第26話 頼み

「無理だよ、北野。」


「へ、」


新堂先生は私を真っ直ぐ見た。


「深春は元気かもしれない、だけど病状が良くなる事はない。むしろ悪化している。はるひというモデルがいる思い込みは、深春の妄想をさらに深くするだけだ。」


私は息が詰まった。


「それに、病棟は動物禁止だ。言っただろう、どうせ引き離すと。」


「引き離すって、何を考えてるんですか?」


新堂先生は、コーヒーメーカーにコップをセットした。ブラックコーヒーがつぎ込まれていく。


「猫の来ていた経路がわかった。非常階段に抜け口があったらしい。今度、というかもうすぐにそこを補修する。二度と猫は入ってこれない。」


コーヒーはドボドボと注がれている。


「明日、深春と猫を引き剥がす。深春に状況を説明して、話し合う。深春には辛いかもしれないが、いつかはやらなきゃならんことだ。協力してくれ、北野。」


私はこくりと頷くとこしかできなかったが、胸は悲しさと憤りのない気持ちでいっぱいだった。




 新堂先生の作戦とやらは、至って単純だった。

深春君と猫がいる病室に入って、深春君にはるひが猫だということ、現実に帰ってきなさいという事を伝えて、そのまま猫を帰らせるというもの。私に課せられた仕事は、深春君を捕まえておくこと、それだけだった。もし暴れるようなら、ちゃんと捕まえて欲しいという、それだけ。

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