3-15
呟いた後、ハッとして片瀬は慌てて首を横に振った。
「ごめん、ま、俺みたいにあんま兄弟仲良くない奴もいるってことだから気にしないで。ホント、昔から価値観とか合わなくてさあ」
そう言って、無理やり笑って見せた。いくら感情の機微に疎いミコトでも、その表情が、あきらかに張り付けたものだと言う事は、よくわかった。
「ま、そんなことよりさ――」
「……君はもっと、高校生らしくした方がいい」
唐突に放たれたミコトの言葉に、片瀬の眉がぴくりと動いた。
「周囲に、頼るべきだ。大人に言いにくいなら俺でもいい。一人で抱え込み過ぎるのはよくない」
そう、ミコトはやわらかく語り掛ける。途端、片瀬の顔に戸惑いが滲み出た。
しかし、すぐにそれを抑えつけるような笑みを浮かべると、いつものように人当たりの良い声色で言った。
「心配してくれてありがと。でも大丈夫だから」
「君は……日本の高校生だ」
ミコトの言葉の意味を測りかねた片瀬が眉をひそめたが、彼が返す前にミコトが口を再度開いた。
「子供が子供らしくあれる国で、無理に大人になる必要はないと思う」
不思議と、言葉が出てきた。彼に伝えたかった想いが、ミコトの口からやっと言葉として出てきた。
「……本当に、いいから。これは、俺の問題だし」
「君が苦しいなら、俺は力になりたい。……境遇は違うかもしれないが、なんとなく君と俺は、似たところがある。だから、きっと俺は君の気持ちが分かる気がするんだ……」
「……似た、ところ……?」
「それに、君はいつも、俺を助けてくれる。俺の事を心配してくれる。同じように、俺も――」
畳みかけるように続けるミコトだったが、視界が激しく揺れ、唐突に引っ張られたような感覚につい言葉を飲み込んだ。
「マジでさあ……! お前……なんなんだよ! 関係無いだろ! ほっといてくれよ!」
そんな怒声を浴びて、ミコトは今の状況をやっと理解した。片瀬の怒りを買い、胸倉を掴まれているのだと。
「ずかずか入り込んできて、俺の問題だって言ってるのに詮索してきて! なんなのお前! 見て分かれよ! 察しろよ! 踏み込んでくんな! どんだけ空気読めねえんだよ!」
朗らかな笑顔は消え去り、怒りと悲しみが入り混じったようなそんな表情――複雑に顔を歪めている。いつもは穏やかに見える黄昏が、激情を宿して揺れていた。
「いつも俺がお前の世話焼いてるのは俺が『優等生』だからだよ! そうでなきゃ誰がお前みたいな、頭おかしい奴に構うかよ! 勝手に勘違いして、何が心配だよ!」
涙の膜の照り返しが、片瀬の暗く濁った瞳を鈍く光らせた。
「気持ちが分かる? 似てる!? はあ!? お前みたいな、何でも持ってる奴にわかるかよ! 気持ち悪いよ、お前! 俺はお前が何考えてるかなんて、全ッ然わかんねえよ!」
言葉とは裏腹に片瀬は今にも泣き出しそうな、悲痛な叫びをあげた。
「お前は、あいつと同じ種類の人間だよ! 何でも持ってるくせに、上から目線で、俺のことを見下して! なんなんだよ! そんなに憐れみたいのかよ! 俺の努力は全部無駄だって、そう言いたいのかよ!」
激昂する片瀬の言葉のひとつひとつが、自分に向けられたもののはずなのに、その言葉で片瀬自身が傷ついているような錯覚をミコトは覚えた。
「勝手に俺をわかった気になって! 気持ちいいのかよ、それ! 虫唾が走るんだよ、偽善者!」
それから少しして、ミコトの胸倉を掴んでいた手が、だらんと下に落ちる。俯いていて表情はよく見えないが、小さく肩が震えていた。
「……ここでのことは、なかったことにしてほしい。明日からも、……いや、明日からはもっと上手くやるから、ちゃんと、便利で使える優等生でいるから……!」
片瀬は懇願するような声音で頭を下げて、続けた。
「――他の連中みたいに、都合よく利用して。お前が何かこの学校でしようとしてるなら、その隠れ蓑として俺を使ってよ。俺は何も詮索しない。学校に居るなら、友達の一人や二人、いた方が自然だろ。……そう言う風に、できるからさ。だから、もう……」
――ほうっておいて、ほしい。
絞り出すように、それだけ言って片瀬は顔を上げた。いつもの笑顔を貼り付けようと、必死に口角を上げようとしているが、それはひくひくと引き攣って歪な笑顔を作っている。
「明日からは、また、普通に、友達でいよう。――また、明日ね。天原」
糸の切れた、壊れた人形のようないびつさを晒して、片瀬は去って行く。
引き留める事も出来ず、ミコトはその背を見つめるしかできなかった。
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