1-12
「俺の問いに答えず、暴力行為とは感心しないな」
「わかんねえのか、このダボが!」
「わからない。俺は君たちと面識もなければ、恨みを買った覚えもない」
「番長のウメちゃんを差し置いて、学ランなんぞ羽織りやがって! 調子乗ってんじゃねぇぞコラ!」
「理事長に許可は取ってある」
「オメーみてえなヤツには教育が必要だな、教育がよォ!」
「君たちは教官でも上官でもない。俺の教育はできないはずだが」
淡々と反論するミコトに不良二人は苛立ちを募らせていく。
「なんかすごいことになってるんだけど……」
「これ大丈夫?止めなくていいのかな?」
「止めるっつったって……巻き込まれたくねーよ……」
ああでもない、こうでもないと言って、ピリついた空気をクラスメイト達はただただ傍観するばかりだ。
「なに? どったの?」
生徒議会から戻ってきた片瀬が、さっと教室を見つめて、そう誰にでもなく尋ねる。
「……」
誰かが彼の尋ねを答える前に、片瀬はまっすぐに騒動の原因の方へ歩いて行く。
「……あのさ、天原に絡まないであげてもらえないかな。まだ編入したてなんだ、色々分からないこともあるだろうし」
いつも通りの調子で、片瀬はきわめて柔らかい声でそう不良たちに声をかけた。
「うるせーな! なんだお前、スカしやがって! 関係ねえヤツは引っ込んでな!」
マスクの方が屈んで、片瀬を下からじろじろと睨みつけつつ、そう声を上げた。
「なんや、ウワサの王子様はお優しいなあ。こんなヤツ放っとけばいいだけやんけ」
金髪はぱっとミコトから手を離すと、片瀬の方へ歩み寄ってきた。
「いやいや、そういうわけにもいかないよ。だって、俺たち同じクラスなんだから。つーか、こんなことしてもメリット何もないって、何があったか分かんないけどさ、ちょっとおちつこうよ」
「邪魔すんならその綺麗なお顔ボコボコにしたるぞ、コラァ!」
「……なんか虫の居所が悪いみたいだけどさ、此処職員室近いし、これ以上騒ぎ起こすとマズイと思うんだけど」
片瀬の忠告に怒りを覚えたらしい金髪が拳を振り上げた瞬間、ミコトが素早く動く。音もなく片瀬と金髪の間に入ると、そのままミコトは金髪の脚を払った。
「うおっ!?」
素早く腕を取り、懐に踏み込むと、金髪の身体に潜り込むようにして旋回――瞬く間に、金髪はそのままミコトに投げられ、床に叩きつけられた。
ミコトは倒れた金髪を上から見下ろして、口を開く。勿論、無防備になった手を踏みつぶしながら。
「用事があるのは俺にだろう。片瀬に手を出さないでくれ」
「…………くそがあああっ!!」
仲間をあっけなく倒された怒りか焦りか――マスクの方が躍りかかってくる――それを見越していたらしいミコトは、眼前すれすれに九ミリ拳銃を突きつけていた。
「降伏しろ。今すぐにだ」
「玩具でビビるとでも思ってんのか!」
そうわめくマスク男に、ミコトは冷徹なまなざしを向けた。
「仮に、これが君の言う玩具だとしよう。しかし、俺が今これを発砲すれば、君は失明する可能性が非常に高い。そして――これが万が一実銃だとしたら君は眼球を打ち抜かれ、そのまま脳漿をまき散らして死ぬ。どちらにせよ、君にとってデメリットしかないと言う事だ」
黒い金属の冷たさが、触れずとも伝わってくる気がしてマスク男は震えあがった。
「この距離なら、俺でなくとも、素人でも当たる距離だ」
「ひ……卑怯だッ! け、喧嘩にンな、武器なんざ持ち込みやがって!」
「卑怯?戦いに卑怯も何もあるか。戦場では油断した者から死んでいくんだ」
ぐり、と金髪の手を踏みつぶした足に力を込めて、ミコトは続ける。
「この男を撃ち抜いたら、次は君だと言う事を今のうちに理解してほしい。信仰する神がいるならば、今のうちに祈れ。いなければ、そのままじっと時間が経つのを待っていろ」
「わ、わかった! 分かったから! もうやめてくれぇ!」
と、マスク男は腰を抜かして崩れ落ちて、悲鳴じみた声を上げた。
「……貴様たちに言っておくことがある」
懐に拳銃をしまい込み、ミコトは腕を組んで男たちを見下ろし、続ける。
「楽しい学園マニュアルの五ページ目に、こう書いてあった。『友達が困っていたら助けてあげよう』と。俺への報復に片瀬を闇討ちしようと思うな。――俺は、狙撃も得意だ。人を殺害するのに、最も効率的な方法を知っている。……分かるな?」
相変わらずの無表情ではあったが、ミコトのまなじりは、いつもよりも吊り上がっていた。
ミコトの脅迫に、男は脱兎のごとく教室から飛び出していった。
「天原君強!」
「可愛いのに強いとか反則じゃん」
「かっこいいー!」
という、ミコトをたたえる声が聞こえてくる。さきほどの傍観がうそのように。
ミコトはそんな日和見の外野の様子など気にせず、
「片瀬。けがはなかったか」
呆然としていた片瀬にそう声をかけた。
「う、うん。大丈夫だよ。にしても天原、凄いなあ。格闘技でも習っていたの?」
「ああ。一通りは。システマ、クラヴ・マガ、カポエイラ、テコンドー、ムエタイ、空手、柔道……」
「待って待って! 多い! 多すぎる!」
黙っていると幾らでも出てきそうな気がしたので、片瀬は慌てて止めた。
「まだあるが」
「っていうか、よくそれだけの技を使えるようになったね!?」
「鍛えていれば、後悔することも少なくなる。あの時もう少し強ければ、などと思ったところで遅いからな」
悟ったことを言うミコトに、片瀬は何か考えるような顔をしてから、再び口を開いた。
「……ねえ天原、お前は一体何者なんだよ?」
浮かんだ疑問を、すべて集約した――自然とこぼれ出た片瀬の疑問に、ミコトはぱち、と瞬きをひとつしてから、
「機密事項だ」
ミコトがいつも通りの無表情のまま短く答えたのを、片瀬は苦笑で返した。
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