2-13

「もっかい聞くけど、ジョーダンとかビョーキじゃないのよね?天原」

「ああ。冗談は苦手だ」

「アンタが言うと説得力しかないわ……」

 一限目後の休憩から三人は、屋上へと場所を移していた。

「ていうか、俺に責任取れとか言ったけどさ、どうごまかせばいいっていうんだよ、花崎」

 非難じみた声音の片瀬に、フェンスにもたれかかった花崎は目を瞬かせて。

「そこは優等生で先生方の好感度高まりまくりの片瀬クンがうまくやってくれるんじゃないの?」

「無茶苦茶言いますねえ……」

 花崎の横暴に目を半目にして、片瀬はつぶやいた。

「それで……俺がこの学校に来る前、御宅田は何かあったのか?先ほどクラスの雰囲気が、物々しいものになっていたが」

 ミコトが尋ねると、花崎は腕を組んで少し考え込んだ後、口を開いた。

「御宅田、一年の頃から凄いいじめられててさ。二年上がってからもクラスの奴も『虐めていいヤツ』みたいに認識しちゃって、ずっとイジメられっぱなしだったわけ。勿論あたしは見かけ次第ダサい事してんじゃねーわよってシメてたんだけど、あの子、気が弱くて何も言い返せないから。だから余計調子乗らせて、どんどん酷くなってく一方でさ」

 言いながら、花崎は悔し気に顔を歪める。何度か言葉を詰まらせながら、続けた。

「三原ちゃんって子が二年上がるちょっと前くらいに転校してきてさ。その子、前の学校で虐めにあってたみたいで、御宅田の事他人事だと思えなかったらしくって。で、御宅田の事庇ってさ。凄いいい子だったのよ。……でもいい子だから、性根の腐った奴らは許せなかったんでしょうね」

 今にも泣きだしそうな顔になった花崎が続けようとするが、今度は片瀬が口を開く。

「表立って三原をイジメる、ってことはなかったけどさ……。でも、変なサイトに三原の写真載せたり、電話番号晒したりさ……。『変な男の人が連絡してくる』とか言って、怯えてて。それで……そのサイトで勘違いした男が、三原のストーカーになってさ」

「それは……」

「警察沙汰にはなったよ。結局男は捕まった。でも、学校では三原は出会い系で男漁りするような奴だって噂が流れて、余計ひどくなって……結局、三原は学校来なくなってさ……それで、天原が来る一週間前くらいに」

 片瀬は言いづらそうに視線を彷徨わせたが、泣いている花崎が顔を上げた。

「自殺、した。あの子のこと『死ね』とか言ってた奴らの思い通りになるなんて、ホント、バカ……」

 どうしようもなく、花崎は嘆き続けた。

「あの子を追い詰めたやつらの名前、全部校内新聞に載せてやった。やったことも、全部書いた。そしたらそいつらの保護者が学校に怒鳴りこんできてさ。『私の息子の将来が!』とか、『名誉棄損で訴えさせてもらうからな!』とかさ……の親の癖に笑っちゃうよね」

「花崎……」

「『全部虚偽でした』『そんな事実はなかった』って謝罪文かかされて。校内放送でも流されてさ。報道部も部費削られてさあ。それだけならいいよ。でも――――全部にされた。人が一人死んでるのに、三原ちゃんはいなかった、御宅田への虐めなんてなかった、みたいな扱いにされてる!」

 涙があふれて止まらない花崎の代わりに、片瀬がミコトへと向き直り、言った。

「御宅田は……三原が亡くなったって聞いてから、ますます学校来なくなった。俺達も、何かあったら相談に乗るよって言ってたんだけどさ、結局、御宅田は誰にも頼ろうとしなくて……そのまま。それで今の2-Cは、御宅田と三原の話題に触れるのはタブーって感じになっちゃって……」

「クラスの雰囲気が物々しかった理由は、それか」

 ミコトの言葉に、片瀬は重々しくうなずいた。

「誰も触れない。話題にしない。を作り上げてる! あたしも、あの子が死んだことをにしてる! 皆と同じだ! 知ってるのに、何もしない!」

 花崎は怒りのままに、フェンスに腕を叩付けた。乾いた音が響き渡る。

「違うよ、花崎……しないんじゃなくて、できないだけ……」

「同じじゃん! あたしたちは、時間を待ってるだけ。風化していくのを待ってるんだよ……! 忘れていくんだよ、時間が経てばさぁ! 人間ってそういう便利な生き物じゃん!」

 片瀬の慰めを突っぱねるように、花崎は叫んだ。悲しみ、諦念、怒り――様々な感情がその声には込められていた。

「――気持ち悪い! 気持ち悪いったらない! それこそ――爆破でもなんでもして吹き飛ばしたいくらいに!」

 再び花崎は意味もなく、フェンスを殴りつけた――意味もない行為しかできない自分に、より腹が立った様子で。

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