3-21

「…………!」

 ミコトはばっと身を起こした。ちゃぶ台の上に置いたミコトの携帯が鳴っていた。

『天原殿!……やっとつながった!今どこにいらっしゃいますか!?』

 慌てた様子の御宅田の声が聞こえてきた。まだ頭がぼんやりとする。

「すまない。今は校内に居るが……何か用か?」

『旧校舎の監視カメラを見ていたところ、大きな音がしましたので、天原殿が何かに巻き込まれたのではないかと心配になって……』

「……大きな音、とは?」

 ミコトは御宅田に問う。何かあったのだろうか?

『それが……センサーを解析していたら、その……旧校舎で爆発音がして。天原殿が火元かなと思ったのですが』

「……少し様子を見に行ってくる。御宅田、センサーの解析はどの程度終わっている?」

『三〇秒程度なら停止させられますが……』

「三〇秒あれば十分だ。……合図を出したら、止めてくれ」

『わかりました。ですが、くれぐれも気を付けて……』

 御宅田の心配そうな声を最後に、ミコトは通話を切り、逡巡した思考を振り払うと、すぐさま部屋を出て駆け出した。

(今俺が為すことは、任務を終わらせること。他のくだらないことを考えるのは止めだ。今は、余計なことなど考えるべきではない)

 ミコトは自分に言い聞かせる。

 それでも胸の疼きが収まらない。

(……昔のように、戻るだけだ。それだけのこと)

 自分に言い聞かせて、ミコトは旧校舎への道を急いだ。


「……天原!」

 旧校舎に向かう際中、聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、花崎の姿があった。

「アンタ、なにがあったの!?ずっと連絡つかないし、メールも無視するし、旧校舎から爆発音あったって御宅田から…………」

(……任務には関係が無い彼女と、これ以上関わる必要はない)

 花崎は駆け寄って、ミコトに詰め寄った。

 怒りの表情ではあったが、どこか彼女の表情には安堵がにじんでいた。

「君には関係が無い。答える必要も、ない」

 背をむけながら、ミコト。それは花崎の心配を遠ざけるようにも見えた。

「なによそれ。心配してる友達に対して、そんな言い方……」

「……何故そこまで君は俺に深入りする? 俺は突拍子もない行動をし、周囲に迷惑をかけてばかりだろう。俺のことなど、放っておけばいい」

 ミコトは淡々と続けた。自分の常識は、この平和な世界では通用しない。

 いつまでもこの世界になじめない自分は、此処にいるべきではないのだとミコトは改めて痛感した。

「俺と関わっても、君にメリットなどない。事実、君はいつも俺に怒鳴り散らしている。……迷惑、なのだろ――」

 すぱあん!と、高い音を立てて後頭部に衝撃が走った。ミコトは驚いて後ろを振り向いた。

 ミコトの頭を殴りつけたであろう上履きを手に持った花崎の目からは、ぼろぼろと涙がこぼれていた。

「そりゃ、あんたはおかしいヤツよ!非常識だし、困ったらすぐ銃出すし、何考えてるのか全然わかんないけど、それでも嫌う理由には足りないのよ!」

「……どうしてそこまで」

「そんなの……友達だからに決まってんでしょ!?ほっとけるわけないじゃん!……それに、メリットなんてなくたっていい。アタシはアンタを助けたいから助けるの!友達だから助けたいって思っちゃ悪い!?」

「……!」

「小難しい理由もなんもいらねーのよ!てか、アンタの持ってる学園マニュアルにも書いてあったんじゃないの?友達が困ったときは、助けてあげようって」

 花崎は目に涙をためたまま、ミコトに掴みかかった。

「アンタがどう思ってるか知らないけど、少なくともあたしはそう! あたしの友達を助けたいって気持ちを否定されるいわれはない! あんたが否定しようが、あんたはあたしの友だちよ!」

「……ともだち」

 涙声になりながらも、花崎ははっきりとミコトにそう言い切った。それを聞いて、彼は腑に落ちてしまった。

(そうか……俺は)

 友達、とはっきり言われると、胸の痛みがすっと楽になった気がした。今まで経験したことのない感情がこみ上げてきて、胸が詰まって何も言えなくなった。

(新しい居場所を用意してくれていたのに、俺はずっと、過去に縋りついて逃げていたんだな……)

 ゴロウに拾ってもらったあの日から、ずっと目を背けて、慣れ切った戦場の記憶に浸って、帰る場所が他にあると分かっていても離れられずに居たのだ。

 この胸の痛みは、警鐘だったのだ。このままではいけないという、危険信号だったのだ。

 帰る場所はここにもあると教えてくれているのに、帰りたいと叫ぶ声が自分の中にあったのに、それを無視して過去の記憶に浸っていた。

 寒空の戦場は、寒くて、痛くて、それでも、何も考えなくてよかった。

 新しい居場所は、あたたかくて、心地よくて、それでも、たくさん悩まないといけなかった。

 どちらかが楽だったわけでは無い。どちらも苦しくて、痛いものだった。

 それでも、今この場所は。

 苦しくて痛くても、あたたかい、場所だ。

(片瀬も、きっと)

 無意識下ではあったが、この場所に、片瀬にも来てほしいと思ったから、きっとミコトは彼に手を伸ばしたのだ。

 あの時の片瀬は、今の自分と同じように「関係ない」「放っていおいてくれ」と拒絶していた。

(なら俺は、そんな片瀬の手をもっと強く引っ張ってやらなければならなかったんだ)

 拒絶されても強く手を引いてくれた、目の前の頼もしい友人のように。

「……花崎」

「なに」

 制服で涙をぬぐう彼女に、ミコトは持っていたハンカチを差し出した。

「……俺は、この学園の生徒としても、君たちの友達としても経験値が少なく、頼りないことこの上ないが」

「うん……そうね」

 花崎はハンカチで涙をぬぐいながら頷く。

「……もう逃げない。今度こそ俺は、白華学園2-C二番天原ミコトとして、戦うと誓おう」

 花崎はミコトのその言葉に目を丸くしたが、すぐ噴き出して笑い出した。

「……なによそれ。あんたってほんと、変なヤツなんだから!」

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ハンター・イン・ザ・スクール しノ @shinonome114

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