第32話 リアリティ・カルタシス

やっぱり春陽の最後の言葉を思い出す。

好きだと言ってくれた、あの言葉を。

泣き叫んでいたあの顔を、あの姿を、忘れる事はできない。けれど大事に胸に閉まっている。また会えた時、いつでも返事ができる様に。


 外来の作業療法に参加することになった。病院の広場を散歩するらしい。僕は参加者の中に混じって、スケッチをしていた。春の風が頬の風をなでる。僕がふいに、遠くの景色を見るとそこには茶色い猫がいた。僕を見つけると、寄ってきて足元に体をなすりつけてきた。


「君は春陽?」


そう聞いても何も返ってこない。猫は気ままに僕を見上げている。そんなのは分かっていて聞いた事だ。


「ねぇ、春陽。君は幸せだった?」


猫はにゃぁと猫なで声で鳴いた。

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【完結済】窓際の猫 藤樫 かすみ @aynm7080

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