3-19
少年兵としてミコトが戦場にいた頃の記憶は、最近はぼんやりとしていたが、知識と経験だけはミコトの身に沁みついていた。
けれど、ひとつだけ心に深く残っていた存在がいた。
上官であるサヴェリエフの養子であるライカという少年兵だった。
ライカという少年兵は、悲惨な戦場には不釣り合いの朗らかな笑顔をいつも浮かべていた。北欧系の色素の薄い金髪の少年だったが、彼は大きな声で笑い、楽しそうに戦地を駆け回り、敵兵を殺すと、屈託なく笑っていた。
『なあ兄弟、的あてゲームをしよう!あの間抜けな狙撃手を、オレかキミ、どっちが先に撃ち殺すか勝負だ!』
ときにはそうして残酷な遊びにミコトを付き合わせた。感情が希薄だったミコトは、それに何の疑問も抱くことなく、ライカの遊びに付き合った。
彼は自分が撃ち殺しても楽し気に笑ったし、ミコトがその間抜けたちの頭を撃ち抜けば、もっと嬉しそうに笑った。
『あっちの軍にも、オレらと同じくらいの年齢のやつがいるんだな。オレらのほうが強いってわからせてやろう。なあ、兄弟』
ときにはゲリラをしかけて、敵の少年兵を殺した。隊をひとつせん滅した後、彼らの死体を見て、ライカはげらげらと笑った。
だからたぶん、それらも楽しい事なのだろうと、ミコトは思っていた。よくわからないけれど。
『なあ、あいつら不思議だよな、こどもたちに救いの手を!とか、オレたちが可哀想みたいな事言ってるんだって。不思議だよね』
ときにはボランティアに来た人々を指さして、ライカは無邪気にそう笑っていた。
『でもま、ちょっとあいつらの前で泣きまねしたらさ、ウマいお菓子とかくれたりするんだよ。……ほら、ちょっとやってきな』
ミコトは頷いて、ボランティア団体の構成員に泣き真似をして見せた。彼らはミコトの泣き真似を見ると、あからさまにうろたえた様子で、可哀そうにと口々に同情し、こっそりと菓子をくれたりした。
『ね、ちょろいだろ』
ライカはビスケットをかじりながら、ミコトの頭を撫でた。
『面白いよね。明日には此処、爆発するのにさ。あーやって路地裏で戦う事も出来ずに寝っ転がってる奴らを必死に助けてるんだぜ、あいつら』
爆撃に巻き込まれて酷いやけどを負った子供を治療したり、寒さに震える子供を毛布で慈しむように包むボランティアたちを、ライカは嘲笑していた。
面白いかどうかはわからないが、なるほど不毛なことをするものだ、とミコトはもらった飴を舐めながら不思議に思った。
ライカがまたお菓子をせびりに行っている間、ミコトはぼうっと飴を舐めていた。そして、医者のような白衣を着た男がミコトの方へ歩いてきて、ミコトの頭を撫でた。
『あれ、お前、アジア人か?日本人?珍しいな』
ミコトは何も言わなかった。興味はなかった。返答をするのは、上官であるサヴェリエフと、無視をするとかんしゃくを起こすライカだけでいいと思った。それなのに、その若い医者は勝手にミコトの隣に座って、勝手にべらべらと喋り始めた。
『知ってるか?明日はクリスマスなんだ』
クリスマス、というわけのわからない言葉を言われて、ミコトはまた無視を決め込んだ。大人と言うものは、よく分からない言葉をたくさん知っているもので、そのほとんどが自分には関係の無いものだとミコトは知っているからだ。
『お前たちこどもがプレゼントを貰えたり、美味しいものを食べられる日だ。カミサマの生誕祭だとか言われてるけど、そんなんどーでもいい。主役はお前らこどもだ。楽しい日だ』
医者は一方的に喋り続ける。ミコトにとって、クリスマスというわけのわからない行事も、興味の無い言葉も、理解不能だった。だから。
「わけが、わからない」
そう、正直に答えた。わざわざ言う必要もなかったのに。すると、医者がミコトの頭をぐりぐりと撫でながら、言ったのだ。
『なら、明日またここに来い。おしえてやる』
医者はそれだけ言って、他の子供の方へ行ってしまった。
彼の言う通り、ミコトは明日ここに来る。この近辺を火の海にするために。
医者とのやり取りを見ていたらしいライカがくすくす笑いながらミコトの方へ近寄ってきた。
正直、ミコトは安堵していた。なぜだか、あの医者と一緒にいたとき、胸がざわついたのだ。
『たぶん、見下せるのがキモチいいんだろうな、あいつら。自分より下の存在を見て、可哀そうに、助けてやらなくちゃって。戦う事もできない奴らはともかく、オレらは可哀想じゃないのにね。今撃ち殺してやろうかな?多分撃ち殺しても、皆誰もオレたちを責めないよ』
ライカはけらけらと笑って続ける。
『だって子供だもん、オレたち。怒られるのはダイトーリョー?とかいうえらい大人とかで、オレらじゃない。だからいくら殺したって誰を殺したってオレたちは責められない!ラッキーでハッピーだ!』
ライカは子供たちの世話をしている医者の男の後頭部に向けて、指で銃の形をつくり、ふざけて撃つ真似をした。
『オレたちは毎日楽しくて、幸福なのにさ!ほんと、バカにしてるよあいつら』
そんなふうに戦場にいるのは幸福で幸運なことなのだと、ライカが何度も言うので、ミコトもそうなのだろうと思った。
翌日、近辺は火の海になった。ライカは楽しそうに哄笑していた。寝転がっていた子供たちは死んだし、菓子は消し炭になっていた。
その数日後、マーケットに支援物資や梱包されたプレゼントらしきものが高額で売られていた。
あの医者の姿は、なかった。たぶん、ボランティアの人間たちとどこかへ逃げおおせたのだろう。
『ねえ兄弟、キミの生まれた国ではさ。子供ってのは成人した大人に守ってもらうものなんだって。大人が決めたことに従って、何も疑問を抱かずに生きるんだって。おかしいよな。それって生きてるんじゃなくて、飼われてるだけじゃん。そんなのキミの居場所じゃないよ、ゼッタイ』
あるときは、ボロボロの世界地図の中の、日本を指してライカは肩をすくめてみせた。
『オレたちの居場所は此処だよ、兄弟。戦場こそが、――いや、だけがオレたちの居場所なんだ。帰る場所も、ここ』
ライカはよくそう口にしていた。それは、よく分からない事ばかり言うライカの言葉の中で、ミコトにもわかる言葉だった。戦場だけが、自分たちの生きる場所であり、生かされた世界だった。それ以外にはもうどこにも居場所などなかったし、他に必要とするものもなかったからだ。
『帰る場所が一緒なんだから、何もこわいことなんかない。もし、離れ離れになっても、オレたちは絶対にここに戻ってくる。必ず、ここに戻ってこれるさ』
彼はそう言っていた。ミコトもライカが言うならそうなのだろう、と納得していた。
彼は帰ってくることは、なかったけれど。
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