2-6

『二年C組、天原ミコトくん。至急、生徒会室まで来てください。――繰り返します。二年C組の天原ミコトくん、生徒会室まで来て下さい。以上です』

 そう、校内放送で呼び出されたのは、翌日の放課後のことだった。

「……ねえ天原、なんかしたの?」

 花崎に貰ったスナック菓子をかじっているミコトを見て、片瀬が心配そうな顔で訊ねてくる。

「身に覚えはないが」

 素知らぬふりをして答えると、ニヤニヤしながら花崎が口を開いた。

「どーせまたなんか頭おかしい事やったんでしょ。狙撃銃で窓ガラス割ったりとか」

「あれはやむを得ずやったことだ。それに、三〇分以内に業者を到着させ、ガラスを元通りに直しておいたぞ。問題はないはずだ」

「やったんかい……」

 呆れ気味の花崎に対して、片瀬は不安げに立ち上がる。

「俺も一緒に行こうか?」

「片瀬~、天原甘やかすのは良くないって。こいつの為にならねーわよ」

 ミコトに餌付けのように与えていたスナック菓子をむさぼりながら、花崎が言う。

「そうかもしれないけど……。でも、やっぱり放っとけないじゃんか」

「はあ……ホントアンタって、絵にかいたよーな優等生よね。生きてて疲れたりしないわけ?」

 宇宙人でも見つけたような目を向けてくる花崎に、片瀬は苦笑いを浮かべる。

「はは……」

 ミコトは眉をひそめてから、

「花崎は人を罵るような言葉しか知らないのか。少しは片瀬を見習った方がいい。君はコミュニケーション能力が著しく低いな」

 そう容赦なくのたまった。無論黙っている花崎ではなく。

「その言葉、そっくりそのまま返してやるわ……!」

 花崎はミコトの両頬をぐいぐい抓りながら、低く唸るように言った。

「ひひふほへははへは、ふほひはほは」

「何言ってるかぜぇーんぜんわっかんないんですけどぉー」

勝ち誇ったように言う花崎と、抵抗を続けるミコトを見て、片瀬はため息をついた。




「失礼いたします、尾蝶会長」

ノックをして生徒会室にミコトが踏み入れると、校長室よりも遥かに広く、清掃が行き渡っている部屋の最奥で、窓から外を覗いていた尾蝶が振り返る。

「天原君。ご機嫌よう。来ていただいてすぐで申し訳ないのですが、こちらをご覧になってくださいまし」

尾蝶がリモコンで操作すると、スクリーンが天井から降りてきて、そこに映像が表示される。

それは、昨夜ミコトと鶴木が警備員とやり合っている場面だった。

「これは、先日の深夜に起こった事件の時の映像ですわ。もう一方のこの学ランの生徒はあの鶴木君でしょうが、こちらのセーラー服の女生徒……、あなたではなくて?」

微笑を浮かべたまま、尾蝶はそう投げかけた。ミコトは動じることなく、

「いえ。自分は会長も知っての通り、男子ですので、そのような服は着用した覚えがありません」

そう答えた。

「……続きを見てくださる?」

「はい」

映像が再生される。映像内のミコトが催涙ガスを発生させ、監視カメラの映像は真っ白に染まった――数秒後、映像は苦しんでいる警備員たちの姿が映っているだけになった。

「――以前、貴方が購買部にて催涙ガス入りの手榴弾を投げ、混乱を招いたことがありましたね」

「は。その節は申し訳ありません。猛省しております」

「これも同じで、貴方が犯人なのではありませんか?」

厳しくそう突き付けるが、ミコトは動揺の色を見せる事はない。

「成分は調べられましたか?」

「無論です。クロロベンジリデンマロノニトリル。……CSガスとも呼ばれる催涙剤でしたわ」

「ならば、自分ではないと思われますが。自分のような一般的な高校生が入手できる催涙剤は、CNガスクロロアセトフェノンか唐辛子を主成分としたOCガスオレオレシン・カプシカムかと思われます」

ミコトは冷静に続ける。

「さらに言えば、CSガスは民間には流通されていません。国内でも使用しているのは警察の一部である可能性が高い。……そのような物を、一介の高校生である自分が入手できる術がどこにあるのでしょうか」

ミコト理路整然たる主張を続けた。しかし尾蝶は相変わらず微笑んでいる。

「精通しているのですね。まるで、軍事関係者スペシャリストのように」

「……ふ」

ミコトはあることを思いついて、微かに笑い声を漏らした。

「……失礼いたしました」

 ミコトはまた無表情を取り繕い、口を真一文字に引き締める。

「フフ……お気になさらず。あなたがそうして笑うところを、初めて見た気がします」

「……申し訳ありません。自分がその知識に精通しているのは、友人の言葉を借りれば、そう――軍事マニアミリオタ……だからです」

そうミコトがぎこちなく答えると、くすりと尾蝶は笑う。

「――あくまで、しらを切りとおすおつもりですのね。わたくしに、楯突こうと」

「……事実でないことを認める事は出来かねます」

むっつりとした顔のまま、それだけ言ってミコトは黙殺した。

――沈黙。

「そうですか――それでは。鶴木君の事は、誰しも反抗的な時期があるのだとわたくしも見逃していましたが、そうも言っていられませんね」

尾蝶は困ったような素振りをして見せて、続ける。

「不純異性交遊は学園内のみの問題としても、禁止区域への侵入、器物破損、そして暴力行為……。これら全ては立派な犯罪ですわ。ええ、退学処分だけでは済まされないでしょう」

 尾蝶の言葉にミコトは眉をぴくり、と動かした。相手の逆鱗、あるいは弱点を目敏く見つけて、ちくりと刺すのが尾蝶レイカである。

「一週間」

 尾蝶の声が静まり返った生徒会室に良く響く。

「一週間あれば、あらゆる証拠を集め、鶴木君を追い込むことも、そして、この女生徒の正体を暴くこともできましょう。ええ、我が尾蝶家の総力をかけて、ね」

「……お話はそれだけでしょうか。自分は自宅に戻り、先生に出された課題をこなさなければなりません」

嗜虐的な笑みを浮かべる尾蝶に、あくまでも冷静さを欠かずにミコトは返した。

「ええ。以上ですわ。長く引き留めてしまってごめんなさいね」

「……失礼いたします」

 そのミコトの声はいつもよりか幾分か低く、顔はすこしばかりこわばっていた。



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