒め称える。カリスマ性っていうのかな?なんか立派なこと言って、後先考えずに突っ走っていく。その後の責任とか、後始末とかそういうのは考えずに。でもそれが尊ばれる。それが、凄いとほめたたえられる」
淡々と語るその口調からは、片瀬の感情を読み取ることはミコトにはできなかった。
「……努力しなくても、なにか得意じゃなくても、ただそこに居るだけで周りの人間を惹き付ける。そういう才能みたいなものがあるんだろうね。俺とは正反対だよ。俺は何かしなきゃ、なんでも出来なきゃいけない。でもあいつは違う。何もしないでいい。なにもしなくても全部上手くいく……」
片瀬は視線を落として、静かにそう、つぶやくように言った――どちらかというと、絞り出すような声で。
「……片瀬」
「太陽は、自分で輝かなきゃいけない。疲れてたって、強く輝いて、自分の身を削って、たくさんのひとを照らす。眩しいって、目を背けられても」
片瀬は視線を空に向けた。恨めしげな、羨望の視線を。
「でも、月はただそこにあるだけで、その光でまわりのものを柔らかく照らしてくれるんだ。心細い夜の導になってくれる。鬱陶しい太陽の光の反射だけで、月は光を放てる」
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