2-9

(ゴロウさんの言った通り、俺はトレジャーハンターであると同時に、この白華学園の生徒でもある。どちらの任務も疎かにはできない……というのに、矢吹先生からの任務を忘れてしまっていた……なんという失態だ……!)

 体育祭の案内のプリントを握りしめながら、ミコトは夜の住宅街を疾駆した。

 矢吹の言った通り、ミコトの住むアパートのすぐ近くに『御宅田』という表札のある家はあった。

 三階建ての家には広い庭があり、大きなガレージもあり、裕福そうな印象を受ける。

 建物を見上げて、ミコトは息をついた。

(もう時刻は午後一一時を回っている……以前、この時間に郵便受けに入っていた不審物の爆破処理をしていいか大家さんに確認した際、激怒されたが……今は非常事態。時間帯など気にしている場合ではない)

 ミコトはそう胸の内で決意してから、インターホンを鳴らした。

 高らかなチャイムの音が鳴るが、反応はない。

 もう一度鳴らすが結果は同じだ。

 留守にしているのかもしれない、という線も考えられないでもなかったが。

(三階の部屋の窓……カーテンからわずかな光が漏れている。明かりをつけているわけではないようだが、PCモニターの光だろうか。中に人がいるのは間違いない。……ならばなぜ出ない?――まさか)

 ミコトの頭にひとつの考えが浮かぶ。

(俺を強盗か何かだと警戒し、出てこないのではないか?……しかし、矢吹先生に命じられた以上、御宅田にプリントを渡さなければならない。このままこうしていても仕方がない……)

 ミコトは門を乗り越えると、懐からハンドガン型のワイヤーガンを取り出し、構える。そして、トリガーを引いた。

 射出されたワイヤーロープのセンターにはアンカーがついており、それはするどく目標の窓付近の壁に突き刺さり、勢いよく引き寄せられる。

 射出されたワイヤーロープのセンターにはアンカーがついており、それはするどく目標の窓付近の壁に突き刺さり、勢いよく引き寄せられる。窓の格子を掴んで、窓ガラスをノックするが、やはり反応はない。

(寝ているのか?仕方ない、もう少し大きな音を立ててみよう……)

 今度は強めにノックしてみるが、それでも応答はなかった。

(……仕方あるまい。強硬手段に出るしかないか……)

 ミコトは窓ガラスを蹴り破り、部屋に突入した。


「へっ!?」

 ガラスの破片と共に入ってきた侵入者に、部屋の主は椅子から跳び上がって床に尻もちをついた。

「夜分遅くに失礼する」

 ミコトが声をかけると、部屋の主――ヘッドフォンを付けて驚愕の表情をしている。金髪で、小柄な小太りの少年が、言葉を失った様子で口をパクパクしていた。

 デスクトップPCのモニターには、露出度が高い美少女たちが甲高い声で歌っている動画が表示されている。

「ひッ―――」

「騒げば殺す」

 悲鳴を上げそうになった少年に、ミコトは反射的にそう言って拳銃を向けた。

 拳銃を向けられた少年はヘッドフォンを取って、慌てて両手を上げた。

「な、なな……なんでござるか貴殿は!? 窓から入って来るとかごうと――」

「騒ぐなと言ったはずだ」

 銃口を向けられて震え上がる少年に、ミコトは冷静に言う。

「わ、わかったでござ……いや、わかりました……」

 ミコトの鋭い眼差しに怯えたのか、少年はおとなしく引き下がった。

「俺は白華学園二年C組二番、天原ミコトだ。君が御宅田だな」

「は、はい……いかにも、御宅田アツシですが……」

「矢吹先生の命により、体育祭の案内などの各書類を持ってきた」

そう淡々と言ったミコトに、御宅田は目を白黒させている。

「そ、そんな理由で窓ガラスをっ?」

「君がインターホンを押しても応答がなかったので、仕方なく」

「はあ……」

 幾分か落ち着いた様子で、御宅田。

「これだ」

 ミコトがプリントを差し出すが、御宅田は床に視線を落として、首を横に振った。

「い、いや、拙者、どうせ行かないんで……」

「君。教官の命令に背く気か?」

「いや……命令て……拙者、学校に行く気はもうないんで……帰ってもらってもいいですかね……」

「何故だ? 何故、学校に行かない?」

「いや、関係な――」

「言え」

 ミコトに銃口で額をぐりぐり押され、御宅田は顔を真っ青にしてガタガタ震えながら口を開いた。

「せ、拙者のようなクソ雑魚陰キャにはもう居場所ありませんし、行っても虐められるだけですから、もう行きたくないでござる」

「虐め?何故君が虐められる必要性がある?君は何か悪いことをしたのか?」

 ミコトが首をかしげてそう尋ねると、御宅田はもそもそと話し始めた。

「それは、その、拙者がオタクでキモいし、コミュ障だから……」

「オタク……というのは、何かに専門性を持った人間を指す言葉だろう。何故それが理由で虐めに繋がるんだ」

「だって、オタクって、気持ち悪がられるじゃないですか。なんか、フツーの人たちとは違う事してるというか……ほ、ほら、この部屋のたくさんのフィギュアを見て、どう思われますか」

 顔を赤くして、目に涙まで浮かべながら御宅田は手を広げて示す。彼の部屋の棚という棚には所謂美少女キャラクターのフィギュアやロボットのプラモデルなどがところせましと並べられている。

「素晴らしい造形美だと感心している。日本の技術力を改めて感じさせられるな。特に、この露出度の高い金髪の女の人形。まるで生きているようだ。そしてこの女が持っている銃……ヘッケラー&コッホ社のHK416だろうか。よく模して作られている」

 投げかけられるミコトの言葉が想像と違ったらしく、御宅田は目を丸くしていた。

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