3-16
その翌日の白華学園は、学園の歴史に残る最悪な一日になった。
「お、おい、あいつの鞄からボロボロこぼれてるのってなんだ? 落ちて割れてるけど……」
「なんか、異臭しないか……? てか、目、痛くなってきた……」
ミコトが登校するや否や、彼の鞄から化学薬品のボトルが零れ落ち、得体のしれない薬品が床にぶちまけられる。
いつも、いかなる状況にも対処できるように、と何故か様々な危険物を持ち込んでいるミコトだったが、だからこそ、その鞄は厳重にロックまでかけてあったのだが、鍵どころか金具まで留まっておらず、ぱかぱかと開いてしまっているのだ。
際限なく、わけのわからない薬品や一般人には馴染みのない武器が鞄から床に落ちていく。
皆目の痛みや刺激臭に苦しみ、不調を訴える生徒たちが悲鳴を上げながら保健室に次々と駆け込んで行った。
慌ただしい阿鼻叫喚のをよそに、ミコトは呆然と廊下を歩いていく。
(……俺はどうすれば……温厚な彼を本気で怒らせてしまった)
深く考え込むミコトの鞄から、タイマーのようなものがついた筒状の何かが廊下に落ちた――落ちた衝撃で何かのスイッチが入ったらしくカチカチと不穏な音をたてはじめる。
「お、おい、あれって爆弾じゃないか!? 先生――!! あいつの鞄から爆弾っぽいものが!」
より一層校内が騒がしくなるが、ミコトはまだ思考の海を漂っていた。
(……明日から普通に友達でいよう、などと言われたが、どう声をかければいいのか……)
渋い顔で考え込み続けるミコトの横を慌ただしく生徒たちが走り抜けていく。
「どけよ!」
「はあ!?男なら男らしく女の壁になって死ね!レディーファーストでしょうが!このミソジニストが!」
「命の危機に性差なんてねえだろが!都合のいい時だけ女と言う事を利用しやがって!死は男女平等だっ!」
「皆――!講堂に避難しなさい!避難はおはしもだぞ!おはしも!」
「おまえを はなさない しなせない……も……もってなんだっけ……?」
パニックを起こす人ごみを逆走し、ものすごい勢いで爆走する女生徒が一人――。
「ちょっと天原アンタ、またなんかやらかしたわけ!? 何この騒動今度何やったの――」
カメラ片手にわざわざ鬼気迫るこの場に来た花崎の怒声をかき消すように、じりりりり、と間抜けなアラーム音が鳴り響く。
「よ……?」
ぴたりと立ち止まって、花崎が周囲を見回す。ひとまず何も起きない。
「ったく、アンタはいつもいつも――」
文句を言いながらずかずかとミコトの方へ近づいてくる花崎も、安堵し始め、なんだただのアラームか、などと周囲の生徒や教職員が纏っていた緊迫した空気が緩んだ瞬間――。
(そもそも友達とはなんだ!? 俺は昨日まで、片瀬とどのように会話していたんだ! ――俺と片瀬は、真に友達だったといえるのか!?)
悩めるミコトが胸の内で嘆くとほぼ同時に、一八〇デシベルのけたたましい爆発音と一〇〇万カンデラの閃光が校内もろとも彼を包み込んだ。
結局その日は危険物や薬品の撤去等で、臨時休校になってしまった。
救急車で運ばれていった生徒も数人いたが、軽症で済んだのは不幸中の幸いだろう。
ミコトはというと、無論だが尾蝶に命じられ、罰としてその手伝いと後処理をさせられる羽目になってしまったのだった。
「…………」
化学薬品が辺りに散乱し、炸裂したスタングレネードの破片が散らばっているのを見て、ミコトは愕然とする。
(考えられないミスだ……まだ、持ち歩いてもさほど影響のないレベルの薬品と、試作のスタングレネードだったからよかったものの……)
ガスマスクと防護服をきっちり着込んだミコトは、自責を続けながら自分のしでかしを黙々と片付け始めた。
「――冷静沈着、泰然自若。与えられたミッションを難なくこなすお前が、珍しい失態だな。日本に来たことで、彼らの平和ボケが移ってしまったか?」
低く、静かな男の声が響く――その声は何故かすぐに姿勢を正さねばならない、とミコトを反射的に立ち上がらせた。
作業着を着て、帽子を深くかぶった六〇代前半くらいの男だった――痩せてはいるが、頼りなげでなく、威圧感すら感じる。
(ただの民間人ではない……)
ぞっとしない面持ちで、ミコトはガスマスクを外さぬまま、無遠慮に男を見据えた。
「ふ。……長く戦場を離れ、私を忘れたか?ミコト・アマハラ軍曹」
帽子をとった男の顔を見て、ミコトははっとした。
その顔は、ミコトの記憶の中よりも、深くしわが刻まれていた。しかし、彼が捨てた祖国のように冷たくきびしい眼光は、戦場を離れた今でもよく覚えている。
「……失礼いたしました、サヴェリエフ大尉」
当時のように敬礼をしようとしたミコトはすぐにガスマスクを外そうとした――のを作業服の男――サヴェリエフが制した。
「よせ。今私はお前の上官ではない。それに、まずは目の前のミッションをこなすのが先だ。迅速に片付けるぞ」
「……了解」
静かにやり取りを終えると、二人は慎重かつ素早く、片付けを進めていく。
地雷でも処理するような緊張感が、その場には漂っていた。
「な、なんかあの二人、ただならぬ雰囲気出してないか……?」
「き、気味悪いし俺らもさっさと終わらせて帰ろうぜ……」
処理業者たちもまた、二人を不気味に思いながらも、黙々と仕事を進めた。
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